恋スぺ! ~命短し、恋せよ、脆弱乙女~

本宮愁

恋スぺ! ~命短し、恋せよ、脆弱乙女~

<Chapter>

 ep.0……命短し、恋せよ、脆弱乙女スペランカー

 ep.1……三途の川が越えられない。

 ep.2……地獄の沙汰もドジっ次第!?

 ep.3……閻魔のくせになまいきだ。

 ep.?……閻魔のくせになまいきだor2




ep.0

『命短し、恋せよ、脆弱乙女スペランカー






コンティニューしますか?



 はい


 YES






>はい


 YES






 はい


>YES






>はい


 YES






>はい

>YES






 はい

 YES






うけたまわりました。


have a nice death.






ep.1

『三途の川が越えられない。』





「非常に申し上げにくいのですが」



 早く言えよ、と内心毒づきながら、死刑宣告を待っていた。

 ほんのすこしの期待に胸をふくらませて。



「あのー……ですね、火垂ほたるさん」



 気まずそうにきりだす、やせぎす男。



「はい」



 なんて、とりすました返事しちゃったりして。

 いい表情してるじゃないの。こんどこそ、ねぇ、こんどこそ、ケるんじゃないの? あたし。



「ご存知のとおり、ここ最近……何十回と死にかけておられますよね」

「三途の川は、最大五分の四まで渡りましたね」

「ああ、あれは幸いでした。奇跡的に、ほんとうに奇跡的に、居眠りした船頭が迷って引きかえしたんですよね。二度とあのようなことがないように厳しく指導しておきます」

「死ねばよかったのに、とおっしゃられてます?」

「いえいえ滅相もない。いっそ一思いに逝ってしまった方が楽だろうにざまぁ、と思ってはいますが」



 眉を下げて、安っぽい『お悔やみの表情』をつくってはいるけど、口もとふるえてんぞ、おい。



「おそらく期待されているだろう火垂さんには悪いんですが、……ほんっとうに申し上げにくいんですがね、ええ」

「もういい。いいから。あんたの態度でとっくに期待なんて打ち砕かれてるから」

「あ、左様ですか」



 ガラッと態度を変えた男は、満面の笑みを浮かべた。



「そんなわけで、今回も生き残ってしまわれた火垂さんには、また死と隣合わせの緊迫した日常を過ごしていただくことになりますね。――ご愁傷様です」



 通算百五十回目のコンティニュー。

 地獄の閻魔さまには、今回も死亡届いどうねがいをつき返され、またまた現世いきじごくへ逆戻り。

 ぶん殴ってやりたいと思ったけど、残念ながらタイムリミット。

 ぐぷり、と足が床に沈んで、目覚めのときが近づいてくる。



「まぁ、せっかくの類稀なる悪運ですから、せいぜい満喫してください。年中死にっぱなしじゃあまりにもおつらいだろうと、これでも親切設計してあげてるんですよ。特例ってやつです。おめでとうございます」

「もっとやりようってもんがあったでしょ……! くたばれクソ閻魔!」

「おやおや。ざんねんながら私、死んでるんですよ。うらやましいですか。そうですか」



 カッカッカッ――と耳ざわりな笑い声を残して、骨と皮ばかりに痩せ細った閻魔は闇に溶けていった。

 おい馬鹿行くな、ガリガリ君!



「あたしも連れてけぇえええ――」



 エコーがかった声が、だぁれもいない、がらんどうな面接室に響きわたって。むなしく、あたしの耳に返る。

 その間にも身体は沈む沈む。膝下、腰、肩――とうとう首まで、沼のような闇がせまって。


 フェード・アウト。

 また近日お会いしましょうね、と、クソ閻魔の声が届いた。





ep.2

『地獄の沙汰もドジっ次第!?』





「遅刻遅刻ぅー!」



 ほんのり鼻にかかったハスキーな萌え声が聞こえたら、全力で回避行動を取るべし。これが今日を生きるための鉄則だ。……比喩とかじゃなくて、マジで。


 時刻は朝八時。

 右方向から不穏な足音。

 忘れ物を取りにもどったのがの尽き。


 いや、まだ尽きてない。そう簡単に尽きさせてなるものか。


 もちろん、このまま曲がり角を曲がるなんて馬鹿なことはしない。ギリギリまで生存率を上げるため、あたしはたいして詰まっていない脳ミソを振り絞って対策をシミュレーションする。


