第3話 目を見せて

「ろけっとらんちゃー……?」

 彼は首を傾げて困惑している。

 そうよね、この世界にそんなものはなかった。

「ええと、大砲、みたいな? ほら、皆、魔法を使いますけど魔力切れもよくあるでしょう? だから、そういう時でも火薬でぶっ飛ばすみたいな武器があったら、いざという時に役に立つじゃないですか」

「ああ、確かにそうだけど」

 彼の首の角度は傾いたままだったけれど、少しだけその声音に面白そうな響きが含まれたのも感じた。

 うん、解るよ。だって。

「モノづくりってロマンですよね。夢ですよね、希望ですよね、冒険ですよね、どきどきしますよね。自分の手で作り上げるというその心臓のときめきと、出来上がった時の達成感! もう最ッ高です!」

「そうだな」

 彼はそこで楽しそうに笑う。

 それで、ちょっとだけ思ってしまった。

 目の前の彼、可愛いな、って。


 そんなほんわりした空気の中、突然わたしの頭上からどさどさ、どすん、と落ちてきたものがある。わたしの部屋にあったカバン、服がこれでもかと詰め込まれた布袋、本や教科書が詰まった木箱、ささやかながらもお金が入った財布、そして大量の荷物を運ぶのに便利な魔道具、これもまたわたしが造った軽トラ……ならぬ、馬がいらない小さな荷馬車? みたいなやつ。農道を走ってそうな、荷物を積んでゆっくり動きそうな乗り物だけど、これもまたそこそこスピードが出るんだよね。魔道椅子ほどではないけれど。

 っていうか、これを上から落とすなんて……。


「左……」

『おう! 頼まれたやつ、持ってきてやったぜ! 褒めろ!』

「ぶつかったらどうするつもりだったの?」

『俺がそんなヘマをするわけねーだろ!』


 わたしが目を細めて視線を上に上げると、黒い影が上機嫌な様子でふわふわと宙を漂っている。そして白い影は少し離れた場所で呆れたように肩を落としていた。


「一体、何が……」

 と、彼(ところで名前、聞いてないよね?)が茫然と呟いているのに気付き、わたしは思わず口元を手で覆ってわざとらしく笑った。

「あ、魔法を使って運び出しました!」

「魔法……」

「はい!」


 と、いうことにしておく。

 この世界には魔法もあるし精霊もいるけれど、精霊が見える人間はほとんどいない。魔力の強い人は精霊の気配を察知することもあるらしいけれど、言葉を聞くことは無理らしい。

 だから、わたしが精霊たちの声が聞こえます、と言ったとしても信じてくれる人はいないんじゃないだろうか。まあ、疑うのは仕方ないよね。実際、そういう詐欺師がいるようで、問題になっているみたいだから。

 これは精霊様のお告げです、尊い言葉を知りたいならお布施をください……なんて言い出す人がいる以上、そういう人たちと同列に思われるのは厭だなって思うから、秘密にしておく。


「魔力の流れ、気づかなかったな」

 彼はどこか納得していない様子だった。でも、深く考えるだけ無駄だと気づいたのか、それとも辺りが薄暗くなってきたことに不安を抱いたのか、心配そうに続けた。

「それで、もうすぐ夜になるけど……行くところはないのか?」

「そうですねえ」

 わたしは精霊が持ってきてくれた財布の中を覗き込んで、小さくため息をついた。「どこかに宿を取るとしても……」

 お金は無限ではない。

 今日は学校から帰ってきてすぐ、伯母様たちがあんなことを言い出したわけで。夕ご飯も食べてないし、さて――。


『たとえ野宿になっても守ってあげるわよー』

 と、右側の白い彼女が言うけれど、その声が聞こえない少年が小さく唸りながら提案してきた。


「……俺の家、くる?」


 というわけで、唐突ですがわたしは初めて会った少年の家に向かっています。

 まあ、決心するまで五分くらい悩んだけどね!


 一応、本当に信用できるのか見極めようと思って、さっきお願いしたんだ。

「……目を、見せてもらってもいい?」

 って。

 わたし、誰かを良い人なのか悪い人なのか判断するときに、その両目を見るということだけは決めている。だって、その人の性格って瞳に現われるものじゃない? 前世でもよく言ってたよ、目は口程に物を言うって。性格の悪い人だったら、どんなに整った顔立ちでも怖い目をしてる。まあ、優しそうで綺麗な目をしていても腹黒い人もいるだろうけど――。


