02.


「だから、ごめんってー!」

「ご、ごめん、高橋たかはし


 二年一組。朝のホームルームを終えたあとの、人のまばらな教室で、クラスメイト二人が謝罪する。

 顔に大きい傷跡がある少年は、先ほど屋上で遭遇した夜崎よざきれい。もう一人はブレザーの制服に身を包み、髪はちょこんと添えられたハーフサイドアップにした女子生徒。整った顔立ちで、街中でも人目を惹く美人だが、良くも悪くもそれ以上奇抜な特徴が無い彼女は、先ほど校舎前で龍を叩きのめしていた〈シャイニーアンバー〉こと如月きさらぎキララの、もう一つの姿だった。

 さっきまでとは衣装も雰囲気も違う。最初の頃は同一人物だとわかっていても、容姿の違いに戸惑いがあったが、約一年の付き合いとなった今は、まぁ慣れたものだ。

 今はそんなことよりも。


「別にいいですよーっと……どうせ俺なんて“モブ”なんだからな。そりゃあ、ヒーローの皆さんには忘れられて当然だろうよ」

「そ、そうじゃないって!」

「私も夜崎も、そういうつもりだったんじゃ……」

 拗ねた俺の発言に、二人は慌てた様子で返す。こんなやりとりも初めてではないし、いつもならこれで終わることなのだが、今日は虫の居所がよくなかった。

「もう帰るよ」

「えっ?」

「えっ!?」


 言いながら通学鞄を手にすると、二人が口を揃える。如月が俺の鞄に手を伸ばしかける。

「ちょっと、高橋! 帰っちゃうの?」

「さ、サボリなんてしたことないだろ?」

「今朝、サボリになったんだよ! 皆勤賞だったのに……どうしようと俺の勝手だろ!」

 そう。一応この学校にも皆勤賞の制度はあって、朝のホームルームから各種授業、帰りのホームルーム、そして諸々の学校行事にすべて参加しなければ皆勤賞には認定されない。俺がコツコツ貯めてきた出席は、今朝の一件でフイになったのだ。

「高橋! そんなことで……」

「“そんなこと”じゃねーよ!」

 夜崎が言いかけた言葉に、ほとんど怒鳴り返していた。


「お前らみたいな超人とは違うんだよ、俺は! 変身することも戦うこともできねーし、頭だって大して良くない! だから……毎日コツコツやるくらいしか、できなくて……できなかったのに!」


 言えば言うほど自分が情けなくなってきて、泣きたくなるくらい惨めで。

 俺にとって大事だったものが、こいつらにはその程度だったんだ。

「じゃあな」

 そう言い捨てて、教室を出ていく。

 出て行く間際、教室にいたわずかな生徒の視線を感じた。





 ――世界は、主人公で溢れている。


 比喩ではなく、実体として。怪人から町を守るスーパーヒーローがいるし、暴れる魔物を特別な力でやっつける高校生がいるし、人々を悪者から救う少女戦隊がいるし、難事件を次々に解決する学生名探偵もいる。

 彼らないし彼女らは、先天的に、あるいは後天的になにがしかの存在に選ばれ、才能と使命を与えられ、各種事件を解決するために“運命”のようなものに駆り出される。この〈主人公〉の数は年々増加し、それに伴って二次災害的なトラブルも増えていた。


 その“トラブル”の最たるものは、怪人や魔物との戦闘による物理的被害なのだが……それに次いで、地味~に困るトラブルとして、「主人公たちの学業・仕事」が挙がる。


 つまり、授業中に怪人が現れたりした場合、その分の授業は基本的に「欠席」の扱いになる。一般人から見ればそうとしか判断できないが、これによって学業に支障を来し、留年したり浪人したり、就職活動がうまく行かなかったり、という例は数え切れないほどあるそうで、挙げ句起きたのが「学業を優先して怪人をほったらかしにし、一般人への被害を拡大させた」という事件らしかった。

 その再発防止を名目に建てられたのが、俺が通っている学園だった。


“私立主人公学園”。


 嘘みたいな名前だが、この〈主人公〉という名称は、一応正式なものとされている。変身能力、超能力、人並み外れた知力など、多岐にわたる能力を一つのジャンルで括れないことと、大衆に歓迎されない存在もいることからヒーローとは名付けられず、〈主人公〉という名称に落ち着いた、らしい。私立とは銘打っているものの、異能者たちの存在を見過ごせなくなった政府が、金を出して〈主人公〉たちを一カ所に閉じこめているのではないかという噂も予てより囁かれているが、少なくとも前半は事実だ。