 立ち止まって時間を稼ぐか、後ろに下がるか、いっそ逆方向に曲がって逃げるか。


 こんなものは賭けだ。ただのカンだ。

 だけど、あたしには、それを裏付ける死亡歴ケイケンがある。



「朝っぱらから逝ってたまるか……」



 このまま進んだら美少女にかれ、立ち止まったら植木鉢が落下、後ろに下がったら犬に噛まれて、反対に曲がったら自転車がくる。たいしたことない出来事でも、あたしの虚弱心臓には耐えられない。なぜ断言できるかといえば、実際に経験死んだことがあるからだ。


 百五十一回目の再挑戦コンティニュー

 この状況シチュエーションだけで十七回目。

 攻略法は完全に理解したわかってる


 ――いざ、実行あるのみ!



「おはよう、チカ!」



 まずは急勾配の坂を下る彼女に向けて全力スマイルと明るい挨拶。

 やや高めの声で華やかに演出し、余裕を見せる。



「ふぇえ!? ほーちゃん、避けてぇえ」



 猛スピードで迫る涙目のセーラー服美少女の前に飛び出し、すばやく両腕を広げて存在をアピール。


 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。


 チカは止まらない。ショートカットのおかっぱ髪が、肩の上で真後ろに向かって流れている。太腿に纏わりつく膝上10センチのプリーツスカートを物ともせず、黒タイツに覆われた細い脚をフル回転して、住宅街の急斜面を駆け下りてくる。


 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。


 渾身のスマイルを浮かべたまま、衝撃に備えてハグ体勢をとる。

 腹をくくれ。女は度胸。信じるのは、あたしじゃなくてチカの運動神経。あたしはただ受け止めるポーズだけして突っ立っていればいい。

 ――あとはチカがなんとかする一か八かの運任せこともあるお祈りゲー


 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。

 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。


 ぐんぐんと加速度的に近づいてくる美幼女フェイス。童顔の美少女が涙を浮かべ、頬を紅潮させて飛びついてくるなんて、命かかってなければご褒美か、も、ね……。


 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。

 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。

 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。

 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃダメ。

 拒絶しちゃダメ。怖がっちゃ――。



「ほ、ほーちゃん……チカのこと、受けとめ……」



 ――……む、



「無理ィイイ――!」

「ほーちゃぁぁあああん!?」



 そうして、美少女が、降ってきた。

 ぐらりと傾いだ身体を感じた途端、ドクリと跳ねた心臓の拍動が、締めつけられるように乱れて、止まった。





「おやおや、お帰りなさいませ。――さっそくですか、火垂さん」



 手持ちの死因報告書レポートから目も離さずに閻魔が言った。


 コツコツ、と小槌を鳴らしながら、ふわぁあ――と大あくびまでして、対面の床に正座する常連客あたしの死因を退屈そうに読み上げる。



「高校生と曲がり角で正面衝突。心停止後、転倒して電柱に後頭部を強打。はて。一体全体どうしたら、曲がり角で、正面衝突、するんですか。わざとやってません?」

「うるせーあたしなりに必死なんだ」

「どうぞどうぞ、存分に努力してください。私の見る限り、実る見込みはありませんがね」



 閻魔は死因報告書レポートを机上に置いて視線を上げる。



「――いいかげん、あの子から離れたらどうです?」

「あの子って、チカ?」

「お気づきかとは思いますが、ここ最近の火垂さんの死因には漏れなく矢上さんが関わっています」



 そりゃ、たしかにそそっかしい子だけど……。



「人の親友を死神みたいに言わないでよ。あの子と一緒にいる時間が長いんだから当然でしょ」

「まあ友達少ないですもんね、火垂さん」

「喧嘩売ってんのか」

「私は事実を申し上げたまでです。しかし今回にしたって、直接的な死因は衝突が避けられなくなったときの心的ストレス、そこにダメ押しで頭部への衝撃も加わって即死。気持ちよくお渡りになられましたね。特異体質乙」

