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 結論から言えば、容疑者はすぐに一人に絞られた。

 なぜなら、ミヤケナナが上京後に付き合ったのは一人だけだったからだ。

 名前もすぐに判明した。大槻わたぬきという奴で、俳優の息子。うさちゃんの紹介で知り合ったのだという。


 おれは即座にうさちゃんに電話した。

 うさちゃんは六コール目で電話に出た。遅い。聞けば、新店の内装工事に立ち会っているのだという。確かに、後ろが騒がしい。

「大槻って、あの大槻?」

 確認したかったのは、おれやうさちゃんがよく知っている大槻かってことだ。

「ああ、ナナちゃんの元カレっすか? そうっすよ。あの大槻っす」

 うさちゃんはへらへら笑っている。いらっとする。

「後で、うちにこいよ。頼みがある」

 おれはそれだけ言うと、電話を切った。

「大槻っていう人は知り合いなの?」ヒラタナオが聞いてきた。

 そう、知り合いだ。友人とは言い難い。


 おれはガキの頃から今に至るまで、ずっと西荻窪に住んでいる。

 生まれ育ったのは、西荻窪の南側、松庵。閑静な住宅街だ。そんな松庵の神田川を挟んで向こう側にあるのが、久我山。狭い道だらけの久我山だ。久我山の連中とは学区こそ違ったが、幼稚園の頃からの顔なじみも多かったし、遊び場も近かったため、仲は良かった。

 そうやって知り合って、遊んでいた連中が後々つるむようになって、暴走族でバカをやるようになった。正確にいえば、暴走族として周囲に迷惑をかけることになった、か。

 大槻と知り合ったのは、小学生の頃だった。

 おれらがよく行く駄菓子屋に、綺麗な身なりをした小さいガキがいた。当然目立った。仲間内で、そいつをからかおうという話になった。

 おれらはある日、そいつを取り囲んだ。

 坊っちゃんは、駄菓子屋に置いてあったゲーム機に次々に百円玉を突っ込んでいた。「ファンタジーゾーン」というゲームだ。クレジットを追加して、コンティニューを繰り返していた。パステルカラーの空に丸っこい宇宙船を飛ばしていた。

「金は大事にしろとママから習わなかったか?」

 おれはおもしろカップを食べながら、からかった。一個百円の、子ども向けのカップラーメンだ。プラモデルが付いてくる。

「ママいないから、わかんない」

 ひよこの雪だるまみたいな敵にミサイルを当てながら、そいつは言った。

 おれは返事できなかった。子どもごころにずるい答えだと思った。

 そいつが、大槻だった。

 当時のおれは小学四年生。大槻は一年だった。特に親しく遊ぶようなことはなかったが、面倒は見た。ただ、おれの後輩は大槻をいいように利用していた。月のお小遣いとして親から十万円を貰っていた大槻をカモにしていたのだ。「ビックリマンチョコ」を箱買いできるガキは、同級生の間ではヒーロー扱いだろう。だが、上級生はそういう扱いはしない。

 不幸だったのは、大槻をカモにしていた奴らが、大槻より二つ学年が上だったことだ。大槻が中学一年になった頃、中学三年としてヒエラルキーのトップにいるのが彼らだった。高校もそういう感じ。芸能人の息子ということで、ちやほやされ、甘やかされたが、大槻は否応なしに毟られ続けた。

 大槻が派手に遊んでいるという噂が広まるようになったのは九年前。大槻が十六歳の頃だ。風俗店に入り浸っている、先輩の分も奢っているという話に、おれはうんざりした。大槻には関わらないようにしようと決めた。


「大槻と別れたのは今年の夏だよな。あいつがなんかやらかしたか?」

 おれはミヤケナナに尋ねた。大槻がミヤケナナになりすまして、彼女を陥れようとした理由がわからない。

 ミヤケナナが言うには、最初は優しかったそうだ。まあ、鼻も高くて、顔もいいし、女慣れもしてるから、パッと見は「優しくて、イケメンな大槻さん」だろう。

 だが、次第に大槻はおかしくなっていく。

 女慣れしてるとはいえ、付き合ってきたのはプロばかりだ。風俗嬢、モデルの卵、グラビアアイドルとか。いろんな種類のプロだ。大槻はミヤケナナみたいな、普通のコの扱いには慣れていなかった。

 ついには、クスリを使おうと提案するように至った。

 ミヤケナナは大槻から逃げた。着信拒否し、メールも見ないようにした。


 おれが思うに、大槻は素人童貞みたいなものだ。別れ方も諦め方もわからなかったのだろう。ミヤケナナに執着してしまった。執着して嫌がらせをするため、マイプロに偽のアカウントを作成。ミヤケナナになりすまして、心中相手を募った――。

「でも、大槻さんじゃなかったら、どうするんですか?」

 ミヤケナナが訊いてきた。

 疑わしきは殴って確認しろ。違ったら、殴って黙らせろ。それがおれのやり方だ。

 殴ったあとで、殴ったことをしばらく後悔する羽目になるのもわかっている。

「キモいし、しめちゃおうよ」

 三人前の牛丼を持って、ヒラタナオが帰ってきた。物騒なことを簡単に言う。

 もちろん、しめるべきだ。だが、やるならちゃんとヤキを入れる必要がある。いつまでも、うんざりしているわけにはいかない。


 開店してから二時間が経っていた。スリム・チャンスは朝から賑わっている。

 冷やかしで来たホストは二軒隣の大衆ソープに関する噂話をして帰っていく。二週間前に入ったばかりの女の子は、知る人ぞ知るDJなのだとか。新木場あたりのデカい箱でも回しているらしい。DJ一本では食っていけないから、風俗で働いているのだという。おれは分析を加える。身バレしているのなら、そのコはもうすぐ飛んじゃうね、と。

 数日前にも店にきた白髪まじりのロリコンと、大学生っぽいマザコンも昼前に現れた。ロリコンは今日も二枚買い。『美保みほゆい天衣あまいみつのダブル・ユードリーム』。辻加護つじかごかよ。マザコンは混浴ものと失禁義母もので悩んだ挙げ句、何も買わずに帰っていった。悩むポイントがわからない。


 おれは携帯を取り出して、蕎麦屋に電話をした。クレジット追加ってやつだ。あのときのコンティニューを今からしにいくためにも、コイン一枚分投入しておくべきだろう。

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