終章

 少女は窓のない部屋にいた。

 その瞳は暗くめしいていて、あるべき四肢はほとんど存在せず、さながら象牙色の芋虫のようで、切断面の縫合痕も痛々しい。

 その美しい顔は、しかし色欲にただれていた。一糸まとわぬ少女は、覆い被さってくる男の激しい律動に揺すり上げられ、


『あっ、んっ、んっ、はぅっ、んっ』


 濃厚な蜜がしたたる甘い声を上げる。短い手足を男のほうへ目一杯に伸ばし、幻影肢で抱きしめようとする。

 波打つ襞々ひだひだが絡みつき、きつく締めつけてくる少女の女穴からもたらされる瑞々しい快感を貪る男は、我を忘れたように一心不乱に腰を打ちつけながらも少女の哀願に気づいた。


『修さんっ』少女は媚び、潰れた瞳で口づけをねだる。


 男は何も答えず、しかし押しつけるように唇を合わせた。


『んっ』


 侵入してくる男の舌を少女が歓喜の声を上げてもてなすと、彼はびくりと震えた。少女の最奥を抉る剛直が、更に大きく、硬くなる。

 射精が迫っているようだった。キスをやめると男は、余裕のない顔で猛然と少女を突き上げはじめた。


『んっ、イきそうなのねっ、はぅあっ、ぼくもイくからっ、一緒にっ、一緒にぃイこっ──あっ、やだっ、ぼくもうイっちゃうっ、我慢できないっ、イくっ、イくぅ~~っっ!!』


 少女の絶頂に、男根を食いちぎらんばかりに膣口が締まり、熱く濡れそぼった女肉が激しく痙攣する。

 この世のものとは思えぬ極上の快感に襲われた男は、とうとう、『ぅぅ』とくぐもったようなうなり声を洩らし、少女の最奥で吐精した。


 その瞬間、挿入されて押し広げられた少女の膣がアップになり──陰茎はなぜか透明になっていて見えない──その奥、おそらくは子宮口に吐き出される夥しい精液を見せつけてくる。


「歩っ、ぁぁ、歩っ、出るっ、出るぅっっ──うっ」

 

 パソコン画面の中で展開される二次元の官能シーン──盲目の芋虫少女と三白眼の男の情事を、食い入るように見つめながら孤独に、しかし幸せそうに射精する男がいた。


 白濁液が噴き出すたびに、ぞくぞくと痺れるような快感が怒張したペニスから腰全体へ駆け抜ける。

 精を受け止めるティッシュペーパーが破れ、男の手を汚し、ようやくそれは終わった。ペニスがくたっと垂れる虚脱感が、奇妙な満足感を連れてくる。


「──ふぅ」


 男は満足げに息をつくと、ティッシュペーパーで精液を拭い、ごみ箱に投げ入れた。ポスッという軽い音が、静かな夜にやけに響く。


 薄っぺらいディスプレイの中では、場面が変わっていた。盲目の芋虫少女──牛若歩はベッドではなく椅子に座っていて、その傍らには三白眼の男──雑野修がいる。共に穏やかな表情をしているが、牛若歩だけは全裸だった。


 このイラストで特に目につく部分は、牛若歩の腹部だった。彼女のそこは大きく膨らんでいたのだ。明らかに妊娠していた。

 やおら牛若歩が口を開いた。


『愛してる』


 ああ、と雑野修がうなずいた。俺もだよ、と。


 ふふ、と微笑して牛若歩は続けた。


『殺したいくらい愛してる』


 やはり雑野修は、ああ、俺もだよ、と返した。


 牛若歩の、常闇をさ迷う双眸が、愉快そうに歪んだ。


 そして、切ないメロディーと共に高く澄んだ女性の歌声が流れ出し、〈True Endトゥルーエンド〉の文字が表示された。


「やっぱ歩ちゃんだよなぁ」男は独りごちた。「顔も体も内面も最高だわ」


 男性向けアダルトゲーム『チマミレ☆ハート』の熱心なファンである彼は、九人の全ヒロイン──牛若歩、武蔵慶、兎月恋町、柏女優姫、双葉朱莉、双葉栞莉、静観知世、酒本清香、茶橋桔梗──の全ルートを攻略済みだったけれど、とりわけ牛若歩がお気に入りだった。

