04.


 ドゴンッッッ!!


 巨大な衝撃音に反射的に耳を塞ぐ。――いや、待て、俺、死んでないぞ?

 何があった? 背後で何が――と振り返る前に、ガッと両肩を掴まれていた。


「たっ、たたっ、高橋たかはし~~~~!! 無事!? 生きてっか!? 怪我してないか!?」


 ……なんか、俺の数倍パニックを起こした夜崎よざきが、グワングワン肩を揺さぶってくる。並みの人間の倍はある力で、先ほどまで全力疾走していた身体を激しく揺さぶられるものだから、段々吐き気がしてきた。

「やっ、やめっ、よざっ、吐くから! オエッ」

「大丈夫か!? 誰にやられた!?」

「お前だよ!!」

「えっ!?」

 しかも夜崎は剥き出しの刀を握ったまま、器用に俺の肩を揺さぶりにきているから、よく見たらすぐそばに鋭利な刃物があってめちゃくちゃ怖い。やめてくれ。

 夜崎の肩越しに〈悪鬼あっき〉が見えた。遠くに吹き飛ばされてひっくり返っている。


 すると、背後からバタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。

「ちょっと、夜崎! 校舎の〈悪鬼〉ほったらかしにして!! 私に相手させないでよ、そっちの世界観のなのに!」

「だって高橋心配でさ~! 如月きさらぎ、全部やってくれたの?」

「あーもう、しょうがないなぁ……」

 子供みたいな声を上げる夜崎に、呆れて諦めた様子の返事。振り返れば〈シャイニーアンバー〉に変身済みの如月がいて、俺の顔を見ると、怒ったふうに腰に手を当てた。


 やべ、怒られる。


「やーっぱりここにいた! ちょっと無事!? 怪我してない!?」

 怒った顔で、如月が言ったのは、夜崎と同じことだった。

 俺は呆気にとられた。呆気にとられているうちにも、夜崎と如月は周りでキンキンと声を上げている。

「高橋ごめんね!? でもわざとじゃなかったの! これは本当に本当! っていうか、高橋がサボらない方だっていうのは知ってたけど、皆勤賞とか知らなくて!」

「そう! てか、まずカイキンショウっての知らなかったっていうか……いやごめん! なぁっ、だからさっ、頼むから、学校辞めるとか、言わないでくれよー!」

「……えーっと」


 片方は怒りながら謝ってるし、もう片方は半べそかきながら謝ってくる。

 なんだこりゃ。

 なんだこりゃ。


「…………ははっ」

 なんか笑けてきた。俺が短く笑ったら、泣いてた赤子を不器用にあやす親戚みたいな二人が、パッと顔を上げて、俺の方を目を丸くして見ている。

 でも、そんな二人のことを、俺も多分、同じように見ていて。

「ご、ごめん。俺も、つまんないことにこだわってて……当たり散らして、ごめんな」

「ううん、いいよ」と、先に答えたのは如月。「全然いいよ、そんなこと」

 夜崎に至っては、「だって悪いの俺らじゃん」と逆に困惑していた。続けて、

「先生に話したら、高橋が欠席してた分……ていうか、遅刻した分? あれは、メンジョしてくれるって。なんだっけ……ほら、事件に巻き込まれた扱いにしれくれるって」

「マジで? あー……でも」

 それを理由に当たり散らしてしまった手前、申し訳ない気もするが……俺は、思っていたことをそのまま口にした。

「それはもう……どっちでもいいかな。俺が学校に通ってるのって多分、別に、そういう理由じゃなかったし」

「高橋……」

 ほっと安心したように、如月が溜息をついたとき。


 グロロロロロロロロ…………


 おっさんのうがいみたいな鳴き声が背後から聞こえた。振り返ると、さっき吹き飛ばされた〈悪鬼〉が、面からポロポロ、砕けたアスファルトの小石を落としながら立ち上がっている。ゆっくりと振り返る〈悪鬼〉に、鳴き声までカエルみたいだな、とツッコミを入れる前に、

「おら〈悪鬼〉! こんな時間に出てくんな!!」

「ホント! 友情シーンに水差してくるやつ大ッ嫌い!!」

 グロッ?

〈悪鬼〉が首を傾げて鳴いたときには、もう遅かった。地面を蹴って飛び出した二人は、それぞれ戦闘体勢をとって〈悪鬼〉へと飛び込んでいく。如月の光の弾が打ち込まれ、夜崎は刀を左手に持ち替えて、右の人差し指と中指に札を挟むと、それを怯んだ悪鬼へまっすぐ放った。

 札は悪鬼の面の中央にペタリと張り付く。

六条ろくじょうほむら〉!」

 夜崎が高らかに唱えると、炎がゴウッと燃え上がる。ギャァアアッと悪鬼の断末魔が上がり、俺が爆風から顔を庇っていた腕を下げると、〈悪鬼〉は跡形もなく消えていた。


「これで最後の一体かな?」と夜崎。

「ちょっと~、結局私がほとんどやってない?」

「ご、ごめんって! 次はちゃんとやるから」

 刀を提げた夜崎と、変身を解いた如月が、そんな会話をしながら俺の方へと歩いてくる。さっきの話でも聞いた感じ、出てきた〈悪鬼〉は一体だけじゃないらしかった。

「高橋、サイナンだったなぁ」

「まぁ、それは……それより、あいつ以外にも〈悪鬼〉が出てたのか?〈悪鬼〉は夜にしか出てこないって話じゃなかったっけか」

「うん。ほら、朝に高橋を襲ってた龍がいたでしょ?」

 如月の確認に俺は頷く。

「あれに引き寄せられて、この周辺の〈悪鬼〉が一時的に出てきたんだって」

「それで、学校のやつも何人か駆り出されてて」と、夜崎が補足。

「ふーん、そうだったのか。そういえばあの龍って……」

 俺が何か思い出そうとしていると、「そうそう!」と、夜崎が何か思い出した様子で声を上げる。そして頭をガシガシ掻きながら、


「昨日屋敷のくらを漁ってたら、変な古文書が出てきてさぁ。そんで読んでたら、なんかうっかり龍召喚しちゃったみたいで、急に出てきたからビックリしたんだよ! 捕まえて封印して貰ったけど、すごい怒られてさ~」


「へぇー」

 夜崎の話に俺は相槌を打つ。そうか、夜崎の家、ヘンな物いろいろあるって話だったもんな。そんで龍が出てきて、それに引き寄せられて、〈悪鬼〉がこんな朝から……。


 …………って。

「だいたいお前のせいじゃねーか!!」

「あれっ!?」




 ……とまあ。そんなわけで、とばりさん。

 俺の騒がしい高校生活は、もう少しだけ続きそうです。

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