否応なしに

浅生翔太

1

 いつものように、室内の至る所にあるモニターから、様々な喘ぎ声が聞こえていた。

 夕方。もうじき十七時になろうというタイミング。店内には客がふたり人いた。

 白髪まじりのロリコンはS1の棚を眺め、大学生っぽいマザコンは熟女ものの棚を吟味している。ありがちな光景だった。


 歌舞伎町さくら通り。外壁にシミが幾筋も浮かぶ雑居ビルの四階。

 そこにおれがAVショップ「スリム・チャンス」を構えてから、もう六年が経つ。

 時代の流れは速いもの。上の階も、放尿専門店からアニメのコスプレ風俗へと姿を変えた。正確にいえば、店舗型風俗店からホテヘルの受付へと鞍替えした。つまり、おたくは市民権を獲得し、都知事の浄化作戦のおかげで店舗型風俗は死にかけているという話だ。一九九九年から二〇〇五年にかけて起きた変化を象徴するようなエピソードである。


 六坪程度の売り場は淡いオレンジの壁に囲まれていた。もっとも、その淡いオレンジも今では想像するしかない。壁はAV女優たちのポスターで埋め尽くされていた。

 レジのすぐ傍にあるモニターでは、茶髪でめっちゃ腰がくびれている女優が職員室で喘いでいた。薄紫色したTバック越しに舌で愛撫されている。あいだゆあという名前。おれのお気に入り。「店長イチオシ」という気味の悪いポップを付けて、うちの店ではプッシュしている。今月出たばかりの『ゆあ先生のパコパコ授業』は今日も店内でOA中だ。

 入り口近くのモニターでは、茶髪で胸の大きな女優が、プールで喘いでいた。今月デビューしたばかりの新人で、麻美あさみゆまという名前。パッケージ裏の写真、大きめで色素の薄い乳輪を見て、おれは売れると確信した。勘は当たる。S1の新人枠では、小澤おざわマリアや北島きたじまゆうよりも初動がいい。今日も五本売れた。追加発注をかけておこう。


 十一月十四日。店内の空気は淀んでいた。いつだってこの店の空気は停滞している。

 iBookの液晶に表示された在庫管理表を眺めながら、おれは客の動きを目で追った。

 大学生っぽいガキはパッケージ裏を熱心に眺めている。おっさんは財布を開き、中身をチェックしている。これもまた、よくある光景だ。膠着状態は、あと十分ほど続くだろう。

 どんよりとした空間。うっすらと流れるワルター・ワンダレイのボッサ・ノーヴァ。ロリコンとマザコンとおれの三すくみ状態。どうにも眠気が押し寄せてきそうな状況で、iBookから電子音が鳴る。古い友人の防犯マニアが組んでくれたシステム。エレベーターの行き先ボタンで四階が押されると、連動して鳴る仕組みになっていた。

 すぐにエレベーター内に仕掛けてある監視カメラの映像を確認した。もはや癖になっている。ちなみに、このカメラも防犯オタクが仕掛けたものだ。


 カゴにはメガネをかけた女の子がひとり乗っていた。

 はじめて見る顔だ。とりあえず、警戒の意味も込めて、デスク下にあるスイッチを押す。レジ裏の事務所にいるスタッフにも、これで伝わったはずだ。

 カゴが止まり、十秒もしない内に店のドアが開いた。

 トミー・ヒルフィガーのスウェットにトミー・ヒルフィガーのキャップを合わせた女の子が入ってきた。とりあえず服をマルイで間に合わせましたという感じの、普通の子だ。

 目が合った。

 同じタイミングで、おっさんが優雅にレジにやってきた。

 お買い上げはDVD二枚。両方とも、小倉おぐらありすの『いつかまたHしようね』だった。小倉ありすとファンに「いつかまた」が訪れるのか、おれにはわからない。確実に言えるのは、おっさんはロリ系女優を病的に愛しているということだった。

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