第二話 戦いは終わらない! 少女戦士残業中
01.
午前の授業が終わって飯も食い、そろそろ午後の授業も始まるかという頃。
教室の机で埋まっているのは、三割くらい。春は各世界観で新キャラが入ってきたり、新章が始まったり、なんだったら進級・進学を境に新たな〈物語〉が始まったりと……まぁ、あまりメタなことは言いたくないが。春は“〈主人公〉的にも”いろいろと変化のある季節のようで、こんな時間になっても、出席率はめっきり悪い。
ご多分に漏れず、
夜崎に至っては週に三回も来れば良い方だ。遅刻・早退・欠席は当たり前……というか、皆この学校には、出席を免除してもらうために所属しているようなものだし、多くの欠席は公欠の扱いなのだけれど、それでも結果的に、出席を軽んじているのも事実だった。
それはともかく。
「た、
自席で授業の準備をしていると、後ろからおどおどとした声がかかった。
振り返ると、立っていたのは背の低い男子。この校舎にいても、とても高校生には見えない小柄な少年が、スマホを両手で大事そうに持って俺の席の方へ歩いてきていた。ボサボサの前髪の隙間から覗き込む、ぎょろりとした三白眼は、最初会ったときこそ怖かったが、今は愛嬌すら感じる。
「あ、
俺がスマホを視線で示すと、「う、うん」と少年――砂山
「スマホ、直ったよ……データもだいたい復元できたと思うけど……もしもできてないところがあったら、言って。研究課題に、したいので……」
「ありがとう! 助かった。見たところ大丈夫そうだけど……」
砂山は隣の二組の生徒だ。一年の時からクラスは違うが、ひょんなことから交流がある。あまり学校に来ないのもあって、話す機会は少ないものの、廊下ですれ違えばお互いに呼び止めるくらいには仲良くしてくれている。
「というか、ここまで来てくれたのか? 放課後行くって言ったのに」
「だ、だって……もう、直ってる、し……あんまり持って、る、の悪い……」
センテンスはぶつぶつ切れているが、言いたいことは伝わってくる。「そっか」とつい苦笑すると、「そしたらこれ」と、鞄から用意していた品を出した。
「代金いらないって言ってくれたけど、さすがにタダは悪いと思って」
「あっ……わー……」
甘いものが好きだということは知っていたので、繁華街のケーキ屋まで行って買ってきた焼き菓子の詰め合わせだった。男子高校生が一人で入るには緊張したし、これはこれで値も張るが、大破したスマホが、傷一つ見あたらないレベルでピカピカになって戻ってきたのを思えば安すぎる。面倒な手続きも一切なしだ。
「い、いい、いいのに~……大したことしてないし……気、つかわなくて~……」
スマホと引き替えに渡されたお菓子をぐるぐる回しながら、「でももらうね」と言って砂山はそれを引き取る。両腕に抱きかかえた後も、袋を覗き込んで、今にも開けようかという表情だ。目がギラギラしている。喜んでくれて何よりだ。
砂山は元々機械オタクだったが、悪魔と契約して“物作りの異能”を手に入れたのだという。要はなんでも作れるし、なんでも直せる能力の持ち主だ。ぶっ壊れたスマホが新品同然で返ってきたあたりで察することはできる。
砂山を含め、彼が所属する界隈ではこの契約を〈サイン〉と呼び、何かしら犠牲を払って異能を手に入れるらしいが……この話はけっこうヘビーなので、置いておく。大切なのは、引っ込み思案だが根が優しいってことで、壊れたモノは大抵直せるので、費用のかかるPC修理などの際は、学校からも重宝されていた。
確認がてらスマホをとんとん操作しつつ、砂山に世間話をふる。
「最近はそっちはどうだ? 敵とか」
「ああ~……さ、最近は出ない、かなぁ。まぁ、出ても僕はサポート役だし……武器を、作ったり……敵は、リュージくんとかが……だいたいやっちゃうから……。ぼ、僕は……モブ、じゃないけど……ほら、脇役だし」
最後の言葉に砂山はふふっと笑う。俺も笑ってしまった。モブの俺が笑うのもおこがましいかもしれないが、これは俺たちだけに通じる、ささやかな冗談だったのだ。
しばらく喋りながらスマホをいじったが、特に問題なさそうだったので、「大丈夫そうだ、ありがとう」と伝えると、「よかった」と砂山は頷いた。「お菓子、ありがとう」
砂山がぽてぽて歩いて、ドアから教室を出て行こうとした瞬間、
「あーーーーっ!! もう、最悪っ!!」
バァン!! と引っ剥がす勢いでドアが開いて、如月が教室に入ってきた。
「ぽ、ぽこ~! キララ、怒らないで!」
「もう、放っといてよ! ポコがあの子たちに指導すればいいでしょ!?」
「ぽ、ぽこ~~~~……」
――如月は、妙なしゃべり方をするクラスメイトと一緒にいるわけじゃない。
如月の通学鞄には、ちっちゃいふわふわした生き物がついていて……いや、生き物じゃなくて、喋るぬいぐるみと言った方がこの印象は伝わりそうだ。リスのようなフォルムの、胸にきらりと光る宝石をつけた生き物が、通学鞄にしがみついている。如月のような年頃の子が、こんな小動物を鞄に付けているのを一般人が見たら、大きなストラップにしか見えないことだろう。
だがこれも、この学校では比較的普通の出来事で。
「高橋、おはよ」
「おはよう、如月」
扉が乱暴に開かれた音に驚いて、ぴょんと跳ねた砂山を遠目に見送り、入れ違いでやってきた如月に挨拶を返す。機嫌の悪さは隠しきれていないが、それでも自分から挨拶してくれるあたり、律儀だと思う。
如月の席は俺の後ろなので、自然とぽこぽこ言うマスコットも俺のところへ来ることになる。「キララ~、キララ~」と如月の下の名前を呼ぶ生き物は、如月の手でむんずと掴まれて、どんと俺の机の上に置かれた。
「高橋、この子見張っといてくれる? 私、トイレ行くから」
「お、おう。わかった」
俺は如月とギリギリ手が触れないくらいのタイミングで、ごく一瞬解放されたマスコットを手で捕まえる。触るのは初めてだったが、マスコットは思いのほか温かく、柔らかく、じたばたする手足もほどよくくすぐったくて……なるほど、こいつは悪くない。
「は、離すぽこ~!」
「力ねぇなぁ……」
「ぽっこ~~~~!」
暴れ方がふわふわしているのでついこぼすと、マスコットは憤慨した様子だった。
この小さいのは、まぁ、言葉通りの「マスコットキャラ」的な存在だった。如月にとってこのポコという生き物は、〈物語〉の指南役であり、そもそも、自分たちの国を助けてくれと、如月やその仲間たちに助けを求めに来た張本人でもある。
「もうっ、失礼しちゃうぽこね!」
「で、今日は何しに来たんだ? こっちはそろそろ授業始まるんだけど」
「そうぽこか? むぅ……相変わらず、不思議な学校ぽこね」
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