6

 さすがに、公園で説教かますのははばかられた。

 仕方がないので、引きずって車の中に連れていく。結束バンドで腕を縛っておいた。

 ヒラタナオに運転を任せ、おれと男は後部座席へ。ミヤケナナには帰ってもらった。


 ヒラタナオは適当に早稲田通りを流した。

 この時間になると、やはりトラックが目立つ。道路沿いにコンビニがあれば、大体配送トラックが路駐している。

 車内では爆音でブルース・スプリングスティーン「ハングリー・ハート」が流れていた。

 おれの左隣にいるスーツ姿の男は汗まみれになっている。饐えた匂いに我慢しつつ、おれは男の服をあらためた。武器の類はないようだ。ほっとする。臭うけどな。


 大体の経緯は公園で聞いていた。

 ミヤケナナが新宿駅に着く前、それこそアルタの交差点で、男はもう後ろにいた。同じ車両に乗車し、東中野駅で降り、同じ改札から外に出た。駆け寄るわけでも、特に何かをしようという気配もない。それこそ、ケータイで写メを撮るわけでもない。安っぽい革靴でひたひたと家の前までついてきた――。


 とりあえず、問いただす。

「あんた、ストーカーなの?」

 途端に喚いてくる。こっちを言い負かそうと必死に口を動かしてきやがる。訴えてやると主張しはじめる。

 おれの流儀で応えた。一発殴る。もう一発、殴る。足の甲を踏む。踏みにじる。

 本当は殴りたくなんかない。しかし、ストーカーにペースを握られるわけにはいかない。

「そういう脅しはいらないの。もう一回聞くよ? あんた、ストーカー?」

 ミヤケナナからは「いつもの人だ」という確認をもらっている。男は何か言い返そうとする。もう一発鼻を殴っておく。

「はい、言い返すの禁止。言い返したら、また殴るよ。そろそろ理解しようぜ」

 鼻血を流してやがる。ティッシュを無理やり鼻に詰める。

 おれはあらためて訊ねた。

「ストーカーだよね?」

 男はようやく頷いた。

「免許証と保険証は、あとでコピーとっとくよ」

 財布の中身を見ながら、おれは確認する。ルイ・ヴィトン。非常にベタな財布だ。

 男はまた口を開こうとする。

 間髪入れずに、左肘を後ろに引いて、顔面に叩き込む。

「こっちの要望はひとつ。わかるよね?」

 男は頷く。おれのスタイルをようやく理解してくれたようだ。

「あのコにつきまとうな」

 男は頷く。二度、三度と。

「よし、」

 慎重に、うっかりヒラタナオの名前を呼ばないように、呼びかける。

「コンビニに寄ってくれ」

「りょーかーい」スカジャンが返事する。

 

 スプリングスティーンは「誰もが満たされない心を抱えている」と繰り返した。

 スーツは満たされないから、ミヤケナナにつきまとった。

 スカジャンは満たされないから、トラブルに首をつっこんだ。

 ライダースは満たされないから、こうして今日も殴りたくないのに殴ってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る