 日に何度も牛若歩──ぼくのルートをプレイしては自慰に耽って大量に射精してくれていた。


 ──ふふっ。


 内心で笑みが零れた。やっぱりこの人は修さんなんだ、と愛おしさが心を満たす。

 けれど、彼はたまにほかのキャラクターに浮気することがあった。アダルトサイトの女を見て勃起することも、そのまま独り鎮めることさえもあった。それらは到底許せるものではない。


 早く殺してあげなきゃ駄目だね。

 ぼくは確信している──愛した人を独占するには、殺すのが最適解。殺さなければ真実の愛は得られない。


 修さんに唇を奪われてからというもの、ぼくは彼を愛し、必然、殺す方法を模索しつづけていた。

 けれど、手足を、視覚さえも失ったぼくにできることなんて修さんの獣欲を受け止めることだけ。

 彼もそんなぼくの体に、ぼくの愛に溺れていたようで、それはそれでとても幸せなことだったのだけれど、ぼくには足りなかった。まったく安心できなかった。

 人は変わる。

 殺さなければ愛されない。愛は完成しない。永遠にならない。


 いつしかぼくは神に願うようになっていた。


 ──修さんを殺させてください。ぼくはどうなってもいいから、修さんの命を摘み取ってください。


 もちろん、神とやらが実在したとしても都合よく願いを叶えてくれるとは限らないし、そもそも存在しないだろうとも思っていた。


 けれど、ある日、声がしたんだ。性別も年齢も不明な、心に直接語りかけてくるような声だった。


『その願い、叶えてやろう』


 すると、ぼくの意識はぼくの肉体を離れ、この冴えないニートの男の体に入り込んだ。

 初めは訳がわからなかった。

 それはどうしてこれが願いを叶えることになるのかわからないという意味であって、このオカルト現象そのものに対して困惑していたわけではない。それについては、かえって納得していた。ああ、これがあの心霊現象の原因か、と。

 以前は憑依される側だったけれど、今度は憑依する側になったというだけのこと。

 そんなことより、修さんはどこ? とぼくは当惑していた。いない人を殺すことはできない。願いを叶えてくれたんじゃないの?


 仕方なくぼくは、男の中から様子見することにした。幸い、男は鈍感で、ぼくにはまったく気づいていないようだったから変に警戒されることもなかった。


 そうして、ぼくは世界の真実を目の当たりにした。信じがたいことに、ぼくの暮らしていた世界──赤空市はゲームの中のものだったのだ。

 さらには、ぼくは男性向けアダルトゲームのヒロインで、そしてこれこそが一番重要なのだけれど、修さんはゲームの主人公だったのだ。

 それが意味するところを理解し、ぼくは神の意図を察した。

 神はきっとこう考えているんだ。

 

 ──雑野修という人間はゲームプレイヤーのアバターにすぎず、したがって彼を殺したいというのならそれを操作するプレイヤーを殺すべきである。


 腑に入る理屈だった。

 とはいえ、見た目も声も性格もあそこの形や大きさも何もかもが違う人間を修さんとイコールで結びつけるのには、少しばかり抵抗があった。


 ぼくは観察を続けることにした。

 そして今、確信した──この男は修さんである、と。

 こんなにもぼくを愛してくれてるんだから修さんに違いないのだ。この男こそがあの部屋でぼくの目を潰して犯して愛してくれた最愛の人。

 であれば、殺さなければならない。彼の愛を永遠にするために。


 ぼくは彼への愛を燃え上がらせ、その真っ赤な炎でこの男の意識を抱きしめた。


「!?」


 流石の鈍感男もこの密度の情念には気づくようだ。目を見張って気味悪そうにきょときょとと部屋を見回す。

 

