第16話 勇壮な戦闘

いつの間に。

火織はいきなり本番の舞台に引っ張り出された。

やめて、まだ私アマチュアなんです。免許もまだ取ってなくて……。

そんな暇はもうなかった、カチっと音がして火がつく。

そして。

火織の闘志にも火がつく。


「よし!」


油をひいて、熱したら卵液を入れる。

シュウウ。

ここまでは完璧。ありがとうたくさんの目玉焼きたち。

私のお腹におさまった目玉焼きたちが私を励ましてくれている。

そんで、こっちから巻く、ま、ま、巻く?

あれ?なんかペラペラってなって、ぐちゃってあららら?

綺麗に巻き上がるどころか、フライパンの手元にスクランブルエッグが出現した。

おかしい……こんなはずでは。


「いきなり綺麗に巻けるわけないだろ。薄焼きたまごの感覚は、何度も練習してつかむしかない。あとは、失敗してもリカバーするのも料理の技術のうちだ。」

「え、そんなあ。」

「誰だって最初は初心者だって言っただろ。」


空いたスペースに油を塗って、2回目、3回目の薄焼きたまごを入れて巻いていく。

2回目以降は、最初に巻き上げられたたまごが芯になって巻きやすかった。


「ほら、ちゃんと玉子焼きの姿をしてるだろ。」

「そ、そうかな、なんか最初グチャってなっちゃったけど。」

「初めて作ったんだから……それに初めてにしてはしっかりしてるよ。焦げてないし。」


そう言われてみると、焦げた部分はないし、色も随分綺麗だ。

それに関しては自信を持っていいかもしれない。


「もっと綺麗に作るには、あとは練習しかないかな。焼き時間とたまごの硬さの関係とかわかってくれば、簡単に巻けるポイントみたいなのもわかってくるようになるし。」

「今度は玉子焼きの日々になるのか……。」

「玉子焼きにしちゃえば、あとは冷凍しても大丈夫だから。」

「ねえ、作ったら食べてくれる?練習したやつ。」


義水はギョッとした顔をした。想定外だったのだろう。

何か考えているのか、視線をさまよわせたあと、火織の目を見る。


「まあ、いいよ。」


照れくさそうに言う。よかったこれから量産されるであろう玉子焼きたちの収まる先が見つかって。

先生が練習しろって言うんだから、仕方ないじゃないか。先生に責任取ってもらったって、バチは当たらないはずだ。


「じゃあ、夕食を作るよ。」

「え、え?また?」


義水は手際よく材料を並べ、調理を始めていた。

また、リビングの方に押し出される。


「つ、作ってもいいけど!鍛冶家くんも食べていってよ。」


心底意外、という顔をして義水は止まった。

というか、何も考えてなかったのか。自分のことは。

火織も、押されっぱなしではない。これでも、学校では強気美少女で通っているのだ。

誰に?

それは、生徒たちが決めます。


「え、いや……。」

「いいから!じゃなきゃ作ってくれなくていい!」


義水が傷ついた顔をしている。

しゅんとした子犬のような。

珍しい表情だ。というか、鍛冶家くんの顔をよく見るの、料理教室が始まってからだなと火織は思う。


「作ってもらって感謝してる。でも、私一人だけ全部やってもらうのは悪いって思うの。材料費は私がだすし、実際出してるんだから、それで、お礼くらいさせてよ。」

「……いいのか、その、伏見のこと。」


律儀か!

光一路くんが好きだという私を気遣って、さっさといなくなってたのか。


「いいよ、じゃないと私が恩知らずみたいになるじゃない。」

「まあ、そういうことなら、ありがたく。」


視線をそらして、義水が礼を言う。

なんか、ふわりと嬉しい気持ちが湧き上がってきた。

自分の心が通じたような。義水の気持ちが分かったような。

勘違いかもしれない。でも。


「今日の夕食は、根菜の炊き込みご飯と玉子焼き、そして豚汁。」

「すごい、豪華だね!」


手際よく材料たちが加工されていく。

焼きっぱなしになっていた玉子焼きも綺麗に切られ、皿に並べられていった。

真ん中で迷いがあるようにぐるぐるになっている私の玉子焼き。

そして、すましたように綺麗な顔をしている鍛冶家くんの玉子焼き。

半分ずつ、二つの皿に並べられた。


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近況ノートに今回の晩ごはん写真をアップしてますのでぜひどうぞ。

https://kakuyomu.jp/users/zepherfalcon/news/16818093086721282839

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