第9話 フライ・デイ

義水がキッチンでガタガタとあれこれ用意し始めた。

フライパンだけじゃない、小型の器、サラダ油、キッチンペーパー……。

フライパンだけで完結しないんだ。火織の中に小さな発見が積み重なる。


「まず、タマゴは先に割っておく。フライパンの上で割ってもいいが、焦ると失敗する。慣れれば失敗はほとんどなくなるが、タマゴの扱いになれるまでは器に割っておくのがいい。」


「はい!!」


丁寧な説明だ。子どもに語りかけるようにも、でも相手を尊重するような声色。

タマゴを手に取った義水が、器の端にコチンコチンと音をたてて、なおかつ柔らかにぶつけた。タマゴが割れて、その中身が躍り出る。


「フライパンは温めておく。最初から中火……。このコンロなら目盛りの半分くらいかな。これで様子を見る。手をかざして、熱を感じたら準備完了だ。菜箸で白身を少しフライパンに落としても良い。」


菜箸から垂れた白身がジュと音を立てて透明から白へ変わる。

そんなやり方が……。私なんかいきなりフライパンに落としたんだけど。


「フライパンにサラダ油を入れる。俺は普段は手間をかけないのでやらないが、キッチンペーパーで広げてやれば綺麗にできる。」


小型の容器からフライパンへ透明な油が落とされる。スッと落ちた油が広がる。

義水が折りたたんだキッチンペーパーを菜箸でつかみ、まんべんなくフライパンに伸ばしていった。


「タマゴを入れる。飛び跳ねないように、フライパンの近くから。フライパンは熱いから気をつけて。ゆっくり。」


するりと器から滑り落ちたそれが、ジュウウと音をたてて焼け始めた。タマゴの白身が薄く黄色がかった透明から白へと色付いていく。


「フライパンの熱が強いようなら弱火にしてもいい。でもまぁ、今回は大丈夫だな。焼きながら白身の様子をみて全体に火がちょうどよく入ったか確認する。」


「白くなってきたからもういいんじゃないの?」


「好みで調節できるが、とりあえずは適正な焼き加減をめざす。白身の周りが少し焦げてきたろ、茶色にだ。そうすると目玉焼きの外周が少し持ち上がってくる。」


「ほんとだ、すこし剥がれてきた。」


「このくらいになったら出来上がりだ、ターナーを横から目玉焼きの下に差し入れて持ち上げ、皿に取る。」


「すごい……。」


「別にすごくはない。黄身が硬いほうがいいならもう少し焼くといい。」



でも、すごかった。誰もができる料理。タマゴを焼いただけ。でもこんなに色々なことが目の前で起きていたなんて。純粋な感動がある。料理って、こんなに面白いものなのか。


「感動してるとこ悪いが、次は石動、お前がやるんだ。ほら、フライパンは拭いてあるから。」


「よーし!やるぞー!」


学校ではこんなに素直な気持ちで何かに取り組んでいただろうか。新鮮な挑戦が火織の心を躍らせている。

よし、これから、私は変わるのだ。

目玉焼きの焼けるお嬢様に。サニーサイドお嬢様だ。



「できた……!できたよ!」


「おお、やったじゃないか!綺麗に焼けてるよ。」



少し苦笑してる義水をみて、それでも素直に認められた気がする。少しだけ焦げた目玉焼きと綺麗な目玉焼きが並んで皿に乗っている。

私の成果だ。

タマゴを割って焼いただけ。でもこんなに嬉しい。嬉しさがタマゴから溢れ出してしまいそうだ。

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