第43話 『睨み合い』





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と或る62歳の男性の独白



 行軍もあと少しで終わりじゃ。


 事前に知らされた手筈では、100ヤド(約70㍍)前方に薄っすらと黒く見える丘の手前でゴムルを召喚して、マツバル郡が造った関所を一気に突破する予定じゃ。

 まあ、関所と言っても、あくまでも人間用の木造でしかないので、労せず突破出来るじゃろう。


 問題はその先に在る砦じゃ。

 直径200ヤド(約140㍍)の丘を丸ごと砦にしたらしい。

 しかも、最初は簡易な砦だったのを、資金と資材をふんだんに投下して、短期間で濠や防壁などを備えた本格的な砦にまで改築したそうじゃ。

 詳細な情報はナニワントの連中も掴んでおらん様じゃがな。


 そして、我らヤオル郡は栄えある攻略の先鋒を任されておる。

 

 思わず溜息を洩らしたくなるのぉ…


 だが、孫の初陣なのに溜息など吐ける訳も無い。 

 今夜何回目か、もはや分からなくなったが、溜息を噛み殺す。

 孫の様子を見る為に振り返るが、星明りに照らされた顔は意外と平静じゃ。たかぶりも緊張もその表情に浮かんでおらん。

 目が合うと頷いて来た。

 父親をいくさで失ってから、急激に成長していたが、戦を前にこれだけ落ち着いているのなら、将来は戦上手いくさじょうずの立派な領主になるじゃろう。

 

 だが、我らヤオル郡は栄えある先鋒を単独で任されておる。

 ナニワントの目論見は、ヤオル郡のゴムル遣い全てを使い潰してでも、砦までの道中に潜んでいるかもしれない伏兵の有無や、砦にどれだけの戦力が籠っていて、どれほどの防備かを測る事じゃ。

 それと、口にはしなかったが、囮じゃろう。

 敵の砦を攻める事で、カシワール郡の主力を誘引する気じゃろう。

 要するに我らは使い捨てじゃ。


 まあ、使い捨てにされても仕方が無いかもしれんな。

 搔き集めたゴムル遣いは200騎を割り込んでおる。

 アサカノのいくさまで現役のゴムル遣いだけで220騎を誇っていたが、今では半数近くが成人前の子供たちと儂の様な退役していた老人どもじゃ。


 第一、いざとなればゴムル遣いを離脱させる為のララ竜さえも全然足りない有様じゃ。

 かなりのゴムル遣いが徒歩かちで行軍しておる。


 もし砦に着くまでに待ち伏せを受ければ、その時点で潰走になりかねん。



 溜息を吐けない事がこれほど精神的に堪えるとは、この年になるまで知らなんだわ…




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と或る16歳の男性の独白


 来た…

 

 遂に来た…


 夜明けまであと少しという、周辺が寝静まった時刻に金属を擦り合わせる様な音がたくさん、西に在る丘の向こうから聞こえて来た。


 あらかじめ決めてある手順に従い、後方の砦に向けて固定しておいた発光魔道具を使って、決められた符丁を3回繰り返す。

 次は、砦から確認した、という意味の発光を見たら、後は一目散に後方に逃げる。

 その為にゴムルに追い付かれない様に足の速い奴3人だけが選ばれている。

 その中でも、俺が1番速い。俺より脚の速い奴に会ったことは無い。


 なーに、何回も訓練したから簡単な仕事だ。しかも特別手当が出るんだから、おいしい任務だ。

 逃げ出すまで20トク(約20秒)も掛からない様な、簡単な任務だ。手が震えてなければ…

 やっと符丁を送り終えた時には、120トク(約2分)が過ぎた気がした。

 

 砦の方を見たが、未だ確認の光が見えない。

 見えた!

 先輩の2人と頷きあって、後方に走り出したが、いつもと違ってすぐに息が切れて来た。

 空気が薄い気がして焦る。


 

 くそ、何が簡単な仕事だ?


 こんな任務は2度とご免だ!

