第19話 鳥は見たら焼け

義水はキッチンの前に立って、キッチンの様子をぐるりと見る。

ちゃんと使われているキッチンだ。

掃除もきちんとされている。

道具も一通り揃っている。


そして横を見れば、意気込んでエプロンをつけた舞華。

手をにぎり、鼻息荒く立っている。ふんすふんす、そんな感じの音が聞こえてきそうだ。

義水は苦笑を隠す。


悩んでいても仕方がない。

弁当のレシピを一品ずつ教えるのとは違う、一回の夕食ということで考えなければ。

ただ、ある程度は目算があった。


「料理はどのくらいできるんだ?」

「そうですね、調理実習でやる内容くらいは一通りできます。」


中学生の調理実習くらいなら、まあ手の込んだものは作らないけど基本の動作はできると考えていいだろう。

それでも、ある程度は簡単なメニューから、舞華の顔をみながらそう思った。


「とりあえず、夕食にはある程度のボリュームがあるものがいいだろう。」

「そうですね、部活から帰ってくるといつも『お腹空いた』って言ってます。」

「なおかつ、君はまだ初級者だから、ある程度簡単なものでとりあえずは始めようと思う。」

「はい。わかりました!!」


やる気だけは無茶苦茶ある。ちょっとから回ってるかな。


「男子高校生が好きなもの、それはご飯だ。異論は認めない。」

「ラーメンとかも好きですが。」

「異論は認めないと言っただろ。ラーメンも好きだろうが、家庭で用意するとどうしても、同じものになる。」


まあ、ラーメンは買ってきて作れば大体同じになるからな。

義水は舞華の顔を見て、納得してるかどうか気にする。

まあ、納得を待ってはいられないが。


「そこで、今日は丼ものを教える。」

「丼ですか。」

「そうだ、ご飯で簡単にかさ増しできる。それでいて、うまい、となればこれは文句がつけようないからな。」

「わ、わかりました。」


まあ、手の込んだものを作って早く気を引きたいのかもしれないが、階段はすっとばして上がれない。

じゃあ、まずは、ということで手を付けたのはご飯だ。


「まずはご飯から、これは炊飯器で炊けばいい。炊き方はわかるか?」

「はい、大丈夫です。やりましょうか。」

「そうだな、もう炊いてしまおう。お兄さんと、君と、あと食べる人はいるか?」

「両親が食べると思います。」

「そうか、じゃあ、5合くらいだな。」


高校生男子がいる家庭の米の消費量たるや、と苦笑した。

義水は一人暮らしなのでそんなに一度に炊いたりはしない。

舞華はいつものことなのか、気にしないで米を研いでいる。


「じゃあ、15分くらい吸水させたら、炊飯にしておこう。」

「はい、わかりました。その、50分後くらいに炊きあがりますね。」

「一通り用意したらちょうどいいかな。」

「はい。」

「夕食の用意で大切なもの、それはなんだ。」

「え、味付けでしょうか。」


義水は微笑む。


「まあ、それも大切だが、手際、手順が大切だな。」

「手順ですか。」

「メニューのどれを作り上げていくか、どのタイミングで何が出来上がるのか、これを把握しておけば混乱は少ない。」

「はあ、混乱。」

「作りながら、あれやろう、これやろうと考え始めると余計なことをしてしまったり、忘れたりするもんさ。」


義水は野菜室からレタスを取り出した。


「今回は野菜ものはグリーンサラダ。なぜか、それは手間がかからないから。メインの丼ものをしっかり教えたいから、他のメニューは簡単なものだ。」

「そ、そうなんですね、簡単。」

「簡単つっても、やることはもちろんある。」


レタスの芯を押して、へこませる。


「レタスにトマト、きゅうりのサラダだ。簡単だろ。じゃあ、レタスは芯を取る。レタスの芯はこうして押し込んで。」


レタスの芯を回しながら引き出した。


「こうやって、引っ張り出すと簡単に取れるんだ。葉をゆっくりとってもいいが、これだとあっという間にできるだろう。」

「こんなに簡単にできるんですね。」

「まあ、生活の知恵ってやつだな。」


本当はハンバーガーショップのバイトで知った。

まあ、いちいちそのことを言う必要はないだろう。


「で、残ったレタスの葉を水で洗って。手でちぎってザルにあけておこう。大きめでもいいが、食べやすいサイズにするといいぞ。」

「はい。手でやるんですね、楽しいです。」

「レタスは包丁で切るよりも、手でちぎったほうがいいんだ。金属に弱いから、すぐに変色する。」

「終わったら、きゅうりを切ろう、水で洗って。」

「はい。」


慌ただしい。舞華の手元はそれでもしっかりしている。

自分はどうだったろうか、料理を始めたとき。もっとあやふやだった。


「しっかりしてるな。じゃあ、刃物だから気をつけて。好きに切っていいが、どうする。」

「そうですね、スライスにしてることが多いのでスライスにしようかなと。」

「いいと思う。じゃあ、まな板にしっかり押さえて。手はどうする?」

「猫の手。」


舞華が猫の手をして見せる。

可愛らしい美少女なので、こういう仕草をしているのを見るとはっとする。

いや、今は料理の方だ。


「まあ、それでよろしい。じゃ、スライスしていこう急がなくていいぞ。」

「はい。」


きゅうりがスライスされて、薄い破片へと変えられていく。

すべて切り終えたようだな。


「切ったきゅうりは水にさらしておく、ボウルに水をいれて。」

「はい、これでいいですか。」

「そうだな、大丈夫、サラダに合わせるときに水を切る。」


きゅうりがプカプカと水面に浮いている。

島のようだな。

そんなつまらない感想を抱いた。言うことはないが。


「そんで、トマト。今回はミニトマトを買ってきた。ヘタを取って洗っておく。以上。」

「はい。洗いました。」

「早いね。大きいトマトの場合は串切りにする。いや。」


義水はすこし考えた。トマトの切り方なんて、好きに切ったらいいのだ。

でもまあ、一応一言加えておくか。


「まあ、さいの目切りでも、好きに切ったらいいんだけど。」

「そうですね、でも今日はミニトマトですから。」

「じゃ、ドレッシングを作ろうか。」

「おうちにドレッシングありますけど。」

「それでもいいけど、せっかくならオリジナルを作ってもいいんじゃないか。」

「そうですね、オリジナル感がでますね。」


既成品でも別にいいんだけど。手作り感があった方がいいんだろ、ということを伝える。

だってコレは恋のための料理なんだから。


「じゃあ、ドレッシングはごま油大さじ1、醤油、大さじ2、コショウ小さじ半分くらいかな。酢、大さじ1。これは普通の料理酢でもいいが、リンゴ酢とかの果実酢でもいいぞ、ちょっと風味が変わっていい。」

