第44話 『一番槍』




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と或る62歳の男性の独白



 目標の砦を包囲する陣形を整えた頃に夜が明けた。 

 

 儂の記憶と一致しないくらいに変貌を遂げた丘の全容を見て、思わず息を呑んだのは仕方が無い事じゃろう。 


 朝日に照らされた砦で1番目立つのは物見櫓の役目を果たす石造りの塔じゃ。

 盛り土の上に建つ塔は、直径が10ヤド(約7㍍)で、高さは15ヤド(約10㍍強)といったところか?

 盛り土された分も含めると、天辺の高さは40ヤド(30㍍弱)に達するかもしれんの。

 その天辺には監視の為に5,6人の人間が詰めているのが分かる。

 矢を射られた時の為に、胸の辺りまで板張りされている。贅沢にも銅版を貼り付けておる。あれでは長距離から矢を射ても抜けんじゃろう。


 兵舎が何棟か建っているのは屋根が見えるから分かるが、砦の中を走る塀に邪魔されて総数は分らんのう。


 気になるのは、兵舎もそうだが塀も木の板のままではなく、白い何かを塗っている様に見える事じゃ。

 もしかすれば、火矢対策の為かもしれん。推測が正しければ火攻めは困難か…


 嵩上げされた元々の丘の麓にも高さ5ヤド(約3.5㍍)の塀が巡らされておるが、こちらは何も塗られておらん。

 ただ、上部の切り欠きと穴が規則的に在るので、割と安全に弓を射る事が可能じゃろう。


 その塀の外側には、幅7ヤド(約5㍍弱)の堀が掘られておる。深さは分らんが、普通に考えて5ヤド(約3.5㍍)以上は掘っておるはずじゃ。


 堀は更に外側にも掘られておる。

 幅20ヤド(約14㍍)もの立派な堀じゃ。出た土は丘全体の嵩上げに使われたのじゃろう。

 おかげで丘の全容が変わっておる。



「僕の目には立派な砦に見えるのですが、お爺様の目から見て如何いかがですか?」


 孫が小さな声で訊ねて来た。

 驚きの響きはあるが、怯えの響きは含まれていない。


「儂の目にも手強い砦に見えるのう。力押しで落とせん事は無いじゃろうが、相応の被害は覚悟する必要はあるじゃろう」


 そう、落とせん事は無い。ひたすら数で押せばな。砦としては強固とは言え、城で言えば小規模でしかないし、侵入防止網で埋め尽くされた水堀を備えた本格的な城では無いからの。


 だが、成果と引き換えに、消失するゴムルが続出するだろうな。

 1番外側の堀を進む間に、麓の塀を防壁にしたゴムルから雨霰あめあられの様に矢を射られるのは確実じゃ。射易い様に堀の深さや斜面の角度が考えられておるじゃろう。 


 1本や2本の矢を受けてもゴムルは消失しないが、当たり所が悪ければ操る事に支障が出る。

 当然の事ながら、ゴムルの素体に何か所も存在している、矢で狙うべき場所は知られておるからのう。

 堀を超える時にモタモタしていると、その急所を近距離で狙われる。

 外側の堀を超えても更に内側の堀で足止めを喰らうだろうて。


 下手すればヤオル郡のゴムル全てを失う覚悟が必要じゃ。

 まあ、正直なところ我らだけでは無理じゃがな。

 我らと共同で包囲をしているゴムルも砦攻めに加わる事が最低条件じゃ。


 目の前の砦を包囲するのは、我がヤオル郡と旧サカイリョウ国の各地から集められたゴムル遣いたちじゃ。

 旧サカイリョウ国からは総勢で2000騎を超えるゴムル遣いが動員されておる。

 よほど旧サカイリョウ国内に残しておきたくないのだろう。生き残ったゴムル遣いの7割くらいが動員されておる。



 ナニワントの軍監殿とその取り巻きがララ竜に乗ってやって来るのが見えた。

 1部を除き、さほど乗り慣れていないのか、上体が前傾姿勢になっている。

 部下なら叱り飛ばすところじゃ。

 


「ヤオル殿、それでは手筈通り、1番槍を頼みますぞ! このいく)で、汚名をそそぐ事、期待しておりますぞ!」



 サカイリョウ国を裏切ってお前達に与した事が汚名の筆頭だろうて。

 先の侵攻の失敗の責任をこちらに擦り付ける様な事を言われても、言い返せない立場が口惜しいのう。

  


「1番槍を任せて頂いた御恩に必ずや報いて見せましょう! 者ども、召喚!」



 

 ああ、どうでも良い事に今気付いた。

 孫の名前は今までに1度も呼ばれておらん。

 いつも家名のみじゃ。


 

 この遣る瀬無さを砦の連中にぶつけるのは、八つ当たり以外の何物でもないな。



 老骨に鞭打って、1番槍を頂くとしよう。




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 トイ砦は、マツバル郡の本拠地のマツバフォン町から見ると、西北西に当たる。

 時計で言うと10時の方角だ。

 マツバフォン町に至る街道沿いに在り、その街道は先の侵攻時にも使われた。

 今はその街道を進んでいる。



 今回の紛争の最優先事項は、ずばりナニワントのゴムルの殲滅だ。

 旧サカイリョウ国のゴムルは叩く必要は無いし、むしろ温存させた方が良い。

 こちらの思惑の裏返しは、ナニワントの思惑だ。

 ナニワントとすれば、旧サカイリョウ国のゴムルがこの紛争で可能な限り消失した方が良い。

 理由は簡単だ。

 消失している間に、各地の反乱を鎮圧出来るからだ。

 その目的で『治安を維持するゴムル遣いが不足するから』という名目で、鎮圧に長けたゴムル遣いが1000人も旧サカイリョウ国に本国から派遣されている。

 

 小説や映画なら、こういう場合に何か切り札なり凄い戦術なり、新兵器なりが登場するのだろうが、残念ながら、現実にはそういうものは無い。

 俺の手に有るのは、縦1㍍横2㍍の1枚の布だけだ。


 戦術も何も、収穫が終わった見通しの良い穀物ムギル畑を突っ切るので、戦術機動で何とか出来る訳でもない。

 第一、寄せ集めの軍隊で複雑な戦術や陣形は首を絞めるだけだ。


 16式機動戦闘車キドセンを召喚して活用しようにも、俺の立場上本陣を離れられないので隠蔽不可能になってしまう。



 最終的に決まった戦術は、実に脳筋としか言えないものだった。

 今の俺は、物事は単純な方が上手く行くと割り切ってしまっているんだが…






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