第18話 ダブラブルグ
長くなった影が、道路に縞模様を作っている。縞模様を踏みつけるようにどこか実感のない帰り道を歩いている。
手に持った食材たちが、カサカサと小さな音を立てて揺れている。穏やかな日が暮れようとしている。
そんなスーパーの帰り道、ふと目をあげると道端で買い物をぶちまけて涙目で集めている女の子を見つけた。
またか……。二回目というもはや偶然ではないとも思える展開に鍛冶家は頭を抱えた。
誰にも聞こえないような吐息、ため息ひとつ。
そして、転がり出した玉ねぎを拾う。
「これで全部かな……。」
「あ、あの、ありがとうございました。」
ペコリとツーテールの頭が下がる。
目がクリクリと大きくて、顔が小さい。鼻筋がすっとしていて、主張しすぎない唇がキュッと結ばれている。
幼さが少し見え隠れするが、かなりの美少女だ。その美少女がなんで涙目で買い物を拾い集めていたのだろう。
「何も無くなってなくて良かった。傷んだり、割れたりしたものは食べない方がいいからね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、俺はこれで……。」
そう言って立ち去ろうとしたが、少女の方をみて義水はぎょっとした。
ポロポロとこぼれ落ちていく涙たち。美少女の涙ってなんでこう美しさと悲しみを同時に喚起してくるんだろう、それよりも何で泣いてるの。
「ど、どうした?どっか怪我したか?」
「す、すみません、そうじゃなくて……。」
「……。」
「……。」
はらはらと落ち続ける涙。
美少女というのは、常に笑顔と涙の間で揺れ動く生き物なのだろう。
「ちょっと何か飲むか。おいで、おごるから。」
「え、そんな。」
「いいから。」
ここで押し問答をしていても仕方がない。少女を連れて義水はほど遠くないチェーンの喫茶店に入った。
「コーヒー飲める?」
「じゃあ、オレンジジュースで。」
荷物を席に置かせ、椅子に座らせる。
まもなく、小さなトレイにコーヒーとオレンジジュースを乗せて、席に戻る。
「あー、ゆっくり飲みな。」
「あ、ありがとうございます。すみません、見知らぬ方にこんな……。」
「あ、そうか。俺は鍛冶家 義水。岩黒水高校の一年だ。」
少女が少し驚いた顔をした。
何だと思われてたんだ?少し怖かったがあえてきくまい。
「
「ああ、あのお嬢様学校って言われてる。」
「え、ええ、実際はみんな元気が有り余っていて、中では大騒ぎしてるんですが。」
女子校なんて男性からしたら未知の領域だ。外から見たものとは乖離があるもんなんだろう。
「それで……。何で涙を流してたんだ?」
もっと聞き方はある気がする。
しかし、遠回しにしても仕方ない。
少し暗い表情になった舞華がテーブルの上を見つめながら口を開く。
「その、私……。」
「うん。」
「好きな人がいて!!」
……またこのパターン!
この調子だと、明日あたり見知らぬ男子高校生も道端で買い物をぶちまけてるぞ。
「それで、実は一緒に住んでるんですけど。」
「え、随分進展してるじゃないか。何を。」
泣く必要が?と義水は思った。同棲までしていて悩むことなんかある?
そこは難しい乙女心なのか?
「いえ、両親が再婚しまして……。義兄妹なんです。」
「あー……。」
小説で読んだことある。
同じ屋根の下で暮らしているうちに好きになるってヤツかな。
「それで!」
ずいっとこっちに乗り出してきた。こわいこわい。飲み物倒れちゃう。
テーブルの上にも気を払いつつ、彼女の顔を見る。何か思い詰めたような、そんな顔。
「なんとか、意識してもらえないかと思ってるんですけど、いつまでも妹扱いで……。」
「あー、気持ちはなんとなく分かるけどな。」
いきなりできた妹との接し方なんて、子ども扱いして優しく接するか、何となく冷たく接して他人行儀にするか、くらいにはじめはどうしてもなるだろう。
時間がたてば適切な距離感もわかるかも知れないけど。
「でも、そのままだと、なんかただの兄妹で終わっちゃうかも知れないから……。」
「まぁ、その言い分も分かる。」
兄妹のポジションに収まってしまえば、再び男女としての関係になるのは難しいだろう。家族だという目で見るようになってしまったら、恋人になるなんて望むべくもない。
「その……、結構、夕食は二人きりで食べるんですけど、そこで手料理を出したら、胃袋を掴む?的な感じで意識してもらえないかなと。」
「なるほどな……。」
まぁ、何か甲斐甲斐しくしてもらうと男って好きになっちゃう感じはあるかも知れないな。
「そ、そうか!じゃあ、早く帰らないとな!!」
「その!私……。料理できなくて……。」
お前さんもなのぉ……。
なんでできない料理で戦おうとしだすのか。もっと得意分野で戦ったらいいじゃないか。
「二人きりになれるのが夕食くらいなんです!!だからどうしてもそこでアピールしたくて!!」
「そ、そうだな!」
「だから、私に料理を教えてください!!」
ちょっと待て。
「なんで俺が料理ができるって……。」
「それ……。」
俺の買い物を指差す。
そうだね、今日の夕食と明日の弁当だね。これから作るんだけど。
「あと、買い物を拾ってくれたときに、食べられる物の話もしてくれたし……。」
「あぁ……。」
判断する根拠としては弱い気がするけど、これだけ状況証拠があれば分かるわな。
「絶対に恋人同士になりたいんです!」
「あぁ……。」
「夕食が私のアピールするチャンスなんです!!」
「あぁ……。」
「だから、お願いします!!」
見ず知らずの男に、自分の恋心を暴露した上で頼み事をするって相当、勇気が必要だろう。
もっと安全な道はあると思うんだが……。
しかしここまでされたら、もう断るに断れない……。
「分かった……。じゃあ、簡単なところから……。」
「よろしくお願いします!!」
なんでこうも次々に厄介ごとが転がり込んでくるんだろう。
テーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。
「……まずい。」
そうだろうな、と義水は思った。
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