勇者蘇生

丹波春厦

prologue


 白雪の積もる断崖絶壁を背負い、眼前には醜い犬人間のコボルトや、一つ目のオークの群団が広がる。化け物どもは一点、つまり俺だけを眼中に入れて離さない。

 奴らが何かやり取りをするたび、牙の間から白い息が垂れる。とても聞き苦しい鳴き声で、何の意味があるのか全く分からない。

 一つ言えることは、既に人間様の術中に嵌っている間抜け、ということだ。

 端で雪面が鳴った拍子に、ありったけの空気を吸う。肺に取り込んだ冷気で、全身に駆け巡る血管が引き締まる。

 母なる自然に溺れる寸前で、カッと目を見開いた。


「ゥウォォォォ雄雄雄雄オオオオォォォォーーゥ!」


 お天道様が眩しく輝いている。

 低く漲った魂の雄叫びは、最果てまで届かん勢いで大気を震わせる。意識をも奪いかねない声量に、化け物どもは身を丸めて耳を塞いだ。

 その無防備となったオークの背中に、真赤の薔薇が咲き誇る。遥か彼方から矢の雨が断崖に降り注いだ。

 俺が囮となって害獣を一カ所に集める、一網打尽の駆除作戦は見事に成功したようだ。醜悪な連中は次々と肥やしとなり、華麗な園へと生まれ変わっていく。

 特に皮下を裂き抉る矢尻の怪音は、俺を勃起させる。直ぐさま叫喚地獄に搔き消されるも、この音を聴くと囮を買って出た甲斐もある。


 視界の隅で肉叢ししむらうごめく。

 なんと悪運の強い化け物が居たものか、巨体のオークを肉の盾にして、無傷で凌いだコボルトが居るではないか。

 しかし同志を虐殺されているにもかかわらず、仇討ちの一つもせずに丸腰で逃げ出す始末だ。


「死戦で芋引く奴があるかよ」


 鉄の流星が降り続けているが、背中を見せる獲物へ一駆ける。足腰の立たない負け犬など案山子と同じだ。

 情け無用、力強く踏み込んで一閃を振り抜く。鈍い感触ごと断ち切ると、断末魔の形相でくびが舞い上がったと同時に、本隊による雨あられの餌食となった。

 初陣の手柄馘は台無しになったが、あの猛攻の中で討ち取った証拠にはなるだろう。滅多刺しになった頭を拾い上げると、さっきまで在ったはずの影が覆い隠れていた。

 咄嗟に前転――死に体の悪足掻きをかわすだと?


「勝手におっってんじゃねえよ」


 鉄槌を振り上げたオークの、そのガラ空きとなった単眼が抉れ零れる。

 振り向きざま腰に下げた短剣を抜き放ち、文字通り的を射る。全身に矢を受けて尚、一矢報いる往生際の悪さが仇となったか。

 だが化け物は握り締めた柄を離さず、丸太のような腕が微かに脈打つ。

 死に損ないが張り切りすぎだ。


「どっこい、せッ!」


 両手の荷を捨て電光石火で飛び掛かり、間抜け面を鷲掴みする。

 突き刺さる短剣に膝蹴りしながら押し倒すと、プチプチと矢柄の折れる音が、肉を穿る音と混ざり合う。

 今度こそ、その命の役目を終えた手柄の馘を取る。初めての合戦にしては上々と言えよう。


 その夜は初陣祝いとして、ありったけの美酒に酔いしれた。無礼講の宴は男も女も乱れ狂って、こんな良い思いが出来るなら、幾らでも怪物を討ち取ってやりたい。

 何より家族を……愛する人を護れるのならば、降りかかる火の粉など、俺が薙ぎ払ってみせる。そして、冬を越したら……

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