「リンゴ酢はいいですね。」

「りんごの味はもうしないけどな。これらを混ぜて……置いておこう。あとでサラダにしたときにかける。」

「わかりました、冷蔵庫に入れておきますね。」


大きい冷蔵庫だと思った。一人暮らしではこういうものは持てないものな、と義水は思う。

ドアの数も7つとかあるんじゃないか。


「じゃあ、次、汁物。」

「はい、汁物ですね。」

「今回は……簡単野菜スープ。」

「簡単。」

「いいだろ、丼がメインなんだから。正直、手の込んだスープは今日では教えきれない。」

「わかりました。」


苦笑とも言えない、笑顔で軽く笑う舞華。

ふわり、としたその笑顔が義水の心をどきりとさせる。

別に、今日初めて会ったのだが。

それが、家に上がり込んで料理を教えている、変な縁だ。


「具の野菜を切っておこう。玉ねぎは1個まるまる薄切り。」

「はい。」

「じゃがいもはさいの目切り、皮は向いておくといい。人参はいちょう切り。厚さは3ミリから5ミリってとこだろ。」

「はい、あ、ちょっと待ってください。」

「焦らなくていいぞ。お湯を沸かしておこうな。」


義水が鍋に水を取って火にかけた。

鍋の蓋をのせる。沸かしている間に水が蒸発して目減りしてしまうからな、と誰に言うでもなく考えた。


「そしたら、材料はまとめておいて、湯が……。湧いたな。」

「はい、わきましたね。」

「味付けは、中華スープと、塩でやる。量は、正直様子をみながらだ。」

「味見しながらってことですね。」

「そうだ。なんでこんなことをやるかって言うと、レシピ化されてなくて、感覚で今考えながら作ってるから。」

「それでいいんですか。」

「本当は良くない。何度もやってレシピ化しておけば、再現して作れるんだけどね。」

「はあ。」

「最終的には量が出るから、それを書き残しておくといいよ。野菜があるから、ちょっと多めに……。水1リットルに大して中華スープ大さじ1と半分、塩が小さじ1。」

「はい。ちゃんと量があるじゃないですか。」

「ここから野菜を入れて煮込んで、味を見るんだ。」

「なるほど。」

「じゃあ、野菜を入れて。本当は硬いものからなんだけど、どうせ煮込んじゃうし、全部入れてしまおう。」

「はい。」


野菜が入って、鍋がグラグラしている。

少し立つと中華スープのいい香りがしてきた。


「スープは煮ておこう。ん、ご飯がもう少しで炊けそうかな。」

「そうですね、あと15分くらい。」

「じゃあ、丼の具に取り掛かろう。今回は焼き鳥丼。」

「焼き鳥ですか。」

「まあ、フライパンで炒めるから、炒め鳥丼って感じなんだけどね。」


義水の言い草に舞華がコロコロと笑う。

知らない男性に見せていい笑顔じゃないだろ。

でもまあ、彼女の恋心は義理の兄へ向けられているようだし、勘違いはしなくて済みそうだ。


「それでは、鳥はもも肉、切れているものを買ってきてもいいが、切れてないものの方が安く済む。」

「忙しいときは切れているものでやります。」

「まあ、そういうのもいいな。ほい一口サイズに切っていこう。」


舞華は鶏もも肉を慎重に切っていく。一口サイズだ。


「白く見えているのは油の部分だ、今回は切り落としておく。肉を切るのも、野菜を切るのも、基本的には何度も練習してくれ。そうしたら覚える。」

「はい、できたと思います。」

「じゃあ、ネギを切って、大まかでいい。4センチくらいの輪切り、輪じゃないけど。」


だいぶ大まかに切れたネギができた。丸太のような。


「こんな感じでどうでしょう。」

「うん、上出来。そしたら、合わせ調味料を作ろう。」


小型の器を出した義水が調味料を入れていく。


「みりん大さじ1、醤油大さじ1、日本酒大さじ1、これは無かったら入れなくてもいい。砂糖大さじ1。」

「はい、日本酒はないです。」

