第3話 「目にはさやかに」お題・さやかな

秋来あききぬと目にはさやかに見えねども 、風の音にぞおどろかれぬる、……か」


 私はいつかの古文で習った、古今和歌集の歌を思い出していた。

 秋が来たということは、目に見える景色からははっきりとわからないが、風の音には、はっとせずにはいられなかった、という意味らしい。


 特に古文が好きいうわけでもなかったけど、この歌は何故なぜだか、よく覚えていた。

 それはいつか、こんな日が来るのを心のどこかで、予感していたのかも知れない。


 私がいるここは、いくつもの滝が流れ込む渓谷けいこく

 仕事を辞めてここに来たのは、私がこの景色と一体になるためだ。

 その心境にいたった理由は色々あるけど、一番は失恋だった。


 そんなことで、と思われるかも知れないけど、そんなことのために死んだ人は有史以来ゆうしいらい、たくさんいるはずだ。

 だったら私がそのひとりになったって、別にいいだろう。

 ここの滝から身を投げれば、あちこちの岩場で体がかくれ、すぐには発見されないだろうし。


 ──目にはさやかに、見えねども。


 死体になった、私の姿は見えなくても……いつか、そんなニュースが流れ、あなたの耳に届いたのなら。


 ねえ。そのときにあなたは、おどろいてくれるのかな?

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