第12話 駅前にて

『次の料理教室は、明日でいいですか。』


傷心の持ち主の気持ちを察したのか、ダイニングテーブルの上で小さく震えた火織のスマホ。

見てみれば、料理の先生からのチャットだった。

鍛冶家かじやくん。

翌日になってチャットアプリを入れたと連絡が来たんだっけ。

話す言葉も書き言葉もぶっきらぼうだが、律儀というか生真面目だなあと思いながら、スマホのロックを解除する。


『いいよ。待ち合わせはどうする?』

『買い物があるから、駅前で。』


「りょーかいっと。」


目玉焼きの火加減だってもう完璧だ。ついに次のステップに進めるのか。

光一路にお弁当計画が着実に進むことに気分が高揚する。

少し沈んでいた気分が浮かれ始め、グラスについた水滴もキラキラと光り始めた気がした。


「テーブル綺麗にしとこ。」


———


「待ったか?」


駅前の人通りの中、声をかけてきたのは義水だった。

そりゃ当然。

でも、義水が来るまでに、既に二人のナンパ野郎が声をかけてきていた。


「そんなに待ってないけど、駅前での待ちあわせは次からやめてもいい?」

「……?なんかあったのか。」

「うら若き乙女が駅前で立ってると、色々と不都合があるってわかったから。」

「あ、あー。石動いするぎは美人だから、すまん、そこまで気が回らなかった。」


あらゆることに興味がなさそうな義水にも美人とかそうでないとかいう基準が存在するのか。

教室で見る限り、誰と話すでもなく、ぼんやりしているか、本を読んでいるかしているところを火織は見ていた。

本当に申し訳なさそうにしているところを見ると、火織には気を遣ってくれているということか。


「とりあえず、行きましょうか。どこで何を買うの?」

「ショッピングビルの中にある雑貨屋で玉子焼き用のフライパンを買う。確か、石動のうちにはなかったよな。」


思い出してみる、確かに普通のフライパンと鍋はあった気がするけど、玉子焼き用だというものはなかったと思った。

色々と用意されているようで、足りないものもあったのか。


「なかったと思うな。鍋とかはあったけど。」

「ん、じゃあ行こうか。」


駅近くのショッピングビルは服を見にきたことはあるし、優佳に誘われて雑貨を見た記憶はある。でも、料理用の道具を見た記憶はなかったし、そんなものが売っていることすら知らなかった。

よく行っているところでも新しい発見があるのね、と火織はコメントする。

誰にだ。

それはもちろん私自身。


「別に、専用の道具が無くてもそれっぽく玉子焼きは作れるんだけど、折角だからちゃんとしたものを作りたいだろ?」


玉子焼き用のフライパンを持ちながら義水がそう話しかけてくる。

いつも彼は言葉を丁寧に選ぶ。火織にわかりやすいように。

火織の心の中を探るように。


「高い道具じゃ無くてもいいから買っておこう。フライパンの類はどうせ使い続ければテフロンが禿げて交換になるから。」


そんなもんなのか。なんと言っても料理なんて全く初めてからスタートした火織には、道具の寿命のことなど一片の知識もなかった。

言われるがまま、フライパンを持たせられてレジへいく。


「ご自宅用ですか?」

「はい、自宅で使います。」

「……彼氏さんですか?素敵ですね、料理道具の買い物に付き合ってくれるなんて。」


レジのお姉さんがそうコメントしてくれた。

でも、私の想いびとは別にいた。

都合よく利用しているだけ。

そんな気持ちがチクリと心に刺さる。

はっきり答えずに笑顔だけ、それが私の真実きもちなのだから。

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