「未成年だからな。料理酒は未成年でも購入できるから、それを買っておいてもいいだろう。」

「そうなんですね。」

「個人的にはちゃんとした日本酒を使ったほうがいいと思うんだが。」


少し困った顔をした義水を見て、舞華が笑顔を見せる。

この子、ちょっとガードゆるすぎるぞ。


「あんま、オトコに笑顔を見せない方がいいぞ、勘違いされる。」

「そうですか?でも、あなたは気にしないでしょう?」

「そうかもな。」


そっぽを向いて、ごまかす。

思春期のオトコっていうのは、どんな事情を知っていても簡単に恋に落ちてしまうものなのだ、とひとりごちる。


「じゃあ、炒めていこう。肉とネギをフライパンにならべて。肉を真ん中にして、周りにネギをならべよう。」

「はい、こんな感じで。」


ネギによる肉の祭壇ができあがった。


「ちゃんとできてるよ。じゃあ、焼いていこう。ぱりっとさせたいから蓋はしないでおく。」

「そうなんですね。」

「様子を見ながら、中火から強火ってところだな。ネギは焦げやすいから、菜箸でひっくり返しながら焼く。」

「は、はい。」


ネギと鶏肉の焼けるいい香りがしてきた。


「うん、大体火が通ってきたら、さっき合わせた調味料を入れて焼く。」


ジュと音がして、いい香りがしてくる。

甘じょっぱい、そんな感覚が想起される。


「タレの水分が減って、かるくとろみが付いたら大丈夫だ。」

「もうそろそろいいですかね。」

「いいんじゃないか。そしたら、丼にご飯を入れて、その上に、刻みのりでも、手でちぎった海苔でもいいんだが、まぶして。」

「はい。おしゃれですね。」

「おしゃれか?まあ、それはいいんだけど。」


ご飯と海苔のいい香りがしてくる。


「そしたら、上に具を載せて出来上がりだ。」

「やった!できました!」

「レトルトカレーなんかよりもずっと手間がかかっているように見えるだろ。」

「そうですね、すごくいい感じです!」

「じゃあ、サラダを分けて、ドレッシングをかける。スープは、うん、良さそうだな。これも分けたら完成だよ。」


すごく品数が多いわけではないが……。

それでも、自分で作り上げた夕食というのは特別だろう。

舞華が嬉しそうな表情でできた料理を見ている。


「じゃあ、俺はこれで……。」

「ありがとうございました。次はいつ教えてもらえますか。」

「そうか、次もあるのか。」

「当たり前じゃないですか、ずっとこれだけ食べていられませんから。」


それもそうだな。人は焼き鳥丼のみにて生きるにあらず。


「連絡先、教えてください。次は相談して決めましょう。」

「それもそうだな。ほら、これが俺の連絡先。」


最近入れたチャットアプリが役に立つとは。


「はい、ええと、鍛冶家 義水……。あ、名前。」

「さっき初めて会った時に話した気がするが、字はそういうことになるな。」

「学校は、岩高でしたよね。」

「そう。じゃあ、また連絡してくれ。それまでに次の献立を考えておくわ。」


毎回、丼ものってわけにも行かないだろうからな。


「は、はい。よろしくおねがいします。」


ぴょこりと頭を下げた舞華に手を振って、義水はその場を辞した。

さて、帰ったら自分の夕食を作らないといけないのか……。

どうもカップラーメンになりそうだな、と苦笑する。

人の心配ばかりで、紺屋の白袴だな、と思う。


それでも、舞華が笑顔で料理をしていたことを思い出して、胸が暖かくなるのを感じた。

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厄介事と恋する美少女(たち) 妄想 殿下 @zepherfalcon

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