「あんた馬鹿にしたいだけだろ!?」

「いえ、至って真面目に勤務しておりますが」



 カカッと笑った閻魔は、目線を落として小槌を掴む。



「まあ、でも、本気ですよ。言っても無駄だとは知ってますがね」



 小槌をとった右手とは反対の左手一本、まさしく片手間に、ポン、と『却下』の判が押され、あたしの死因は決裁箱の中へと消える。雑に処理しやがって、クソ閻魔め。今回こそ殴る。ぜったいに殴る。



「そうやって人を馬鹿みたいに――」

「それでは火垂さん、お別れの時間です。私に会えなくなって寂しいでしょうが、どうせすぐに会えますから強く死んでください。あ、まちがえました。生きてください」

「おい、いまのわざとだろ」

「いつもどおり、すこしだけサービスしときますから。特例ですよ。……お元気で」



 カァンと高く打ち鳴らされた小槌の音とともに、あたしのからだは沼のような闇に沈んだ。


 くそ、足が痺れて立てない!





「だ、大丈夫? ほーちゃん、痛くない?」



 目が覚めると、うるうると目を潤ませた美少女の顔面ドアップがあった。



「平気……」



 死んでたけど。でもよかった。意外と力の強いチカに抱きつかれたら、また閻魔の顔を拝むことになりかねない。


 心配そうに覗き込んでくるチカをなんとか引きはがして制服についた砂を払う。

 一時限目の授業、は、もう無理か。


 チカと離れてみたら、ねえ。あたしはまあいいけど、どっちかっていうと心配なのは、この子の方だ。入学以来ずっと――なにかやらかすたびに心臓を止められながら――世話を焼いてきた身としては、手のかかる妹のようで見捨てられない。



「あんたさぁ、せめてもうちょっとどうにかしなよ。どうやって生きてく気?」

「ほーちゃんがいれば平気だよ?」



 きょとんとした眼差しで、美少女が首を傾げる。

 くっ……かわいい……じゃなくて。



「あのねぇ……チカ。もうすこし将来のことを」

「ほーちゃんと結婚するからいいもーん」



 えへへ、と照れ笑いをするチカは、本当にかわいい。かわいすぎて心が痛む。あたしの虚弱心臓よ、もってくれ。


 こうやって、なあなあにしてきたのがよくないんだ。今日こそは心を鬼にする。



「いい加減にしなさいよ! 真面目な話してるんだからふざけないで」

「えー? ふざけてないよ」

「あたしと結婚なんてできるわけないでしょ! そりゃ海外なら理解のあるところもあるみたいだけど、そんなのごめんだからね! あたしは、日本で、普通に籍入れて、普通に暮らしたいの!」

「うんうんいいね、ずっと一緒に暮らそ」

「話聞いてた? 日本では同性結婚できないの。チカ。あんたがよくてもあたしが無理。いくらあんたが可愛くても、女同士は絶対無理」

「うん、だから問題ないよね」

「あんたは女の子、あたしは――」

「え? チカ、男のだよ?」



 ……。


 …………。


 は?



「ごめんちょっと耳おかしくなったみたい。もう一回言ってもらっていい?」



 こころなしか眩暈がする。ふらつく頭を支えながら、どうにか心臓の跳ねを抑えようとする。待って待って待って待って待って。


 チカ。

 あたしの親友。クラスメイト。

 あれ、チカのフルネームってなんだっけ。

 教室の並びは男女混合。

 トイレ。更衣室。

 着替え一緒に……したことない。

 入学式の列、どこに並んでた、っけ?



「だからぁ、チカは、立派な男の娘ですぅ。女の子がスラックスで通えるのに、男の子がスカートで通えないなんておかしいよね! って、抗議したのー。面白半分に女装して乗りこんだらぁ、カワイイからオッケーとか言われちゃって、引っ込みつかなくなったかんじぃ? きゃはは! ――



 やべーよな、はこっちのセリフだっつーの……!


 叫ぶ声は言葉にならず、美少女の口から放たれた重低音に、あたしの心臓はあっさり止まった。





ep.3

『閻魔のくせになまいきだ。』





 それからあたしは閻魔に言われた通り、すこしずつチカを避けようとしてみた。


 出席名簿で確認したチカの本名は、矢上やがみ惟幾これちか。正真正銘の男子生徒。うそでしょあの見た目とふるまいで。


 べつに、チカは悪くない。あの子が自分で女子だと名乗ったことはないし、よくよく思い返してみれば男子禁制の空間にはいつもいなかった。あたしが勝手に勘違いしていただけ。そうなんだけど。そう、なんだけど……!


