4
翌日。二十一時。おれは少し早く店を閉め、ヒラタナオとともにビルを出た。
赤髪はそのままアルタ裏へ、おれはさくら通りから駐車場へ向かった。
今日もさくら通りは、使い古した油のような匂いが漂っていた。怪しい呼び込みで活気づいている。おれに裏ビデオを売りつけようというバカはさすがにいない。「ヌキっすか? おっぱいをもみまんこ」なんて、笑わせにくるキャッチもいない。少し寂しかった。
〈家の前までついてくるストーカーが怖いので、家まで送り届けてほしい〉。
それがミヤケナナからのリクエストだった。
二十万円。おれが彼女に提示した金額だった。七十回払い。大学を出るまでは毎月二千円。大学を卒業したら毎月四千円。利子は総額二千円。
今回はサービスで、〈ストーカーを特定する〉〈ストーカーをやめさせる〉というオプションも無料でつけることにした。
すべて、ヒラタナオの指示だった。ヒラタナオの機嫌を損ねるわけにはいかない。
おれがヒラタナオに逆らえない理由はひとつ。彼女がうちのネット通販を仕切っているからだ。スリム・チャンスのメイン収入はAVではない。ノキアやBlackberryといった海外の携帯電話が主な稼ぎだ。海外に出張する方向けのビジネスを仕切っているのがスカジャンさん。ガキとおっさん相手のビジネスを細々とやっているのが、ライダース、すなわちおれだった。おれの立場は弱い。
とりあえず、今日はまだ送迎はなし。ストーカーが本当にいるのか、ミヤケナナの勘違いなのか。まず、そこを確認することにした。
ミヤケナナの自宅は東中野。新宿駅から総武線で二駅だ。
マニアックな映画をよく掛けている映画館があること。阪神ファンがやたら集まる居酒屋があること――東中野に関する知識はそれぐらいだ。年季の入った物件が多いまちだが、おそらくミヤケナナの住んでいるアパートも築二十年オーバーとか、そんな感じだろう。
おれはスバルのアルシオーネで、ヒラタナオは総武線で、それぞれ東中野に向かった。
「大丈夫、大丈夫。ミヤケちゃんとは違う車両に乗るから。わかってるって」
別れる直前、ヒラタナオは調子よくそう宣言した。赤髪のセシルカットが尾行を担当する是非について、もう少し慎重に検討すべきだったかもしれない。
新宿区役所に沿って、区役所通りを北へ歩く。
おれの携帯が震えた。三菱製のD901iS。ボタンを押せばワンタッチでスライド開閉する携帯だ。でも、この仕組みに一体何の意味があるんだ?
日本の携帯は確かにすごい。手軽にネットできるし、カメラは高性能だし、ゲームもできるし、財布がわりにもなる。いまや中高生がケータイを使って出会い系サイトに出入りして、待ち受けや着メロを交換している時代だ。小説も読めるらしい。
でも、そもそも携帯に求められているものって、そういうものじゃないはずだ。電話に出られて、メールもリアルタイムで受信できて。そういう機能だけでよい。日本は技術大国を自称しているが、なんか世界基準からずれてきている気がする。第一、世界を気にかけなくなった。洋楽は聴かれなくなったし、洋画も話題にならなくなった。ブラック・キーズはもっと聴かれるべきだし、ジェシカ・アルバはもっと雑誌の表紙を飾るべきだ。
まあ、携帯に関するおれの想いは置いておこう。
新着メールはヒラタナオからだった。歩きながら打ったのか、文章がおかしい。
「合流できたゃ。今はうしろを歩いてれ」
歩いてれ。歩いてる。気をつけて、歩いてろ。おれも急いで歩いてら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます