第46話 『黄金の地に実りあれ』




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と或る37歳の男性の独白




 くそ、遂にいくさが始まってしまう。


 よりによって、愛すべき王家の王女を迎え入れてくれたカシワールの連中とだ。


 誓約によって縛られている俺たちは侵略者の命令に従わざるを得ん。

 逆らえん事は無いが、それには余程の理由が必要だ。

 例えば、長年に亘って忠義を尽くした君主を討て、とか、守るべき領民を虐殺しろなどといった命令には逆らえるだろう。


 だが、カシワールと戦うのであれば、何の制約も無くなる。

 せめて、後ろ指を指されない様に正々堂々と戦うくらいしか出来ん。

 


 朝日のせいで逆光で見難いながらも、個々のゴムルのシルエットが判別出来る距離に近付いて来たカシワール軍だが、何かが変だ…

 大隊か連隊ごとに纏まって縦に並ぶ陣形の様に見えるが、先陣の最先頭のゴムルがおかしくないか?



「大隊長、自分の目の錯覚でしょうか? 先頭のゴムルがやけに大きく無いですか?」



 部下の1人が思わずという感じで訊ねて来た。

 コイツとは俺が中隊長になる前からの付き合いだから、かれこれ10年以上の腐れ縁だ。

 ゴムル間でなく、直接訊いて来たのは、待機状態でゴムルの操作に気を使わない状況だからだろう。


「ああ、お前の言う通りだ。やけに大きいな」


 一瞬の間を開けて、部下が驚いた様に声を上げた。


「まさか? カシワールの金銀4騎が先頭を務めている?」

「有り得んだろ? 奴らはカシワールの旗頭はたがしらだ。集中的に攻撃される位置に居る筈が無い」

「ですが、なんだか金色のシルエットに見える気がしてきましたよ」


 その言葉に、もう一度先頭の巨大なゴムルに目を凝らす。

 確かに、シルエットが金色に彩られている気がしてきた。


「マジか? 何を考えている? これではまるで、討って下さい、と言っている様なもんだぞ?」

「ひょっとして、カシワールの金銀4騎って自意識過剰なのでしょうか? あっという間に大軍を率いる様になったので舞い上がっているのかもしれませんが…」

「もし、そうなら、カシワールの快進撃も今日までだな。こう言っては何だが、少しは期待していたんだがな」


 口が滑った。

 いくら相手が長年の付き合いで気心が知れた部下とはいえ、どこに侵略者の『耳』が有るか分からない。

 そっと、俺たちの会話に注意を払っている奴が居ないか確認しようとした時だった。

 この様な状況で聴くとは思ってもいなかった音が耳に飛び込んで来た。


 唄だ…


 豊かなる大地に、収穫前のムギルの穂が風に吹かれて揺れるさまを、感謝の気持ちを抱いて見ている農夫の想いを歌った唄だ…


 サカイリョウ国民のみならず、サカイリョウ平野に存在する小さな郡や地域の人間なら、誰でも歌える程に親しまれて来た唄だ。

 拡声の魔道具でも使っているのだろうが、やけに綺麗に聞こえた。

 誰が歌っているのか知らんが、かなりの歌い手だ。


 周りの連中の姿勢が心なしか下向いた気がした。

 かく言う俺も、俯きそうになる。

 だから、敢えて声を出した。


「下向くな! 背を伸ばせ!」


 そうだ。侵略者に負けて、良い様に使われても、下向くことは許されん。

 俯くという事は、心まで負けてしまう事と同義だ。

 まっすぐに『敵』の先頭を睨みつけた時だった。

 先頭の巨大なゴムルの後ろに1りゅうの旗が掲げられた。



「あああ…」


 自分の口から出たのか、それとも他人の口からだっただろうか?

 確かなことは、もう見る事が無いと思っていた旗を見た事で思わず出た声だった。 


 だから、旧サカイリョウ国のゴムル遣いの陣のあちらこちらから命令が発せられたとしても、不思議は無かった。


「大隊! 国旗に敬礼!」

「中隊! 国旗に敬礼!」

 

 ほぼ同時に、聞こえていた唄が終わり、国歌に切り替わった。




 すすり泣く声が聞こえる…

 くそ、すぐそこでも聞こえやがる。

 一番近い声は俺の喉から出ていた…



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 オーディオマニアだった大橋義也三曹アダルフォが技術指導したおかげで、旧カシワール郡の拡声魔道具は他の地域で作られた同様の魔道具とは音質が別次元だった。

 サイズも小型化が進み、手持ちサイズでも他の産地のタワースピーカータイプを超える性能を誇る。


 その拡声魔道具を使って、アカペラで国歌を熱唱しているのは、サカイリョウ国近衛中隊のアーデルヘルム・ダン・ロッゴ中隊長だ。

 うん、素直に上手いと思う。馴染みが無いにも関わらず、思わず敬礼しそうになるくらいだからな。


 陸上自衛隊の駐屯地では毎朝8時15分に国旗掲揚を行う。その際には必ず敬礼をするのだが、彼ら近衛中隊のゴムル遣いも国旗に敬礼をしながら行進をしている。

 それをゴムルの真後ろの視界で見ているのだが、動作が揃っていて見応えが有った。

  

 国歌も歌い終わって、俺のゴムルの後ろをララ竜に乗って行進していたサカイリョウ国近衛中隊9名が、ゴムルを召喚した後に隊列から離脱して、本陣までの帰還の途に就いた。

 

 ハネローレ王女かおりちゃんの逃亡に付き従う時に、彼らは念の為に1りゅうだけ国旗を持ち出していた。

 持ち出せる荷物の量から考えて、縦1㍍横2㍍と云うかなり小振りの国旗を選んだが、グッドジョブと言わざるを得ない。


 こちらではその様な言葉は無い様だが、日本で言う『錦の御旗』だ。

 これを利用しない手は無い、と云う事で行った小細工だが、思ったよりも効果を得られたと思う。


 現に、旧サカイリョウ国のゴムル群は、片膝を突いた姿勢で微動だにしなくなった。

 実質的に2100騎のゴムルを無力化した訳だ。

 これで、1538騎対3000騎に持ち込めた。

 鶴翼の陣も鉄床かなとこ戦術も、ほぼ意味を失った。


 

 後は、純粋な殴り合いだ。




 嗚呼・・・


 俺も脳筋で戦闘民族な一族に仲間入りだな。

 

 

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