第4話 学校イチの美少女の操り人形

火織は思い詰めた表情をしている。

義水は、なぜか焦りが伝播したのか追い詰められた気持ちになっていた。何に追い詰められたのか、それは少女の恋心か。


「エコバッグがリュックサックから出てきた。それは、日常的にエコバッグを使うということ。男子高校生がエコバッグを日常的に使うなんてあんまり考えにくい。さらにスーパーのビニール袋に関しての妙に詳しい考察。これは、スーパーにしょっちゅう行ってないと分からない。」


「突然の推理力。」


「ということは、料理ができる。もしくは料理と非常に親和性の高い人と……。」


「わかった!わかった!!もういい!認める!俺は料理ができる!」


義水を追い詰めてきたのは火織の恋心ではなく、推理力だった。

崖の上だったら完璧にエンディングテーマがスタートすること間違いなし。

美少女探偵じゃん、と義水の口の中からこぼれ落ちそうになる。

火織は深刻な顔で訴えかけてくる。


「ね、お願い。他に頼れる人がいないの。」


「お手伝いさんとかに頼めないのか?」


「私、今、一人暮らしなの。その、生活の修行だって。」


料理できないお嬢様をいきなり一人暮らしさせるのヤバくない?と義水の脳内でギャルが言い出した。

そうだな。


ところで脳内に急に出てきたお前誰?


「今まで何食べてたの。」


「学食に行けば、何かしら食べられるし……。あとその、外食とか。」


火織が恥ずかしそうにうつむく。

現代社会は一人暮らしに優しすぎた。というより、色々なニーズがこの世の中を作り上げたんだろう。

生活の修行に戸惑っているはずの火織も世の中に適応した。

多少、食事が偏ろうと生きていくことはできる。


火織の表情は真剣だ。

いつも学校で見せる凛々しい表情や輝くような笑顔とも、さっきの泣き顔とも違う。

それは決意が、表情を、顔を作り変えたのだろう。見ていると心を動かされた。

義水は逆に戸惑いの表情を隠せない。自分が火織に巻き込まれたことに気付いていないのか。


「しかし……、分かった……。手伝うよ。」

「ありがとう!!」


それは心からの感謝の言葉だ。人付き合いのなかでやり取りされる儀礼ではなく、本当に欲しいと思ったそれを満たされた気持ちの発露だった。まあ、悪くない。義水はそう気持ちを整理すると、火織と改めて向き合う。


「とりあえず……料理をしたことのない石動がいきなり弁当全部を完成させるのは無理だ。基本メニューをひとつずつ作れるようにしていく。」


「うん……あ、はい!」


「ご飯とおかず、4……、いや3品かな。これを一人で作れるようにしよう。とりあえずそれで弁当としては体裁が整う。」


「鍛冶家くんって、難しい言葉使うよね。」


「今それは関係なくない?」


義水は本が好きで、よく読むから話す言葉がそっちに引っ張られがちだった。年寄りみたいと言われることもある。


「場所は……俺の部屋はよくないな。よく考えたら、石動が料理できるようにする訳だから、石動の家しかないな。」


「そ、そうだね。今から来る?」


料理を教えるとはいえ、俺は男だぞ?いや、今日は感情が揺さぶられて感覚がおかしくなっているのかも知れないと義水は感じる。


「今からだと遅くなるから、そうだな、明後日からにしよう。その、家に調理道具はあるのか?」


料理をしないで生活していた火織だ。何もない可能性もある。


「あ、それはなんかあった気がする。」


「不安だ……。明日からやるか……。調理道具の確認と、簡単な料理から始めようか。」


「はい!!よろしくね!鍛冶家くん!」


なんだか大変なことを引き受けた気がする。しかし、少女が恋心を同級生に打ち明けるのにも大変な勇気が必要だったろう。そのことを思うと、打ち明けられた方としても何かしてやりたいと思わざるをえなかった。

すっかり冷め切ったコーヒーを飲む。

向かいでは火織が紅茶に口をつけていた。


「……美味しくない……。」


そうだろうな、と義水は思った。

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