第14話 玉子焼きのプリンセス

「さて、料理を作る上でまず大事な手順は何だ。」

「えっと……レシピを確認する?」

「まあ、それはそう。レシピはあらかじめ全部読んでおくことをオススメする。」

「ふむふむ。」

「まあ、それもそうなんだけど、まずは材料が全部揃っているか確認する、かな。」


そう言いながら、キッチンに揃えられた材料たちを義水が指で指す。

どれも綺麗に並べられている。


「まず、たまご、今回は2個。そして、砂糖、大さじ2/3 なんだが……これは好みで良い。俺は 1/2 くらいでいいと思っている。最初だから一般的な量でやろう。」

「ふむふむ、でも 2/3 ってどうやって量ればいいの?」


大さじに目盛がついているわけでもないし。


「その疑問にたどり着けるのはかなりスジがいいな。大さじと小さじの関係について教えよう。」

「大さじと小さじの関係?」


恋人同士?

やだ、同じ調理器具じゃないの、そんなに冷たくしないで。

でも、大さじはいつもクールです。

なぜなら表面積が大きいから。(熱が逃げていく部分が多い)


「聞いてるか?」

「あ、ごめん。」


少し義水が呆れたような顔をした。

ごめんごめん。ちょっとした息抜きだったのだよ。火織はぼんやりしていたのを見抜かれ、すこし照れた。


「もう一度言うぞ。大さじの容量は小さじで3杯分なんだ。だから大さじ 2/3 というのは小さじだと?」

「2杯分?」

「そうだ。だから正確に量ろうと思ったら、小さじ2杯だ。」


なるほど、大さじと小さじの(容量の)関係。

それぞれバラバラでいるようで、実はちゃんと決まり事があるのか。

おや、すると……。


「じゃあなんで大さじ 2/3 なんて言いかたをするの?」

「疑問はもっともだな。料理をしている時、どちらかというと正確性よりもスピードを重視する場面がある。そういう時、いちいち道具を出してるのは面倒だよな。」

「そうかも?」

「だから、出ている道具でざっと量ったりすることがあるんだ。大さじ 1/2 は逆に大さじじゃないと量れないし。」

「そんなもんなんだ、って覚えておけばいいかな。」

「そうだな、テストに出るわけじゃない。」


でも、私のお弁当は最終的には評価試験にかけられるのだよ、鍛冶家くん。

そう心の中で思う。

恋の最終試験。お弁当だけが全てではないけど、私はこのお弁当にかけている。


「あとは、塩をひとつまみ、そして実は日本酒が材料に入るんだけど……。」

「え、お酒?それって、高校生じゃ買えないんじゃないの。」


無茶な材料がきたわね…。


「その通り。未成年だからな。成人年齢は18歳だけど、飲酒は20歳からだし。」

「じゃあどうするの?」


いきなり暗礁に乗り上げた玉子焼き号。

このままでは不完全な玉子焼きのままお弁当の海へ突入することになってしまう。

助けて!なんとか完全な玉子焼きにして鍛冶家センセ!!


「また変なこと考えてる顔してる……。」

「そんなことないですよ?」

「じゃあ、ここで日本酒という材料がする役割について考えてみよう。」

「うん。」

「アルコール分は、加熱すると飛んでいってしまうよな。」

「沸点が水より低いからだよね。化学でやったよ。」


蒸留という操作自体がその性質を利用したものだったはず。

火織は勉強はできる方だ……いや、正確にはかなりできる。

テストの成績が貼り出される時、上位10位の中には必ず名前を見つけることができた。


「じゃあ、アルコール以外の理由だとして、日本酒はなんで玉子焼きに入っているのだろう。」

「え……味?」


日本酒を飲んだことなんてないのだ。未成年の火織が日本酒の役割について想像が及ぶべくもない。

しかし、その答えを聞いた義水は口角を少し上げる。


「正解。味だ。日本酒が料理に与える味は、甘み、旨味、これらが複雑に絡み合っている。」

「じゃあ、ないと困るんじゃないの。」

「正確には日本酒を使った方がふくよかな味わいになるんだが、買えないんだから仕方ない。じゃあ、旨味を別のもので補うことにする。」

「そんなに都合よく用意できるもんなの?」


日本酒の粉でも売ってるんだろうか。

火織の頭には疑問ばかり浮かぶ。というか、この料理教室は知らないことが多い。

学校の家庭科よりも、話してることが多いし、何よりこんなに詳しくない。


「世の中にはなんでも都合よくあるものさ。さて、旨味だけを手っ取り早く追加する方法、それは“うま味調味料”だ。」

「え、“うま味調味料“?」

「いい反応してくれるな。そう、これだ。石動も見たことがあるんじゃないか。」


赤い蓋の瓶。ずんぐりした瓶にはパンダの顔が描かれている。

可愛い。

なんだこの男、いちいち可愛いものを選んでくるな。


「日本酒の旨みはもっと複雑なんだが、未成年の俺たちにできるのは、このグルタミン酸のたっぷり入った調味料を使うことだ。これでもだいぶ風味が増す。」

「でもこれって体に悪いとかなんとかってよく言われてるよね。」

「そんなこと言ったら、塩分だって摂り過ぎれば体に悪いんだけどな。うま味調味料の原料は昆布なんかで、旨み成分だけを取り出してるんだ。だから、体に悪いという主張は根拠がない。」


そうなのか、料理がどう作られているのかも想像が及ばなかった火織だ。

ましてや調味料ひとつひとつがどう作られているかなんて知りもしなかった。

じゃあ、塩は?砂糖は?

気にしていなかったが、色々なものが作られる過程を経てここにあるんだ。

そう考えると、私の世界というのはなんと狭かったのか。

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