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 翌日、おれはミヤケナナを連れてスリム・チャンスへと向かった。匿えるのは、そこしかない。無駄にセキュリティがしっかりしているのが、弊社の売りだ。


 十時半。事務所にはヒラタナオがいた。弊社のコナン君はiMacの前にいた。

「よっ、」ヒラタナオはミヤケナナに声をかけた。

「リカちゃん、荒れてなかった?」

 言い終わると、彼女はけらけらと笑い出した。

「早速なんだけどさ」

 ナオは話し出す。声はガラガラ。

「マイプロの、例のページのプロフィール画像をダウンロードしたんだよ」

 液晶には、ミヤケナナの画像が映し出されていた。

 写真には、上からぼやけた文字で「悪用禁止」と書かれていた。

「この画像のファイル名なんだけどさ、『nanabou.jpg』となっていて」

 確かにファイル名にはそう書かれていた。

「聞きたいんだけど、あなたは普段なんて呼ばれてるの?」

「アプリコットです」

 ヒラタナオの顔が曇った。おれは助け船を出した。

「お店での名前じゃなくて、友人からはなんと呼ばれてるか?って話じゃね?」

「ああ……。ナナかミヤケちゃんですね。大学では、大体、ミヤケちゃんかな」

「んあ? じゃあ、ナナボウってのはどこから来てるんだ?」

 ヒラタナオはおれを指差して、「そう、そこ」と相づちを打った。

 答えを待ったが、すぐには返ってこなかった。

 ミヤケナナは表情をこわばらせたまま、黙りこくってしまった。

「ナナボウと呼んでる奴に心当たりがあるのか?」おれは尋ねた。


 開店まで十分を切っていた。

 そろそろ、店の中にあるすべてのモニターの電源を入れなければならない。

 ミヤケナナが顔を上げた。

「私のことを『ナナボウ』と呼ぶのは、父だけなんです。でも、父がマイプロに書き込めるはずはないんです」

「なんで?」

 おれは店内のモニターの電源を入れながら、質問した。

 スイッチを入れるたび、安っぽいBGMが流れ始めた。

「父は重度の糖尿病で、目も見えないんです。働くこともできないんです」

 ああ、だから、ミヤケナナは学費を自分で稼がなきゃならなかったのか。

 店内で喘ぎ声があがり始めた。

 別のモニターでは、屋外プールで麻美ゆまが水着姿でインタビューを受けていた。

 ナオの舌打ちが聞こえた。

 最後のひとつ、レジ横のモニターにも電源を入れた。

「兄弟はいる?」ヒラタナオが訊ねた。

 答えはノー。

「じゃあ、お父さんに近い人かなー」

 ヒラタナオの質問に、ミヤケナナは思い当たるところが特にないようだ。


 あいだゆあのモノローグが聞こえてきた。カメラを生徒に見立てて、黒下着でこちらを誘惑している映像はもう見飽きた。

「もう、こんなになってる」

 低い声で、あいだゆあが喋っている。

 ヒラタナオがこっちを睨んできた。いや、だって、そろそろ開店だし。

「あのさぁ」

 おれも少しは意見を出すことにした。苦し紛れってやつだ。

「女の子が父親の話をするのって、大体パターンが決まってるんだよ」

 レジの中もチェックする。

「けっこう長く付き合った男がいるよな?」

 この場合の結構長くというのは、キス・イコール・千年、エッチ・イコール・永遠、ではない。三ヵ月以上ってことだ。

「そいつの名前を挙げてくれ」

 ここでおれは、おれ史上でも一番気持ち悪いセリフを吐くことになる。口にした途端に後悔したが、遅かった。

 ヒラタナオは、軽蔑したような眼差しをおれを向けてきた。

 そう、おれが言った糞ダサいセリフとは、こうだ。

「その中に多分、犯人はいる」

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