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 あれから一週間がたった。

 念のため、木曜、金曜とミヤケナナを家まで送り届けたが、あの男が再び姿を現すことはなかった。例の公園のすぐ斜め前に駐車場があったので、そこに車を停めて夜通し見張ってみたが、誰も現れなかった。

 土曜、日曜も張り込みに出かけた。有り体にいえば、おれの方がストーカーじみていた。


 そうそう。その駐車場には、面白いものがあった。

 ネットとかでは有名な泡沫候補の選挙カーが停めてあったのだ。黄色地に赤文字で名前がカタカナで書かれている。信仰心などおれにはないが、神々しい名前だったし、拝んでおくことにした。


 十一月二十一日。月曜日。

 おれは相変わらず、スリム・チャンスでAVを売っていた。レジ横ではあいだゆあが今日も喘いでいて、麻美ゆまは今日も売れていた。

 薄利多売で成り立っているAV屋に慢心なんてものはない。届いたプレスリリースには、しっかりと目を通す。

 プレステージが来月にリリースする「SWORDFISH」という作品についつい惹かれてしまう。パッケージには、オイルでテカっている茶髪の黒ギャルが大写しになっている。金色ビキニのトップスに、ヒョウ柄のパンツ。アイドル系AVにありがちなポエミーなキャッチもなければ、おっさん臭い卑猥な言葉をふんだんに詰め込んだ煽りもない。タイトルとロゴと、クレジット表記のみ。めっちゃクールで、金がかかっているのもわかる。大塚愛に似たギャルも、まあまあ。今までのAVにはなかった路線で、これは売れるのではなかろうか。発注は強めにかけておこう。


 引き出しを開ける。ストーカー野郎の身分証のコピーが入っていた。

 ベビー用品メーカーに務めている守屋もりやさん――というのが男の素性だった。江古田在住、三十七歳でバツイチ。ナオにも調べてもらったが、特におかしなところもない普通の会社員だった。

 うさちゃんにも写真を見せた。記憶にないと言っていた。ただ、風俗あるあるで、一回ついてもらっただけで、嬢のストーカーになっちまう迷惑客というのは少なくない。きっとこいつも、そういう手合いだろう。

「それさ、そいつの会社に送ったら?」

 ヒラタナオがおれをせっつく。だが、送る予定はない。守屋さんを破滅させるのは簡単だが、うまい手ではない。恐怖の総和はほどほどに。報復に走らせないというのも、このミッションでは重要なのだ。

 二十時半。机の上には書きかけのポップが一枚。レアルワークスから出ている作品だからといって、「銀河系AV」と書いちゃうのは、さすがにナシだろう。「レアル」という単語からの一本勝負に頼りすぎだ。いいアイデアも浮かんでこないので、一旦席から立ち上がる。店じまいを始めるには最高の頃合いだった。


 今日もいろんな噂が聞こえてきた。

〈あのレイプものAV、フェイクじゃないらしいよ〉

 十中八九、ガチだ。元々AVプロダクションで働いていたおれが言うんだぜ?

〈あのキカタン女優は元々歌舞伎町でスカウトされたらしいよ〉

 スカウトしたのは、おれの知ってる奴で、暴走族時代の後輩だ。

〈ホストが人妻ヘルスで引き抜きしたのがバレちゃって、追われてるらしいよ〉

 追っているのは、さっきも話に出た後輩。詳しくは知らない。知りたくもない。

〈うさちゃんが今度、新大久保に新店舗を出すんだって〉

 そんなにオナクラって儲かるのかよ。


 店を閉めると、おれらはビルを出た。

「今日はスーパーに寄るんだっけ?」おれはヒラタナオに尋ねた。

 おれの家は西荻窪で、ヒラタナオは高円寺。彼女を送り届けるのは日課になっている。

「白菜を買いたいから、寄ってくんない?」

 ひとり鍋でもするのだろうか。

 おれは携帯を取り出すと電話をかけた。

 三コール目でつながった。奥さんに帰りが少し遅くなることを伝えると、牛乳とパンを買ってくるよう頼まれてしまった。低脂肪牛乳を買うよう、何度も念押しされる。おれはちゃんと返事をする。従う。ただ、根本的な問題をあいつはわかっちゃいない。おれは低脂肪牛乳かどうかを見分ける方法を知らない。今日も勘を頼りに牛乳を選ぶだけだ。

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