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 ロリコン、二枚買い。マザコン、即逃げ。

 店内には女の子だけが残った。


 彼女は店内を見回していた。どぎついポルノも気にしていない様子だ。

 目鼻立ちの造作は小さいが、目に愛嬌がある。唇の右横には、ほくろ。髪の毛は長く、毛先が内側にゆるやかにカールしている。上半身はスウェットのせいでよくわからないが、下半身はやや丸みを帯びている。

 ひと目見てわかった。おれの苦手なタイプだ。好きになることはないが、ふたりっきりで飲んだりすると、義理で仕方なく口説いちゃう感じ。おれにはトゥーマッチだった。

 

 彼女はおれに話しかけようと考えていた。表情を見ればわかる。多分、相手にしない方がいい。だが、興味はあった。

 おれから話しかけることにした。

「なんの用でしょう」。ストレートに訊く。「何かお探しですか?」なんて牽制はしない。

「及川さんですよね?」

 ほんの少し鼻にかかった声。疑っている様子はないが、いまいちおれとの間合いを掴みかねているようだ。

「そうですけど。どうしました?」

 そうとしか返事のしようがない。


 そのタイミングで、レジ裏の事務所から赤髪のおねえさんが、おれの隣にやってきた。狭いスペースに。窮屈なのに。赤髪のセシルカットはヒラタナオという名前で、おれとは十年近い付き合いになるビジネス・パートナーだ。


「もっと怖そうな人を想像していました」キャップ姿の女は悪びれずに言う。

 確かに、カーキのコーデュロイ・パンツに、白のロングTシャツというおれは、ラフすぎる。怖くはないだろう。しかも、ロンTでは、グーフィーがスティックを振りかぶって、スラップ・ショットを狙っている。明らかに空振りするやつだ。間が抜けている。

「早く本題に入ればー」ヒラタナオが促す。

「私、」一旦ためる。「宇佐美うさみさんのお店で働いているんです」


 どうやら、今からおれに面倒事を持ち込もうとしているらしい。

 宇佐美というのはおれの後輩で、通称「うさちゃん」。おれがやんちゃしていた頃の後輩で、今はアルタ裏でオナクラを経営している。お店の厄介ごとをおれに押しつけてくるのが、奴の悪いクセだ。たしかにおれは、十年近く前まで、吉祥寺のピンサロでケツモチみたいなことをしていた。トラブルに慣れてはいる。でも、今のおれはただのAV屋だ。

 ちなみに、オナクラというのは、オナニークラブの略で、女の子が客のオナニーを手伝ってくれるお店だ。手伝いといっても、服を着た女の子に眺められたり、息をアソコに吹きかけられたり、手コキされるぐらいのもの。オプションで、もう少し過激なことをお願いできる場合もある。大体は女の子と要相談だ。キスしなくていい、触られなくていい、脱がなくていいということもあって、気軽に働けると女の子に人気らしい。学費や生活費に困った女子学生が「かんたんな仕事」として紹介されて入ってくるケースも多いそうだ。

 胸が痛む話ではある。ただ、セーフティーネットとして、そういう店が存在するのも、現代のリアルだ。小泉純一郎が掲げる「聖域なき構造改革」の行き着く先がこれだ。

 うさちゃんが言うには、ソフトな業態なので、普通の子がアルバイト感覚で応募してくるそうだ。

 そんなうさちゃんの店は「女子十二楽棒」という名前。実にくだらない。


「一応確認しとくけど、うさちゃんの紹介?」

「はい。及川さんなら、なんとかしてくれると聞きました」

「なんとかしてほしいってことは、なんかトラブってるってこと?」

「はい」

 堂々と頷きやがる。

 おれの横ではヒラタナオがにやついている。

「客絡み?」

 おれの問いにトミー・ヒルフィガーは、さらに頷く。

 やっぱりそっちか。おれが得意なやつだ。

「それはそうと、名前は?」

 おれは手首に視線を落とす。十七時十分。オメガのスピードマスター・デイト。この店の五周年記念にもらった時計だ。いまだに長針、短針、秒針以外の針の意味がわからない。

「ミヤケナナ」彼女はぼそっと答えた。

 お、かわいい名前じゃん。理想の名前って感じ。

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