『悪い人じゃないわね』

『悪いやつじゃねえぜ』

 と、ステレオ放送で精霊たちが少年の顔を覗き込んでいる時に、わたしもそうだろうな、と納得できた。

 彼はぼさぼさの長い前髪を右手で掻き上げて、自信なさそうに視線を宙に彷徨わせてからわたしを見つめてきた。そしてそこにあったのは、真面目そうな、まっすぐな黒い瞳。


「っていうか、何で髪の毛で隠してるの? 美形なのにもったいない」

 と、敬語を忘れて言ってしまった。

 少年――わたしより一歳年上の彼の名前は、自己紹介を受けてショーン・グッドフェローだと知った。ショーン君は、そのぼっさぼさの髪の毛の下に、どこぞのアイドルかな、と思えるくらいの整った顔立ちを隠していた。ちょっと切れ長の涼やかな目元、高い鼻筋、薄い唇は少しだけ気の弱そうな雰囲気を持っていたけれど、そりゃーもう、類まれな美少年と言えるだろう。

「気に入っていないんだ」

 ショーン君はまた前髪を乱暴に下ろして唇を尖らせた。

「何で?」

「俺の理想は、もっと男らしい顔立ちだから。俺の父みたいな、強そうな感じになりたい」

 暗くなりかけた道を、わたしたちは魔道荷馬車に乗って進みながらそんな会話をした。二人乗りの座席、その背後には荷物が積まれた荷台。

「強そうな?」

「見れば解る」

「へー」

 こんな会話をしているうちに、一応学校の先輩であるはずのショーン君とはタメ口で話す仲になった。まあ、彼の耳は少しだけ赤かったけど。

 その理由は簡単で。

「俺だけ顔を見せるのは不公平だ。お前も眼鏡外して見せてくれ」

 って言ってきたんだよね。

 まあ、瓶底眼鏡みたいな分厚いガラスに覆われていたし、まあ、公平を期すために眼鏡を外して見せるのはやぶさかではない。ないけどね?


 実はこの眼鏡は、彼にとっての前髪と同じような役割をしていた。

 うん、地味な女の子に見せるための、変装魔道具なんだよね。


 それで。

 わたしが眼鏡を外すと、彼も驚いたように言ったわけだ。

「何で、そんな眼鏡をしてるんだ? せっかく、そんなに可愛いのに」

 って。

 自分で言うのもなんだけど、わたしアイリス・ウィドウズは可愛い顔立ちをしている。というか、「転生したらどこかのヒロインみたいな美少女でした」みたいなタイトルで小説になってもいいくらい。

 ただ、幼い頃に変態男に誘拐されそうになったことがあったので、お父様が心配してこの変装眼鏡を作ってくれた。地味な女の子に見える仕掛けのある眼鏡を。

 お蔭で、それからは平和な生活を送れた。

 そんなことを説明したら、ショーン君は納得したように言うのだ。

「可愛いっていうのも大変なんだな」

 なんて、わたしが返答に困るようなことを。

 くうっ、口が上手い! 悔しいからこっちも誉めてやろう!

「ショーン君もその顔を見せたら学校でモテモテになるのに。試してみたら?」

「い、いや……、さすがにそれは」


 で、お互い、顔を赤くしたり照れたり挙動不審になったりして。わたしの右側で、『恋の始まりは突然でー』と歌いながらゆらゆら揺れている白い影のことは無視しようと必死だった。黒い影は『そんな腑抜けたこと言ってんじゃねえ』と不満げだったけど。


 ショーン君も、ウィドウズ家のことは気になっていたみたい。微妙な空気を振り払うように、口元を引き締めてから――。

「お前の家、取り返す気はあるんだろう? 手伝えることは?」

 って訊いてきたし。

 わたしはそこで眼鏡をわざとらしく、くいっと指で持ち上げて言うのだ。

「ご心配なく! 彼らには天罰が下ります。っていうか下すよ、わたしが」

「……そう」

 くくく、と笑うわたしを見て、彼はぎこちなく首を傾げる。そして、彼はとある家の前で荷馬車をとめてわたしを下ろしてくれた。ちゃんとわたしの手を引いて、男の子らしくエスコートしてくれたけど、やっぱり慣れていないんだろうな、ぎこちないのも好印象。


 だって、あのちゃらちゃらした婚約者とは全然違う。あ、元・婚約者か。もう名前も存在もわたしの記憶から消したいくらいだけど、もうちょっとくらいは覚えておいてやろう。わたしが嫌がらせを完了するまでは。


 なんてことを考えながら、わたしはショーン君の家の中へと案内されたのだけど。

 そこで、彼のお父さんに会うことになって、『これがショーン君の理想の男性なのか……』と口を開けることになる。

「いらっしゃい」

 と、驚いたようにわたしとショーン君の顔を交互に見やり、そして何か察したかのように豪快に笑ったその人は――。

 前世で読んだ青年漫画に出てくる劇画調キャラクターの雰囲気そのままの、筋骨隆々、いかつい顔立ち、それこそ剣を振り回して雄々しく戦う、漢と書いてオトコと読むのが似合う男性だ。


 本当に似てないなあ、とわたしはこっそりショーン君の横顔を見つめてから、彼のお父さんに向かって頭を下げた。

「すみません、お邪魔します」

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