13

 ピンボール台みたいに派手な壁の建物が見えてくる。

 747超高速立体駐車場。スバルのアルシオーネSVXはそこに停めてある。

 後ろからついてくる長髪メガネの黒スーツには、緊張感がまるでない。こっちは急いでいるのに、隙あらばコンビニに寄ろうと提案してくる。挙げ句、おれの車を見て、嬉しそうに囃し立てやがる。

「先輩のバブルカー、久しぶりだなぁ」

 確かに、おれのアルシオーネはいつだって場を和ませる。なんなら、ドアを開けてやろうか。どうせ、次はステアリングを見て、うさちゃんは冗談を言うに違いない。

「ピストルだ!」

 どこまでも定番の流れだ。ステアリングを支える二本のスポークは左右非対称。六時十五分を指している。一説によると、スバル富士重工だからFを象っているという話だ。でも、おれはピストルと言われた方が嬉しい。

「あ、この車ってゲームでしたっけ」

 助手席に座ったうさちゃんは嬉しそうだ。

 どうせデジタルメーターのことを言っているに違いない。道路を走る車の絵が表示されることをネタにしているのだ。

「『アウトラン』ですよね?」

 違う。絶対に違う。確かに、この絵も後方視点だが、セガのあのゲームはもっとカラフルだ。どっちかといえば、この表示は『トロン』に近い。八〇年代の映画だよ。

 おれは後輩のおしゃべりを止める。

「うさちゃんさぁ、もうそろそろ飽きてくんない?」

 三十超えたおっさんと三十近いバカ。いつまでも高校生みたいにいちゃついているわけにはいかない。

「わかってますって、マナブさん。トラブルを解決しにいくんすよね?」

 うさちゃんには、どうにも調子が狂う。

「ところで、音楽はいらないんすか? なんか、かけません?」

 うさちゃんはカーオーディオに手を伸ばす。嫌なところをついてきやがる。

「やめとけ。今かかるのは、ELOだ」

 おれは全力で止めた。

「『電車男』っすか? あ、そうそう。おれ、次に出すオナクラの名前は『連射男』にしようと思ってるんす」

 うさちゃんの話は常にくだらない。ただ、前半部分に関してはまさにそのとおり。ドラマ「電車男」効果だ。

「黙れよ。リカの趣味なんだよ。あと、おれは昔からELOは好きだからな」

 反論にならないおれの反論。

「話が長いっすよ。さっさとかけましょうよ」

 うさちゃんはウィンクする。パチパチっと2回。ウィンカーかよ。

 おれは覚悟を決めて、再生ボタンを押す。


 途端にそこはアーバンな宇宙に変わる。誰もが八〇年代に思い描いたであろうミライだ。

 シンセサイザーによる壮大なオープニング。続くジェフ・リンのボーカルがよい。

 アルシオーネのエンジンがかかった。国産で唯一の水平対向6気筒。排気量2672CC。圧縮比は9・5、パワーとトルクは150ps/21・5kgm。なめらかに回るエンジンには気難しさなどない。素直に回る。発売から十五年以上たった今でもだ。

 三六〇度ガラス張り。アルシオーネは、チンピラ飛行士ふたりを乗せてテイクオフ。「トワイライト」に導かれて走り出した。

 靖国通りミルキーウェイ。下品な星々、ネオンライトが後方、夕空にかっとんでいく。

 オーケー。3、2、1。スペースレンジャーの時間だ。

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