第45話 『忠義の近衛中隊』




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と或る62歳の男性の独白




 忌々いまいましい。

 やはり砦の堀は完全に計算し尽くされたものじゃった。


 外側の堀は、7ヤド(約5㍍弱)の深さが有り、第1陣は飛び降りるしかなかった。

 飛び降りた先の堀の底には、1ヤド(約70㌢)ほどの尖った石が待ち構えておった。


 本当に忌々いまいましい事に、計算し尽くされた配列のそれによって、かなりのゴムルが足首に損傷を受けてしまった。

 時間と資材さえ有れば、攻城用の梯子を急造して回避出来るのじゃが、それも叶わん。

 仕方が無いので、数少ない盾と手持ちの丸太を組み合わせて3本の間に合わせの通路を作ったが、それまでにかなりの被害が出てしまった。


 しかも、想定以上の矢が飛んで来よる。

 中には異常な程の威力を持つ矢が混じっておる。

 何といっても速い。普通の矢ならばゴムルの目で捉える事が出来るが、その矢は当たった衝撃で初めて射られた事に気付くくらいじゃ。


 くそ、こんな有様では一番槍どころではないぞ。

 

 ここまで苦戦する理由の1つには、砦攻めは我らだけで行っておる事も挙げられる。

 一緒に包囲しておった、旧サカイリョウ国のゴムル遣いを全て引き抜かれたからじゃ。

 やはり我らは捨て駒の様じゃのう。


 それでも、我らはなんとしてでもこの砦を落とすしかないのじゃ。

 例え、100脈魂クラル(約1時間40分)も掛かって、やっと外側の堀を抜けた様な情けないていたらくでもな…



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 トイ砦への道中の半ばには、あちらこちらに潜ませていた偵察部隊からの無線連絡で、ナニワントの狙いはほぼ特定出来た。無線機モドキはやはりオーバーテクノロジーだよな。よくぞ、神々が許してくれたものだ。



 偵察部隊の情報から判断する限り、敵は救援に現れた俺たちを包囲殲滅する気だ。

 俺たち後詰めの総数が1530騎弱に対して、敵側は旧サカイリョウ国のゴムル遣いだけで2100騎前後、ナニワントのゴムル遣いは更に多い3000騎前後だ。

 それを3つに分けて陣形を作っている。


 前衛という事なのだろう。旧サカイリョウ国の部隊2100騎とナニワントの部隊2000騎が大きな横隊を形作って、横に並んだ形に布陣している。

 その2つの横隊に隠れる様にナニワントの部隊1000騎が後方に陣取っている。

 大きな括りで見れば鶴翼の陣と言えなくもない。


 数に劣る俺たちが勝機を見出すなら、本陣に突撃して来ると云う想定なのだろう。

 もし、俺たちが前衛の片方に向かったとしても、もう一方の部隊が横もしくは後方から攻める意図が透けて見える。

 その場合は鉄床かなとこ戦術と言って良いだろう。

 なんにしろ、明確に包囲殲滅を狙っている事だけは確かだ。


 


 ナニワントの陣形が見える前にこちらも最終的な陣形を決めて伝達した。

 選択した陣形は偃月えんげつだ。

 選択肢としては鋒矢ほうしも有ったが、敢えて偃月えんげつを選んだ。


 理由は簡単だ。

 最も強兵で、先頭に立てば味方の士気が最も上がるゴムル遣いが存在しているからだ。


 恥ずかしながら俺の事だ。

 本来ならば、この規模の戦で総大将が先頭を張るなんて有り得ないだろう。


 だが、公平に見て、俺を止められるゴムル遣いは居ない。

 これはみんなが一致した見解だ。

 総大将が俺と云う時点で、有り得ない状況になってしまうのだ。

 ならば、それを存分に使うまでだ。

 それに、小細工を弄するにも、俺が先頭に居た方が良い。




「本当によろしいのですか?」


 いよいよ敵陣が視界に入って来た時に、心配そうな声色で問い掛けられた。


 俺に並んで来て、言葉を掛けて来た40歳代のゴムル遣いが身に着けている装備は、カシワール連合国の装備品ではなかった。

 旧サカイリョウ国の極々能が高い次元で融合している、俗ぽく言えば金が掛かった装備だ。

 地球で言えば、複雑に波打つ美しい装飾溝で有名なマクシミリアン式プレートアーマーが1番近い。


 そのちをしているゴムル遣いは10人だ。

 声を掛けて来たのはその隊長のアーデルヘルム・ダン・ロッゴ中隊長だった。今は兜の前面を跳ね上げているので顔が見えた。渋い中年の美丈夫と云うべき人物だ。

 

 彼ら10人は、本来はカシワール連合国の員数外の存在で、今回の参戦は彼ら自身が志願している。

 更に言えば、彼らが召喚するゴムルもわざわざオリジナルの装備を外して、彼らが装備している鎧兜に準じる特注の装備に換装している。

 まあ、ハネローレ王女かおりちゃんの逃亡に付き従った近衛中隊の精鋭たちなので、当然と言えば当然の装備なんだが。



「最も合理的で、最も適材適所な配置ですよ。もっとも、3倍以上の敵に野戦で挑もうとする時点で合理的ではないですがね」

 

 そう言って、苦笑を浮かべた俺を見る目に驚きの感情が浮かんだ。



「やはり、英雄になる人物は違いますね。その余裕を分けて欲しいくらいです」

「ロッゴ隊長も落ち着いている様に見えますよ」

「経験で誤魔化しているだけですよ」

「ならば、自分はその経験を積む為にも、このいくさに勝つ必要が有りますね」

「違いないですね」


 俺は自分の表情を苦笑から、いたずら好きな子供の様な笑顔に変えて、彼らを見回した。


「ロッゴ隊長たちも、この戦が終われば、御伽噺に謳われるようになりますよ。亡国の悲劇の王女に付き従う忠義の近衛中隊、と」



 その場に笑いが起こった。





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