世界は主人公で溢れてる!

吉珠江

第一話 さらば皆勤賞! こんな学校辞めてやる

01.


 目の前にドラゴンがいる。


 ヨーロッパのファンタジーなんかに出てくる、翼がついてる種類じゃなくて、アジアの神話に出てきそうな、蛇みたいに長い身体のやつ。だが図鑑に載ってるような蛇とは比べものにならない黒い巨体と、俺の身体より遙かにでかい頭部で、鼻の穴を広げたりすぼめたりしながら、こちらを値踏みするような視線で見下ろしていた。


 え、どうすればいいの。


 思考を三周ほどして、ようやくそこに思い至る。

 言っておくが俺は普通の高校生で、ここは通っている学園の入り口だ。高等部用の昇降口へ向かおうとしたところ、先日“事故”があったため昇降口の窓数枚と下駄箱、ついでに傘立てが破損してしまい、業者やボランティアの手で修繕が進められている。

 そんなわけで、今日は高等部の学生も中等部用の昇降口から出入りするようにとお達しがあったのだが。

 昇降口へ向かったら、この龍が目の前にドスンと降りてきて。

「は?」

 ちなみに他の生徒はいない。出席率が極端に低いこの学校で、こんな朝早くから登校する生徒は、俺くらいなもので――って、

「え?」

 ブンッ――と、龍が長い首と腕を振り上げた。どうやら俺を敵か餌と認識したらしいそいつは、巨大な腕で、俺を潰そうと考えたようで。

「ちょ、待て待て待て待て!」

 とっさに龍に背を向けて走り出す。ないないないない! あいつに潰されるとかマジで無い!! 龍の腕はアスファルトに振り下ろされドカンと轟音をたて、反射的に振り返れば今度は何か吐き出そうと、口を大きく膨らませていて……


 死ぬ!


「〈アンバースマッシュ〉!」

 人生の終わりを覚悟した刹那、響いた少女の声。頭上から光の弾が、右へ左へ揺れながらも、おおよそまっすぐ龍に向かって飛んでいく。弾は見事、大型爬虫類の頭部に着弾、俺に向かって青い炎を吐き出そうとしていた龍は、顔にチョップを食らったプロレスラーのように、頭部をグワンと弾かれる。口に溜め込んでいた炎がボフッと溢れる。

 スタッ、と、目の前に少女が降り立った。

 風になびくサイドテールの長い金髪と、豪華だがどこか幼稚な髪飾り。イエローを基調とした、後ろ姿からでも、フリルたっぷりとわかる派手な衣装。お姫様のドレスのような、変わり種のメイド服のような、普段の日常生活ではお目にかかれないような形状のその服は、世間一般から見れば、「少女戦隊モノの変身衣装のコスプレ」にしか見えなくて。

 というか、実際そうだ。


高橋たかはし! ちょっと、大丈夫!?」

 ぱっと振り返った少女は、綺麗な顔立ちで俺に問いかける。

「俺は大丈夫、だけど、それっ、如月きさらぎのとこのかよ!」

「私のとこの世界観に、あんなリアル調のモンスターいるわけないでしょ!」

「じゃあ、こんな朝っぱらからなら、赤坂あかさかのとこのか!?」

「最近のレンジャーモノって、こんな怖いの出てくんの!?」

「! 如月、後ろ!」


 龍がもう一度口を膨らませ、炎を放とうと俺たちの方に狙いを定めていた。俺の注意に如月はすぐさま反応。一瞬で判断を下すと――


「高橋、逃げるよ!」

「んっ!? ちょ、おまっ――」

 如月は流れるように俺のことを通学鞄ごとお姫様だっこして、トンッと地面を蹴る。ふわっと浮き上がった彼女の身体と、抱っこされた俺は空中を舞い上がり……

「恥ずかしい!!」

「文句言わない! 丸焦げにされたいの!?」


 口では文句を言いつつも、校舎の屋上に俺を下ろすときの手つきは優しい。見れば、龍の吐き出した炎は昇降口前のアスファルトを焼き、近くの金属製の手すりが高温にさらされてへにょんと溶けている。俺が立っていた場所は……。