 心の整理が追いついてないというか、あの子の結婚を迫る目が本気にしか見えなくてちょっと怖い。


 それに、自覚してみるとチカの行動はどこかおかしいような気もした。

 なにも約束していなくても、あたしの行く先々に現れて、狙いすましたようにドジを踏む。


 いつもいつも「ほーちゃん助けてぇ!」と泣きついてきて、だからあたしは一緒にいてあげなくちゃと思って……だけど、あれだけ違和感なく美少女を演じられるんだよね、あの子。地声を聞いたのもあれっきりで、演じてるのか素なのかも正直よくわかんないんだけど。


 とにかく、ありとあらゆる言い訳を並べながら「ねえほーちゃん浮気じゃないよね?」と唇をとがらせるチカをなだめすかして、ひさしぶりに一度も死ぬことなく一週間を終えられられた、ある週末のこと。


 進行方向にチカらしき後ろ姿を見つけて、思わず立ち止まる。まだ気づかれてない? バイト先は、チカの地元からは離れてるはずなのに、なんでここにいるの。どうしよう。今日はシフトが遅番までだから遊べないって言っちゃ――。



「火垂さん」



 テンパっている最中、声をかけてきたのは、まったく心当たりのないイケメン。



「火垂さん、こっちですよ」



 なんで名前を知っているんだろう、と思いながら、見知らぬ男にエスコートされて路地裏を抜ける。


 怪しさしかないはずなのに、なんで、あたし警戒してないんだろう。なぜだか、ものすごく聞き覚えのある声だった。何度も何度も何度も何度もくりかえし聞いたことのある、なんだかんだと憎まれ口を叩きながら、あたしを送り返した、あの――。


 正体に思いあたった瞬間、あたしは叫んだ。



「あんた……まさか閻魔!?」



 振り向いたのは、瘦せぎすのガリガリ君とは似ても似つかない、大学生くらいの爽やかな男性。芸能人のようだとは思わないけど、クラスで2番目か3番目くらいにはモテそうな、ゆるっとした雰囲気――いやイケメンなわけがない。あの閻魔だぞ。



「おやまあ、お可哀そうに。心臓だけでなく記憶力も弱くなりましたか。いえ、もともとでしたっけ」



 人の神経を逆なでするこの語り口、まちがいなく閻魔だ。



「なん……ここ……は? っていうかあんたそもそも見た目が」

「見た目? あー……そういえばそんなのありましたね。いえ。食べるの面倒くさくて。半年くらいなにも食わずに仕事してたら、あんなかんじに……いまは有給中なので、のんびり食ってますが」

「有給あんの!?」

「『閻魔』なんて職名ですよ、職名。最近じゃあほとんど自動化されちゃって、ほんとうにつまんない窓口業務です。ちょっと割の良いアルバイトみたいな。しりませんでした?」



 カッカッカッという笑い声は、まさしく地獄で散々聞いてきたむかつく奴のものだった。

 このクソ閻魔を一瞬でもちょっとカッコいいかもとか思ったことが悔しい。



「ところで火垂さん。これ職務違反なんでオフレコですけど。あなたのそれ、体質じゃなくて呪いだって気づいてます?」

「は……?」

「端的に言うと、矢上さんの生霊が憑いてます。だから言ったでしょ、離れたらどうかって」



 呪い? チカのせい?


