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 不意に射し込む、眩い明かりで醒めてしまった。いつの間にか地べたに寝転がったようで、全身が硬くなっている。

 薪が爆ぜる篝火を背後に、揺らめく人影が等間隔に並んでいるのが、薄目で見える。問題は、影を映し出す天井に、全く見覚えが無いことだ。

 腰に下げた短剣を咄嗟に引き抜こうとするも――


(指が、身体が、動かない……!)

「酒に混ぜた痺れ薬だ。麻酔効果も兼ねている」


 声のする方向――影の主に視線を移す。

 そこには同じように横たわるモノと、ローブで素顔を隠した集団が居た。奴らはただ、俺とソイツを見下ろしている。


(奴らはいったい、何なんだ。それにアレは人間……なのか?)


 仄暗い視界が一向に晴れず、聴覚も麻痺してるのか、くぐもった声が不明瞭に響いてくる。朦朧もうろうとする思考の中で、身の危険が間近であること以外に、理解が及ばない。


「準備が整ったぞ、聖騎士パラディン

「始めろ」影の主が、左手を軽く上げる。「果たして、貴様こそがメシアに相応しい逸材なのか……試させてもらうぞ」


 揺らめく影はどこから持ち出したか、分厚い書物を開くと地響きするほど低い声で、一斉に何かを唱え始めた。

 言ってることはまるで聞き取れないが、身の毛がよだつ不快さと、身動きが取れない恐怖で、腹の底からしんと冷える。


(何が起ころうとしてるんだ……マリィ、父さん、母さん――皆んな……ッ)


 様々な記憶が走馬灯よろしく駆け巡るも、無情にも終焉の瞬間は訪れる。悶え苦しむヒト紛いから黒い炎が噴き上がると、ケダモノのような断末魔が鼓膜を突き抜けた。

 眼前の惨禍に慄いていると――


「ぐァああああ――――ッ!」


 目が、皮膚が、背中が、爪先が、痛い。肉がボロボロと、崩れ落ちていくみたいだ……!

 万物を虚無に変える光が視界を奪い、爛れるような苦痛が心身を蝕む。とても耐えられるものではなく、意識を手放すのも時間の問題だった……



「……失敗か。夜が明けるまでに、この出来損ないを街の外に棄てておけ」

「聖騎士、話が違うッ。教団の命令に従って、救われぬ仔羊を弔うんだ」


 集団の一人が激高すると、他の者も口々に異を唱える。ちらつく灯りの下に素顔を晒した聖騎士は、死に損ないから視線を切っていた。


「教団の指示は民草の救済だ。コイツはもう、ヒトではない」

「……絶対に……許さない、ぞ……」

「安心しろ。お前一人消えたところで、世界は滞りなく回る」



 地平線から薄く広がる慈愛を背に、雪積もる雑木林を疾風が駆ける。


「もう朝になるぞッ、早く投げ捨てろ」

「チッ、またこの廃城か。そろそろゾンビになって、復讐してくるかもな」

「お、おい……あの死に損ない、背中の辺りが光ってないか? 髪も、あんなドブネズミみたいな色じゃなかったぞ」

「どうせ死ぬんだ、ほっとけッ」


 無法者アウトロー一行が慌ただしく現場を後にすると、静寂が戻った真白の園には、今際の呻きが這いずり響く。



「ふむ。うぬの灯火、絶やすには惜しいな」


 屠所としょの仔羊に情けを掛けるのは、漆黒を纏う百合の花だった。


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