第2話:夜のカフェテラス
「ねえ、二つ目の願い事、決めたの。」
「おっ、なんだなんだ?」
杉本は面白がるように私を見た。サイダーの雨が降ってから数日が経った。ニュースでも取り上げられて、ちょっとした騒ぎになっている。そんなことを起こした張本人が、今目の前で無邪気な顔をしている普通の高校生男子だなんて、まだ信じられない。興奮、期待、そして少しの恐怖が入り混じり、心の中はまだ整理できていない。それでも、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はポケットから一枚のポストカードを取り出し、彼に見せた。
「ここに連れてって。」
「これは……ゴッホか?」
杉本が絵を見つめ、言った。
「ご名答。『夜のカフェテラス』。アルルにあるカフェを描いた作品で、そのカフェは今も実際に残ってるんだって。この絵の中に連れてって欲しいの。」
「ははは、こりゃあ面白い。いいけどさ、サイダーの雨といい、お前の願い事ってほんとユニークだな。」
「ゴッホが好きなの。何年か前、東京で展示会があって、それを見たときに一目惚れしたの。何時間もその絵の前に立ち尽くして、吸い込まれるように見てたんだ。世界で一番綺麗な夜景だって、今でも思ってる。」
「ふーん……まあ、うまくいくかはわからんけど、やってみるか。」
彼は肩をすくめながら立ち上がり、目を閉じてまた手を合わせた。また、真剣な顔で、念じ始める。
その瞬間、体が何かに強く引っ張られる感覚がした。あまりの強さに声も出せず、目をぎゅっと閉じ、体が思わず硬直する。でも、衝撃は来なかった。かわりに、耳に入ってきたのは人々の笑い声と食器が触れ合う音――それに、フランス語の会話。
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
暖かな黄色い光に包まれたテラス、夜空に輝く無数の星。そして、楽しそうにフランス語でおしゃべりをしながら食事を楽しむ人々。まさに、ゴッホが描いた『夜のカフェテラス』そのものだった。
「さあ、俺たちも食べるぞ。似合ってるぞ、その服。」
杉本が腕を取って私をエスコートしながら言う。私は驚いて自分の服を見下ろした。さっきまで制服を着ていたはずなのに、いつの間にかシンプルな白いドレスに変わっていた。
似合ってる……のかな?
私たちは空いているテーブルに案内され、杉本はウェイターに手を上げた。彼は流暢にフランス語を話すウェイターにメニューを頼み、ほどなくしてスパゲッティが二皿運ばれてきた。
「美味しそう!」
私ははしゃぎながら、一口食べてみる。うん、美味しい。思わず笑顔になる。
「おお、うまいな。」
杉本も一口食べて、顔をほころばせた。私たちは顔を見合わせ、同時に笑った。そして、テラスから見える星空と心地よい音楽に身を委ね、静かに食事を楽しんだ。
この時間がずっと続けばいいのに、と思う。けれど、夜はいつか明ける。願い事はあと一つ。
最後は何をお願いしよう。空で一際輝く遠くの星を見て、私は一生懸命考えた。
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