 その後も閻魔がつらつらと説明していたけれど、あたしの耳にはほとんど入ってこなかった。



「まー普通なら、せいぜい矢上さんに会いやすくなる程度だったんですけどね。火垂さんの類まれな不幸体質と、あなたの関心を引くためにエスカレートしていったドジが悪魔合体して、なんども地獄まで来るもんですから彼岸との縁がどんどん強まっちゃって……火垂さん? あ、やべ」



 閻魔がアルバイトで有給とって現世にくるくらいなのだから、信じられないもなにも今更かもしれない、けれど。呪いって。なにそれ。意味わかんない。何度も何度も何度も何度も死んで、そのたびに閻魔と駄弁って送り帰らされるなんて体験をしてきたのも、全部? 呼吸が浅くなり、徐々に胸が苦しく――。



「火垂さん! しっかりしてください!」



 がくがく、と閻魔に両肩を掴まれて揺さぶられ、ようやく現実に戻ってきた。

 危ない。衝撃的すぎて死ぬところだった。



「ふぅ……。いい加減に、このくらいで死ぬのやめてくださいよ」



 やれやれとため息をつく閻魔を前に、ふるふると全身が震える。



「ちなみに、解呪条件わかります?」

「キス……」

「まあわかるわけ――よくわかりましたね。火垂さん」

「王子様のキスでしょう……チカの考えることなら予想つくわ……」

「左様ですか。まあ誰を王子と思うかは火垂さん次第なんで、矢上さんじゃなくても――火垂さん? 聞いてます? ここで死ぬのは勘弁」



 腹の底から沸々と湧き上がる怒りを抑えておくのは、そこまでが限界だった。



「早く言えよ、クソ閻魔ぁああああ!」



 念願叶い、閻魔に渾身の右ストレートを決めてから、その日どうやって家まで帰ったのか、よく覚えていない。





ep.i^2

『閻魔のくせになまいきだor2』





 あいかわらず、チカは毎日のようにあたしを殺しにくる。ほーちゃんほーちゃんと子犬のように付き纏い、あたしの前でドジを踏んで、あたしの心臓を締めつける。


 そのたびに閻魔とご対面。またですかとあきれられて、コンティニュー。何回くり返したかわからない。


 すこしずつ距離を置こうとしていたことがバレて、いままで以上にべったりと、家の前で待ち伏せているチカと、腕を組みながら一緒に命がけの登下校。


 こんな日々も、チカとキスをすれば終わるんだろうか。チカのことは嫌いじゃない。正直まだ結婚とかは考えられないけど、他に仲のいい友達がいないのも事実だし、気づけば家族よりも長い時間を一緒に過ごしていて、それ自体は不快じゃない。


 問題は、あの子を王子様だとはどうしても考えられないってこと。

 だって美少女だもの。どっからどう見ても美少女だもの。


 チカは卒業まであのキャラを貫く気みたいだから、とりあえずそれまでは現状維持で――ちょっと、たまに、ゾクッとする目線を感じることがあるけど、どうにかそういう感じで過ごしていきたいと考えていた。


 チカといると、他の子が近寄ってこないんだよね。たまに話すことがあっても「式では二人ともウェディングドレス着るの?」「お幸せに!」ってなぜか結婚が確定事項のように広まっていて、そんな予定はないと否定しても「隠さなくてもいいのにー」と『私たち理解あります』という顔でうなずかれるだけで信じてもらえないのが、最近の悩みの種。


 死ぬことは、もうあきらめた。

 どうにもならないものを気にしたってしかたない。人生あきらめも肝心だと思う。


 クソ閻魔の前で正座して、ちょっと馬鹿にされて帰ってくるだけだし。あいつが地獄にいるかぎり、あたしの死因報告書レポートが承認されることはないのだろうと高をくくっていた。


 通算再挑戦コンティニュー回数が三百の大台にのった、ある日のこと。


 ピンポーン、と両親が家を空けている日に限って早朝に鳴らされたチャイムに、あたしは眠い目をこすりながらインターフォンの画面を確認した。誰もいない。いたずら? いや、置き配かもしれない。そういえば荷物届く予定あるとか聞いてたような。


