第11話 カはカラオケのカ

 透き通っている緑の窓ガラスごしに外を眺めてみれば、小さな光の粒が茶色のグラウンドに吸い込まれていくのが見えた。

 窓から机に落ちる影にレンズで集めた光が踊る。ノートの上で開催される舞踏会。

先日の高揚感から打って変わって、陰鬱な天気に浮ついた心も落ち着きを取り戻していく。

 いくつものタマゴたちがフライパンの上で目玉焼きへと生まれ変わり、朝ごはんとなった。火織は自分の成長を感じる。すまん、タマゴたちよ。でも、お前たちを踏み台にして私はさらに成長する。


——


 放課後の開放感を感じながらクラスを見渡す。

正確には光一路の方を……。

 ほんの僅かな隙に女子生徒たちが光一路の机の周りに集まってきている。

いけない、スタートダッシュに遅れた。シグナルが赤の間にアクセルを踏んでいなかった訳じゃない。でも、なんとなく気後れしてアクセルを緩めた。

ファーストコーナーへ向かって火織も進んでいく。


「ねえ、みんなでカラオケに行かない?」


そう言い出したのは、綺麗な茶髪ロングヘアのクラスメイト、名前は確か、吉田さん。


「いいね、光一路くんも行くでしょ?」


同意して声をかけているのは、ショート・ボブのクラスメイト、矢野…さん。


「光一路くんが行くならアタシも行くー。」


さらに会話に加わってきたのは、野田さんだったか。髪を後ろでお団子にまとめている。

さわぎの中心となっている光一路は女子生徒たちの勢いに押されているのか、少し困ったような顔をして。


「今日なら、まあいいよ。あんまり遅くならなきゃな。火織も行く?」


近づいてきた火織に気づいた光一路が声をかけてくれる。

手を握ってぎゅっと胸の前で組む。

気づいて声をかけてくれたということに対する喜び、それが飛び出してしまわないように押さえつけた。


「うん、良いよ。みんなでカラオケに行くなんて、楽しそう。」


別に世間知らずぶっている訳じゃない。

でも、カラオケなんて全然行ってなかった。優佳とたまに行くくらい。


「じゃあ、行こうよ!」


吉田さんの元気な声がして、集まった子達と一緒に教室を出ていく。

光一路は吉田さんと矢野さんに腕を取られて歩いて行った。

女の子たちに囲まれて苦笑している。でも、両手に花で内心喜んでいるんじゃないの、と火織は邪推する。


——

「アマギーーーゴーーーェーーーー!」


カラオケルームに吉田の演歌が響く。

パチパチと手を叩く一同。

ちょっと待って、これって老人会のカラオケ会?いいえ、吉田さんはなんでも歌えちゃうのです、だってさっきは英語のロックナンバーを歌いこなしていたし。


「あ、ドリンクないじゃん、光一路くん、一緒に取りに行こ?」


すかさず矢野さんが光一路の腕を取って部屋を出て行った。

火織は勢いがある三人組の攻勢を前にマゴマゴしているしかなかった。

せっかくの密室、数少ない光一路との接触機会なのに……。

グラスに入っている薄くなったミルクティを少し飲む。

美味しくないな。


「ねー、光一路くん、これ歌える?デュエットしよ?」


野田さんが戻ってきた光一路にすかさず声をかけている。

本当に隙がない……。

私だって光一路ともっと接点を持ちたいのに。

つかず離れずの時間が過ぎていく。


———


「じゃーねーー。」


解散になってしまった。折角の機会が光一路を狙う狩猟者たちの手練手管を眺めるだけの時間となってしまった。

火織は別にとろくさい訳じゃない、むしろスポーツは得意だったし、イベントごとでもリーダーシップを発揮するタイプだった。

しかし、自分の恋にはなんの役も立たない。

好きな人の前で照れる気持ちと、どうしたらいいかわからない気持ちとが全力でブレーキを踏ませる。


「じゃあ……ね……。」


解散して去っていく光一路の背中を見ながら、肩を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る