第3夜④

「続いて、組香にございます」


 判者のかけ声とともに、お題の薫物がずいと目の前に差し出された。

 沙那は、表向きにはおっとりと淑やかな仕草を保ったまま、その実、必死で香りを嗅ぎ覚えようとしたのだが――。


(ううん……香りを嗅ぎすぎて、分からなくなってきたわ)


 お題の香が、すっとした清涼感のある芳しい香りであることは分かった。

 だが、つい先程まで薫物合わせをしていた空間には、既に何種類もの香りが入り混じって充満していて、この香だけを覚えて、後に出される選択肢をきちんと嗅ぎ分けられる気はしない。


(それどころか、暑いし息苦しくて、嫌だわ)


 香を焚いた煙と熱の残滓に、頭はぼうっと霞がかって、気を抜けば意識が遠のく。

 油断してはならないと分かっているのに、どうしても集中が続かない――。


「まあ、珍しい。主上がいらっしゃったみたいですわね」

「え?」


 ぼそりとした呟き声を捉えて顔を上げると、左近が冷静に梅壺側の人だかりを指していた。どうやら、主上が様子を見に来たらしい。


(……寛高さまは『主上が応援に来る』とか仰っていたけれど、あちら側にいるじゃない)


 頼りにしていたわけではないけれど、露骨に相手に肩入れされれば面白くはない。

 それにしても、帝は何を考えているのだろう。

 これまで寵愛していた承香殿の女御が別人に入れ替わって、なお同じ態度を取れと求めるのは帝に酷だと分かるけれど、あからさまに態度を変えたら周囲から怪しまれるだろう。そこは仕方ないと割り切って、大人の対応をしてくれればいいのに。

 不満を込めて見つめる沙那の鼻先を、初夏の清々しい風が通り抜けていった。


「……あ。これだわ」


 どうやら、現れた主上に近づくべく梅壺の女御や女房たちが動いたおかげで、場には人が減り、風が起きたらしい。

 新鮮な空気が運んできたのは、実に心地の良い香りだった。


「承香殿の女御さまの勝ちにございます!」


 こうして、香合わせは承香殿の圧勝に終わった。

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