 ぼくにはもう一つ確信があった。

 ぼくに憑依していた人物がそうであったように憑依当初のぼくに肉体操作権はなく、今現在もそれはこの男のものだ。

 けれど、それは絶対ではない。それなのにぼくに憑依していた人物にそれができなかったのは、情念が、想いが、愛が足りていなかったからだ。

 一つの肉体に二つの精神が入っているのなら、主導権はより強い心を持つ者が握る──ぼくは誰に教わるでもなくそれを理解していた。

 ぼくが憑依されていたころは、何かの拍子に心の強さが逆転して体を乗っ取られるのではないかと恐れていた。だから、憑依していた人物が眠っている隙を狙って犯行に及んでいた。万が一の場合に自首されたりボロを出されたりしたら困るからだ。


 ぼくは強く、深く想う。愛してる、と。

 愛してる、修さん。殺したいくらい、なんて程度じゃない。殺さなければならないくらい、だ。

 

「っ?!」悪寒が走ったのか、男は痙攣するように震えた。「風邪でも引いたか……?」


 そんなはずはないとわかっているだろうに、男はそれを言葉にした。不安を紛らわすためだ。おびえる心が手に取るようにわかる。

 ぼくはほくそ笑んだ。

 現実から目を逸らそうとするような軟弱な心では、ぼくの愛に抗えるはずがない。


 だから、ね? もう折れちゃお? 

 

「……ぁ、ぁ、お、おい、お前は何なんだ?」男はついにぼくを認めた。しかし、「な、何をしようと──ぅくっ」


 もう遅い。


「『──あはっ♡ やったぁ♡』」

 

 まずは男の声帯を、舌を、口を乗っ取った。

 悲鳴を上げることもできずに男は、恐怖に顔を歪めて喉を掻きむしる。引っ掻き傷が、まるで絞殺される者がつける吉川線のような傷が彼の首に走る。

 あまり傷つけないでほしい、とぼくは思う。あなたはぼくの大切な人なのだから。


「『いい子だから、おとなしくして』」 


 そしてぼくは、彼の体を完全に掌握した。

 手を握ったり開いたりして具合を確かめる──うん、問題ないね。元々肉体感覚自体は共有していたからだろう、操作感にはすでに馴染んでいた。

 ふと、愛おしい白濁の香りが鼻腔をくすぐった。

 手のひらを鼻に近づけるとそれはより明確に感じられ、ぼくはたまらず、それを舐めた。手のひらのしわにある愛の残滓をぺろっぺろっと舐め取っていき、最後はお掃除フェラをするときのように指を一本一本、口に含んで舐めすする。

 

 ──ちゅぽんっ。


 どこか間抜けな音が立った。


「『ふふっ♡』」思わず弾む笑みが零れ落ちた。「『愛してるよ♡』」


 男から返事はない。でも、構わない。


「『ねぇえ、聞こえてるんでしょ?』」


 ぼくは部屋のドアを開けた。


「『愛してる♡』」


 短い廊下に出た。今は深夜で男の両親は眠っているはずだけれど、足音を殺してゆっくりと階段を下りる。

 見咎められたくなかった。ぼくたちが愛し合うのを邪魔するようなら殺さなければならなくなるから。

 リビングとキッチンが一体となった広い部屋に入った。


「『あなたもぼくのことを愛してくれてるんだよね? あんなにいっぱい、何度も何度もぼくで射精してくれてたもんね♡ ぜーんぶ知ってるんだよ♡』」


 ぼくはそっと彼のペニスを撫でた。それは硬く怒張していた。ぼくの昂りがそうさせたんだ。クリトリスが勃起するのと似たような感覚だった。


「『ふふっ♡ うれしいな♡』」


 今、ぼくは最愛の人と完全に一つになっていて、そのうえで彼を殺すことができる──これこそが愛の最高到達点。魂の粘膜を重ね合わせる真実のセックス。

 その瞬間、彼はぼくだけのものとなり、ぼくは彼だけのものとなる──ああっ、何てすばらしいっ。


「『一緒にイこうね♡ 怖がらなくて大丈夫♡ きっと気持ちいいよ♡』」


 そしてぼくは、目当ての物を見つけ、


「『うふっ♡』」


 笑み崩れた。


 ──包丁みーっけ♡







(了)

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ヒロインを殺したのはヒロインである 虫野律(むしのりつ) @picosukemaru

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