11
翌日、おれはミヤケナナを連れてスリム・チャンスへと向かった。匿えるのは、そこしかない。無駄にセキュリティがしっかりしているのが、弊社の売りだ。
十時半。事務所にはヒラタナオがいた。弊社のコナン君はiMacの前にいた。
「よっ、」ヒラタナオはミヤケナナに声をかけた。
「リカちゃん、荒れてなかった?」
言い終わると、彼女はけらけらと笑い出した。
「早速なんだけどさ」
ナオは話し出す。声はガラガラ。
「マイプロの、例のページのプロフィール画像をダウンロードしたんだよ」
液晶には、ミヤケナナの画像が映し出されていた。
写真には、上からぼやけた文字で「悪用禁止」と書かれていた。
「この画像のファイル名なんだけどさ、『nanabou.jpg』となっていて」
確かにファイル名にはそう書かれていた。
「聞きたいんだけど、あなたは普段なんて呼ばれてるの?」
「アプリコットです」
ヒラタナオの顔が曇った。おれは助け船を出した。
「お店での名前じゃなくて、友人からはなんと呼ばれてるか?って話じゃね?」
「ああ……。ナナかミヤケちゃんですね。大学では、大体、ミヤケちゃんかな」
「んあ? じゃあ、ナナボウってのはどこから来てるんだ?」
ヒラタナオはおれを指差して、「そう、そこ」と相づちを打った。
答えを待ったが、すぐには返ってこなかった。
ミヤケナナは表情をこわばらせたまま、黙りこくってしまった。
「ナナボウと呼んでる奴に心当たりがあるのか?」おれは尋ねた。
開店まで十分を切っていた。
そろそろ、店の中にあるすべてのモニターの電源を入れなければならない。
ミヤケナナが顔を上げた。
「私のことを『ナナボウ』と呼ぶのは、父だけなんです。でも、父がマイプロに書き込めるはずはないんです」
「なんで?」
おれは店内のモニターの電源を入れながら、質問した。
スイッチを入れるたび、安っぽいBGMが流れ始めた。
「父は重度の糖尿病で、目も見えないんです。働くこともできないんです」
ああ、だから、ミヤケナナは学費を自分で稼がなきゃならなかったのか。
店内で喘ぎ声があがり始めた。
別のモニターでは、屋外プールで麻美ゆまが水着姿でインタビューを受けていた。
ナオの舌打ちが聞こえた。
最後のひとつ、レジ横のモニターにも電源を入れた。
「兄弟はいる?」ヒラタナオが訊ねた。
答えはノー。
「じゃあ、お父さんに近い人かなー」
ヒラタナオの質問に、ミヤケナナは思い当たるところが特にないようだ。
あいだゆあのモノローグが聞こえてきた。カメラを生徒に見立てて、黒下着でこちらを誘惑している映像はもう見飽きた。
「もう、こんなになってる」
低い声で、あいだゆあが喋っている。
ヒラタナオがこっちを睨んできた。いや、だって、そろそろ開店だし。
「あのさぁ」
おれも少しは意見を出すことにした。苦し紛れってやつだ。
「女の子が父親の話をするのって、大体パターンが決まってるんだよ」
レジの中もチェックする。
「けっこう長く付き合った男がいるよな?」
この場合の結構長くというのは、キス・イコール・千年、エッチ・イコール・永遠、ではない。三ヵ月以上ってことだ。
「そいつの名前を挙げてくれ」
ここでおれは、おれ史上でも一番気持ち悪いセリフを吐くことになる。口にした途端に後悔したが、遅かった。
ヒラタナオは、軽蔑したような眼差しをおれを向けてきた。
そう、おれが言った糞ダサいセリフとは、こうだ。
「その中に多分、犯人はいる」
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