 


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『zaaaaa…こちらジグラ草、相変わらず敵は包囲したまま、動きを止めています、okure ziizaa…』

「こちらゾロ草、了解」



 トイ砦から、侵攻して来るナニワント勢の報告が齎されたのは夜明け前だった。

 

 平穏だった時期に拡張しまくった3つの砦にはそれぞれ簡単な符号を割り振っている。

 北からトイ、トロ、トハだ。

 砦のトに、イロハをくっつけただけの符号だが、元の地名を使うよりも防諜上は多少ましだろう。


 しかし、一番北の街道沿いに築造したトイ砦が主攻目標かどうかは未だ判断出来ない。

 時間差でトロ、トハのどちらかに攻め込んで来る可能性は残されている。


 更に言うなら、マツバル郡への侵攻は囮で、意表を突いてタイシール郡と云う可能性も否定出来ない。

 まあ、タイシール郡に関しては、豊富な金属資源に裏打ちされた優秀な装備品と強固な砦群が有るので心配はしていないが…



 しかし、侵略で急成長したナニワントも、ここに来て悪手を続けている、と云うのが俺の率直な感想だ。

 少し前のナニワントなら考えられなかった。


 行商人を使った情報収集では不明だったその理由だが、最近になって新たに構築出来た情報提供先から教えて貰った極秘情報で納得した。

 ナニワントの現王が病に伏せているらしい。症状からすれば、心臓関係の疾患に思える。

 もしかすれば、死期を悟って、後継者への権力の移行を焦ったのだろう。

 だが、1代でのし上がった稀代の王も、後継者には恵まれなかった様だ。

 後を継ぐべき長男が偉大な父を超える為に無理をした結果が、あの異常なゴムル遣いの戦死者数に繋がっていた。

 

 

『zizaaa…こちらザラ草、現在も敵影見えず、オクレzaziizzaa…』 

「こちらゾロ草、ザラ草、了解した。ズール草はどうか?、送れ」

『za zaaaa…こちらズール草、現在も敵影見えず、オクレza zaaa zaa…』

「こちらゾロ草、ズール草、了解した」


 

 後詰め部隊の出陣準備はあと少しで終了する予定だ。

 3つの砦には、フジイデル郡の現役ゴムル遣い9個中隊90人とマツバル郡の現役ゴムル遣い21個中隊210人が詰めている。

 そこに俺の中隊が分割して派遣されている。 


 本来であれば、現状の2倍のゴムル遣いを詰めさせる事も可能だが、敢えて俺は後詰めとして使う戦略予備を厚めにする戦術に出た。

 第一の理由は、砦の防備がかなりのレベルになっている事。

 第二の理由は、ナニワントの主攻目標が絞れなかった事。

 第三の理由が、この1戦でナニワントの戦力を出来るだけ叩きたかったからだ。


 まあ、その他にも寄せ集めのカシワール連合国軍の指揮系統の混乱を避ける為に、郡ごとの部隊運用を考慮に入れた事も有るが。

 

 実は第三の理由は、最近になって重要度が増していた。


 何故、重要度が増したのか?

 それは、ナニワント国の東に存在するイストオーサ国が鍵を握る。

 領民8万人で11万大樽コクと云う小規模ながらも、ナニワントの侵攻を食い止め続けて来た国だ。

 ゴムル遣いは全2500騎で、その内現役は1900騎だ。その軍備の特徴は傭兵を大々的に雇っているという点だ。傭兵が400騎くらいを占める。


 カシワール連合国建国前に旧東カシワール軍事同盟経由で接触が有り、かなりの情報を教えてくれた。

 まあ、敵の敵は味方という事だ。

 俺たちが粘れば粘る程、彼らの負担が減る訳だから、敢えて大盤振る舞いをした訳だ。

 その情報の中に、ナニワントのゴムル遣いの編成の特徴が混じっていた。

 現在、俺たちが対峙している部隊は、外征軍とでも云うべき存在だ。

 ナニワント本国内に残されている部隊は、どちらかというと治安任務寄りらしい。

 


 そう、ここで叩ければ、ナニワントの外征能力は大きく落ちる。

 彼我の戦力差を考えれば、無理な作戦は禁物だが、今回の侵攻は危機であると同時に、奴らの外征能力を叩くチャンスでも有る訳だ。



 もっとも、トイ砦の状況を考えると、奴らも一気に片を付けたいのかもしれんな。

 砦1つを落とすだけでは足りない。旧サカイリョウ国内の動乱を鎮め、深刻に不足する食料を奪取するには、この戦いで勝利するしかない、と考えても不思議は無いな。



 クロデン室の扉がノックされた後、伝令が報告する声が小さく聞こえた。

 多少は防音用に手を加えたが、元々が普通の部屋だったので完全な防音に出来なかったのは仕方が無い。

 

「総司令、出陣の用意が終わりました!」



 さあて、出来たばかりのカシワール連合国の運命を決める戦いがあと少しの時間で始まる。

 それなのに、思ったよりも冷静な自分に驚きながら、クロデン室を後にした。






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