「……ありがとうございます、如月さん」

「うん、わかればいい」


 俺のクラスメイト――如月キララは腕を組んで頷くと、「とにかく!」と、ハキハキとした声で切り替えて、

「これ以上被害を出させるわけにはいかない! 本当は、誰が相手しなきゃいけない奴なのかは置いておいて!」

「一人でどうにかできるのか? あれ、けっこう強そうだぞ」

「まあ……動き遅いし、どうにかはなるでしょ。やらないわけにはいかないし」

「おお、今のセリフ。〈主人公〉っぽい」

「バカ言わないで」

 如月はキッパリと返す。しかしその直後、きりりと引き締めていた顔を気まずそうに歪ませると、俺から視線を外して、言った。

「だから……その。高橋、あっち向いててよ」

「え?」

「あんま戦うとこジロジロ見られるの恥ずかしいから……ほら!」

「あ、そ、そうだったな」


 龍もジリジリこちらに近付いてきているようだったので、大人しくくるりと背を向ける。やれることもなさそうなので、屋上であぐらをかいて休憩モードだ。女子一人に巨大なモンスターを任せるのは、色んな意味で気が引けるが、彼女の責任感も強さも重々承知していたし、ここは“そういう学校”だったから。

「くらいなさいっ、〈アンバースマッシュ〉!」

 ちゅどーん、と背後から爆発音が響く。バトルの合いの手や必殺技名を聞かれるのを如月が嫌がるので、ポーズだけでも耳を塞いで構える。塞いだところで丸聞こえなのだが、俺にできる最低限の礼儀だった。

 爆発音がドゴンドゴン、爬虫類が哀れにギューッギューッと鳴く声を聞きながら、俺は目を閉じ、心の中で死にゆく魔物に合掌したところで――


「あっ、あれーっ!?」


 間抜けな叫び声に目を開けてみれば、如月が戦っているエリアの反対側から、ひょこっと屋上に男子が顔を出した。もちろん階段とかハシゴとか無いので、如月と同じように身体一つで跳んできたのだろうが、俺が驚いたのは、そいつが見慣れた顔だったからだ。

「高橋!?」

「えっ、夜崎よざき?」

 左目を跨ぐように大きな傷跡が入った、ブレザー姿の男子学生が、竹刀でも入っていそうな長いケースを背負って、ひょこひょこ走ってくる。

 厳つい傷跡に目が行きがちだが、小柄で顔つきはやや幼い。ついでに普段の振る舞いも幼くなりがちなクラスメイトが、俺が状況を説明する前に「あ、もしかして!?」と何か気付いた様子で声を上げる。そして俺の隣から屋上の下に首を突き出すと、「如月、如月ー!」と、龍をすっかりボコボコにした少女戦士の名前を連呼した。


「あ、夜崎ー! おはよー、朝から来るの珍しいねー?」

「その龍、俺んとこの!」

「うん? えっ、そうなの!? これ〈悪鬼あっき〉!?」

 如月の声がひっくり返る。他人の眼鏡をうっかり踏んだみたいに、足元を愕然と見下ろしている。「違う、待って、今そっち行く!」と、隣にいた夜崎が躊躇いなく屋上から飛び降りた。投身二人目。

「〈悪鬼〉じゃなくて、こいつは」

「どうすんの? 夜崎どうにかできんの?」

「ええとぉ……」


 下から二人の会話が聞こえる。なんかよくわからんが、とりあえず夜崎の担当らしい。じゃあ、龍の処理はあいつに任せて、問題が片付いたら如月にここから下ろしてもらって、あとは教室に行っていつも通り授業を受けるだけだな……。


 始業間際になった昇降口に、まばらに生徒と教師が現れ始める。地面に潰れる龍を警戒してなかなか近付かないやつもいれば、気にせず横を素通りする生徒もいる。できることもないので、俺はぼんやりと空を眺めていたのだが……この話には、俺の存在を如月にも夜崎にも忘れ去られた結果、朝のホームルームが終わるまで屋上に取り残され、遅刻扱いで皆勤賞を失うというオチが待っていた。

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