第15話 不思議な玉子

「さて、材料の確認が終わった。これで全部だ。次に手順を確認していく。」

「は、はい!」

「まずは材料を加工して卵液らんえきを作る。そして、フライパンを熱して玉子焼きにしていく。簡単だな。玉子焼きの手間がかかるポイントは焼く、という手順だ。」


目玉焼きだってもう完璧に焼けるのだ、玉子焼きがどんなもんだろうとやり遂げて見せる。

火織の闘志はコンロを前にして燃え上がった。


「まあ、ゆっくりやっていくから心配しなくていいよ。じゃあ卵液から。まず、たまごをボールに割り入れる。」

「ふむふむ。」


透明なガラスのボールにたまごが二つ、滑り込んだ。


「菜箸で、よく混ぜる。ざっくり混ぜると焼き上がった時に白身の部分が出たりしてそれはそれで良いんだけど、好みによるから、満遍まんべんなく混ざるようにしよう。」

「はーい。」


義水の手元を見て、火織は自分の前にあるもう一つのボールにたまごを割り入れた。

菜箸が動いて黄身が潰れ、黄がかった透明な白身と混ざり、境界を失っていく。


「よく混ぜ合わせたら、砂糖、塩、そしてうま味調味料を二振り。ちゃっちゃ。それでよく混ぜる。」


なんか可愛い擬音語が入ったぞ今。

気を取られそうになったけど、自分のボールに追加の調味料を入れて混ぜ合わせた。

ふわっと少し甘いかおり。気のせいかな。


「次に焼いていくんだが、玉子焼きの注意点は、砂糖が入っている分焦げやすくなっていることだ。」

「焦げやすく……。」

「砂糖は熱を加えると溶ける性質があるんだが、焦げやすくもある。だから、目玉焼きの時よりも注意がいるんだ。」


目玉焼きのスキルだけでは玉子焼きに太刀打ちできないということか。

完璧なお弁当への道のりは遠い。


「じゃあ、焦げにくくする工夫をするとしたら何があるだろう。」

「え……火を弱くする?」

「正解。目玉焼きの時は中火くらいで良かったけど、玉子焼きは弱火で焼く。正確には中火でもできるんだが、手際よくやらないとやっぱり焦げてしまうんだ。」


コンロに火が入る、パッと火が広がって、そのあと絞り込まれて小さくなった。


「玉子焼きの完成品を思い浮かべて欲しいけど、どういう形だった?」

「なんか、俵形?で、こう丸い感じで。」

「案外、食べているものがどういう形してたっけということは意識から抜け落ちてるだろ。」


義水が笑い顔になる。予想通りということか。

火織はすこし悔しいという気持ちが出てきた。なんでも義水の思い通りに進んでいく。

手のひらの上、少なくとも料理教室の間は。


「玉子焼きって、薄焼きたまごがくるくるたくさん巻かれているものなんだ。だから、この卵液を何度かに分けて焼いてまるめて、玉子焼きにする。」

「え、そうなんだ。」


いきなり玉子焼きになるんじゃないの。このフライパンで焼くのはそういうことなんだと思ってた。


「寿司屋の玉子焼きなんかは、フライパンに全部卵液を入れて焼き上げるんだけどな。今回はお弁当用のオーソドックスなやつだから。」

「お店でもそれぞれ違うんだね。」


義水が頷くと、サラダ油をフライパンに入れた、ポタポタ。

それをキッチンペーパーで広げていく。


「じゃあ、焼いていくから見ていて。まず熱したフライパンに卵液を1/3 入れる。と言っても目安だけど。フライパン全体に薄く広がるくらいだな。」


ボールから落とされた卵液がフライパンに広がって、シュウウと音を立てる。

色が濃いオレンジから、薄い黄色へ。


「ざっくり固まったら、菜箸でフライパンの端、手元の方からだな。こっち側から巻いていく。難しいから、フライパンを火から下ろして、布巾の上に置いて巻いてもいい。」


義水の菜箸が、器用にタマゴを持ち上げ、巻き上げていった。

フライパンの奥の方に小さな玉子焼きができる。


「よっこいしょ、手元の方にずらしておこう。それからフライパンの空いたスペースに油をひいて、また卵液を入れる。」


シュウウ。2枚目の薄焼きたまご。

黄色く色が変わっていく。綺麗だな、とその様相を変えていくたまごを見て感じた。

人の手を経て、花開いていく。

なんてことない玉子焼き。それが作り出されていく不思議が目の前にある。


「またざっくり固まったら、こっちの巻いてあるたまごをひっくり返しながら巻いていく。」

「うんうん。」

「上手に巻けたら、また空いたところに……。」

「油をひいて、卵液ね。」

「そうそう、これで全部焼いて巻けたら、卵焼きとしては完成だ。」


あっという間にできた、と思ったが、義水の手際がいいのだ。

火織がやったらここまでスムーズにできるかわからない。

不安そうな顔を見た義水が励ますようにこういう。


「玉子焼きだって、いきなりうまく作れるもんじゃない。でも、何度も練習すれば失敗しないで作れるようになるさ。」

「う、うん。」


そうは言っても気後れする。上手な義水の料理してる様を見たから。

この人、本当に同級生なの?

こう見えて30歳くらいいってるんじゃないかな。そんな疑問すら覚える。


「じゃあ、やってみな。ほら、フライパン拭いたから。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る