 チカが来る時間にはすこし早いけど、あの子は「えへへ、まちがえちゃった!」って一時間前にきて、しれっと家にあがって朝食を食べてくことあるからな……。


 まだメイクもヘアセットも終わってないんだけど。

 嫌々ながらチェーンを外し、玄関のドアを開けると、意外な男が立っていた。



「あんた、なんで……」

「どーも。こっちではおひさしぶりです、火垂さん。あいかわらず、うまそうな不幸背負ってますね」



 ペロリと舌なめずりをしてみせる、いつかと同じ大学生風の、見た目だけは爽やかな、ゆるイケメン。



「他人の不幸は蜜の味ってか……!」

「蜜っていうより、もうちょっと酸味が効いたフルーツみたいなかんじですね。火垂さんみたいに図太――たくましいお方のは口あたりが軽いんで、いくらでもいけます」



 大真面目な顔をして、閻魔は『不幸』の食レポをする。



「は……?」

「あれ、言ってませんでした? 俺の主食、人間の不幸です」

「不幸……が、主食……」



 よくわからないことを言いだして、あっけらかんと笑う閻魔。


 食事サボってたからガリガリ君になってたとか、言ってたな、言ってた気がする。アルバイトでもなんでも半年飲まず食わずで地獄で働いていた奴が、そりゃあ人間なわけがなかった。


 つまりなに? こいつが職権乱用して、あたしの不幸を嘲笑ってた理由は、食欲ってこと?



「俺たち、最高のパートナーになれると思いません? ね、俺にしときましょうよ、火垂さん。――っていうか、地獄退社してきちゃったんで、断られても居座りますけど」



 爆速で閉じかけたドアに足をねじ込んできた。悪徳セールスかよ。



「ッふざけんな帰れ、クソ閻魔!」

「だから俺、閻魔じゃありませんって」



 くそ、締め出せない。閻魔じゃなけりゃ変質者だ、無職め。


 全力で体重をかけてドアを引き、ガシガシと足を蹴りながら、しばらく戦ってみたものの、誰もいない家の中よりは外の方がマシか、とあきらめて力を抜く。


 閻魔はチカを苦手にしているみたいだし、適当に逃げて、チカと合流してから戻ってこよう。



「なんでもいいから帰れニート!」



 体当たりでドアを押し返し、怒鳴りながら飛びだした道の真ん中。

 すさまじい勢いで走り込んでくるトラックと、その奥に聴こえるパトカーのサイレン。


 ちょっと待って、これまさか。


 永遠にも思えるような刹那。どうしてかなんてわからないけど、とっさに閻魔をふりむいた。


 あちゃー、とデコを押さえた奴が、笑う。





 ねぇちょっと、なに言ってんのか意味わかんない。



「さすが、攻略難度MAXは伊達じゃないね――」





GAME OVER.





 コントローラーを投げ捨てて、少年は頭を抱える。



「なんだよもう!? こんなん攻略できるわけがねー」



 難攻不落の裏ヒロイン・夏野火垂

 彼女は今日もまた、電脳の海に溺れ死ぬ。



――――

『恋スペ!』

 正式名称:「命短し、恋せよ、脆弱乙女!」

 虚弱体質な少女たちを誑かして手中に収める、乙女“捕獲”系恋愛ADVゲーム。


主人公:

「閻魔(デフォルト名)」

 地獄で閻魔のアルバイトをしている痩せぎす青年。

 行動によって容姿/性格は変化する。

 勤務態度が真面目なら、現世と地獄を行き来するスキル「有給休暇」を取得する。


ヒロイン:

夏野火垂なつのほたる

 いつも人知れず死にかけている面倒見のいい少女。

 公式サイトには記載がなく、隠し要素として仕込まれた特殊なヒロイン。

 ルート解放条件は、全ヒロイン攻略後、バッドエンドのコンティニュー画面で「はい」と「YES」の間の空間を選択すること。

 いわゆるTrueルートかもしれないが、クリア者がいないため詳細不明。

 死ぬ。とにかく死ぬ。なにしても死ぬ。しなくても死ぬ。

 「主人公」が閻魔として働いているときに限り、スキル「職権乱用」でコンティニューできる。

 しかしイベントは現世でしか発生しない。

 現世にいるあいだに火垂が死亡した場合、即ゲームオーバー。

 攻略の鍵は「チカを引き離すこと」だと言われているが、クリア者が(以下略)


友人:

矢上惟幾やがみこれちか

 通称:チカ。火垂の攻略難度を吊り上げている主要因。

 パッケージでは、セーラー服姿で舌を出し、ヒロインのように笑っている童顔の美少女。だが男である。

 火垂ルート以外ではマスコット的なお助けキャラクターとして登場する。

 火垂ルートでのみライバルキャラとしてプレイヤーの前に立ち塞がる。

 ありとあらゆるドジを駆使して火垂を殺す、人工か天然かわからない男の娘。

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