 この学校では、トラブル発生での欠席や、その他諸々の修行やら〈物語〉でのイベントで欠席するのは申請すれば公欠扱いになるし、学校側から要請があったときに出動することでバイト代なども出してくれる。卒業後の就職先も斡旋してくれるし、普通の生活では孤立しがちな〈主人公〉たちの人間関係の構築・維持ができた。

 実体の不明瞭さはともかく、それ以上に使命やら運命やらに翻弄される〈主人公〉や、その家族が助かるのは違いなかったし、家族にさえ正体を明かせない〈主人公〉にも様々なバックアップをしてくれるなど、当事者からするとメリットは大きい。

 が、しかし。


「ハア……あんな学校、なんで行こうと思ったんだろう……」


 入学して一年と少し。何度目になるかわからない呟きを漏らしながら、とぼとぼ通学路を歩く。右手には森、左手にはガードレールと、森、遠くにはジオラマのような町が見える。少し前まで桜も咲いていたが、今はすっかり葉桜になって見分けがつかない。

 学園が丘の上に切り離されるように存在しているため、敷地内に併設された寮の寮生はともかく、ふもとに住んでいる生徒は長い坂を下らなければいけない。山の上にある学校は、周辺の地元民には謎の研究施設だと思われているらしい。

 そんな道のりでこぼす溜息には、いつも答えがあった。

とばりさん……あそこ、絶対俺みたいなモブが行くような学校じゃなかったろ……」


 ――何言ってんだ! 大丈夫大丈夫、落ち込むなよ~!


 い、いかん。脳内兄貴が俺のことを励ましやがる。

 言っておくがこの兄は既に亡くなっていて、兄とは言っても血はつながっていない。ついでに名字も違う。もっと言うと、彼はずっと家を出ていたから、生活を共にしていた時間もわずかだ。父の再婚相手が連れてきた連れ子で、俺とは義理の兄弟にあたる。


 ――あの学校、絶対合うから! 頼むよ~来いよ~!


 彼はあの学園の卒業生で、紛う事なき〈主人公〉だった。俺にとっては、誰よりも〈主人公〉という肩書きが似合う人。気弱だけど強くて、ウザいけど優しくて……彼は俺の憧れで、そして、兄弟にするにはあまりに重い……重すぎる存在でもあった。

 彼が亡くなったのは、俺がちょうど高校の進路に迷っていた頃だ。

 本来、一般人には知られることのない、隠された学校。いつの間に用意していたのか、彼が書き残していた推薦状のおかげで、能力無しの俺でも入学することが叶ったのだ。

 遺書のように書き残された推薦状を見て、入学しないという選択肢はなかった。

「けど……その後は散々だったなぁ」


 周囲は異能者だらけ。我も強いし個性も強い。それに何かしらの特技を――それも、常人にはとても手の届かないような特技や知性、経験を持っているから、それが無い自分に自信をなくす。「モブ」というあだ名や陰口はわりと日常茶飯事で、如月や夜崎のような、俺にかまってくれる物好きがいるから、なんとかクラスの市民権を得てるだけだ。


 帷さん。俺の何を見て、あの学校が合うと思ったんだよ。

 俺は、あんたみたいな超人じゃないんだよ。

 そう、わかっていたはずなのに。


 やっぱり何か期待していたのかもしれない。自分もいつか、ヒーローになれるんじゃないかとか……辛いことも多かったけれど、如月も夜崎もいいヤツだし、一緒にいてそこそこ楽しかった。トラブルにはしょっちゅう巻き込まれるけど、なんだかんだ言って、いつも助けてくれるし……。

 ……それなのに俺、あんなふうに当たり散らして、最低だな。

 想定できる中で、最も悪い循環に入った気がする。互いの存在が、互いを傷つけ合うだけの関係……帷さんと一緒にいたときみたいに。


 本当に、今度こそ辞めよう。


 推薦状まで残してくれた帷さんには悪いけど、でも、やっぱり無理だ。俺はモブらしく世間一般の学校へ行き、あいつらとは“対等な”ヒーローと小市民の関係であるべきなんだ。怪物が来たらギャーッと逃げ回り、ヒーローに救われれば、大衆の細胞となって手を叩き、彼らを讃える関係が。そうすればもう、こんなにくだらない話で争わなくていい。


 そう思った、瞬間。

 ゴゴゴゴ、と低い地響きと共に地面が揺れ、反射的に足を止める。


 嫌な予感がした。

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