第41話 『前日』





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と或る62歳の男性の独白



 どこで間違えてしまったんじゃろう…

 家の存続の為に汚名を着てまで裏切ったというのに…



「良いですか? 次の合戦で成果を見せて貰わなければ、どうなるかはお分かりでしょう?」


 指揮を摂っていたせがれは討死し、成人前の孫が代わりに前線に出る羽目になった。


 りにって『カシワールの金銀4騎』に憧れていた孫がじゃ…


 

『凄いんだって! 僕も見てみたいなあ。お願いしたら見せてくれないかな? 同い年なんでしょ? どんな子たちかなぁ?』


 目を輝させて、隣領の跡取りたちの事を話していた顔が頭から離れん。



「分かっております。ヤオルの名に誓って、貴国の期待に応えて見せます」


 もう、孫が目を輝かせて話す事は無くなった。

 今も、ナニワントからの使者が齎す要請という名の命令に感情を込めずに答えている。


 次の出陣は、恩恵の儀から1年以上経った子供と退役して5年以内のゴムル遣いまでも動員したものになる。

 かくいう儂も孫の後見役の意味も含めて10年振りに合戦場に出る。

 根こそぎと言って良い。


 それで、得られるものは最良でヤオル家の存続だ。

 失うものは? それ以外の全てかもしれん… いや、ヤオル家も消えるかもしれんな…



 倅が主導した裏切りの計画を知った時に止めておれば、全く違った結果になっておったじゃろう。

 肩を並べて、金銀4騎と一緒にナニワントと戦う孫の顔は、きっと輝いていた筈だ。


 倅が死んでから、何が倅を追い詰めたのか?が、やっと分かった。


 怯えだ。


 それこそ、選りに選って、ヤオルを恨んでいる筈のカシワールに、どうあがいても勝てそうにない英雄が育っているという怯えじゃ。

 探れば探るほど、危険な存在としか思えんかったのじゃろう。

 倅が残した日記の最後の数年間は、常に怯えが垣間見えた。


 そして、その怯えは現実のものになった。

 誰が、カシワールという小さな郡が20万を超す領民を抱える国を興すなどと考える?

 もし、そんな事を言う者が居ったとしたら、間違いなく笑い者にされたじゃろう。


 そういう意味では、現在の状況を見通していた倅の目は奇跡の様に正しかった。

 


「お亡くなりになった父上の代わりに、今度こそ成果を期待しますぞ」

「はっ! 必ずや」


 ナニワントの使者は言いたい事を言って、帰って行った。

 ヤツも追い詰められているのは知っておる。

 フジイドルも裏切らせようとして失敗したからの。

 ほとんど寝返らせていたにも拘らず、土壇場でしくじってフジイドルの愚か者と一緒に逃げ帰ったからの。

  



 どこで間違えてしまったんじゃろうなぁ………




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「おお、これがそうですか?」

「ええ。間に合って良かったですよ」


 イーゴン・ダン・マツバル氏が思わず訊いて来たが、俺も食い気味に答えていた。

 ここはマツバル郡の領主館の1部屋を潰して作った『クロデン室』だ。

 クロデンと云うのは、黒電話をもじった秘匿名称だ。


 そして、俺とイーゴン氏の目の前に置かれているのは、厳重に梱包された木箱から出されたばかりの魔道具だ。

 具体的に言うと、見慣れた無線機の一部分が異常に出っ張ったタイプだ。


 正直なところ、間に合うとは思ってもみなかった。

 無線機の製造を委託している工房が、俺の無茶振りを不眠不休で叶えてくれた。

 そう、5基1セットの無線機の完成を間に合わせてくれたのだ。


 このセットは、ゴムル遣い部隊用の無線機セットをそのまま流用し、かなり大きめに製錬した黒の神恵鉱石を、部隊用よりも大きく切断してくっつけただけのものだが、予測値では10㌔くらい離れても繋がる筈だ。

 5基の無線機を前線の3つの砦と中継基地、そしてマツバルの領主館に置く事で、最も遠い砦とは30㌔、最も近い砦との20㌔を瞬時に繋ぐ狙いだ。


 この無線機網が稼働した場合のメリットは計り知れない。


 例えば、最も遠い砦からララ竜で走り抜けた場合、道なりの距離では35キロになる。どんなに速く駆け抜けても1時間以上は余裕で掛かるし、途中で休憩を入れなければ最悪の場合は最後の方で潰れてしまって動いてくれなくなってしまうかもしれない。

 まあ、中継地点を設けて、乗り継ぐのでもう少しましだが、それでも1時間は掛かるだろう。


 あらかじめ作戦行動は細かく決まっているが、状況によっては、修正した命令を返さなければならない。

 当然だが同じ時間が掛かる。


 それ以前に、ララ竜による急報を阻止される可能性も考える必要が有る。俺ならそこから手を付ける。

 気が付けば、砦を落とされていた… と云う事態もこの世界では多い。当然だな。


 更に言えば、急使を送った後の状況の変化をどうやって伝えるかだ。

 変化をする度に急使を送るのも想定して、多めにララ竜は配備しているが、限りは有るし妨害も当然ある。


 勿論、2重3重に伝達手段は用意している。

 発光魔道具を使ったモールス信号モドキによる伝達手段と原始的な狼煙のろしだ。

 発光魔道具による昼間の光の到達距離は5㌔だ。これを使って中継地点経由で隣の砦に伝達するのだが、俺なら中継地点を真っ先に潰す。

 狼煙も天候の影響も有って不確実だ。


 そう云う事情も有って、無茶振りをしたんだが、間に合わせてくれた工房には感謝しかない。

 家族で経営している小さな工房なんだが、今度、時間を見つけて労いに行こう。

 以前から防諜絡みの関係で迷惑を掛けているからな。 

 


 接続に問題が無い事を確認して、予定時間になるまで待ってから宣言をした。



「それでは、さっそく試験をします」

 

 プレスボタンを押しながらマイクに向かって第一声を発した。


「こちらゾロ草、ジグラ草、聞こえるか、送れ」

『zaaaaa…こちらジグラ草、聞こえます、okure ziizaa…』

「ザラ草、聞こえるか、送れ」

『zizaaa…こちらザラ草、聞こえます、オクレzaziizzaa…』

「ズール草、聞こえるか、送れ」

『za zaaaa…こちらズール草、聞こえます、オクレza zaaa zaa…』

「よし、試験は終了だ。みんな、御苦労だった。以上」



 3つの砦から試験終了の応答を聞いてから、イーゴン氏の方を見ると、呆然としていた。

 

「これで、少しは安心材料が増えましたね」


 俺が声を掛けるとイーゴン氏が我に返って小さな声で呟いた。


「神々の笑い声を初めて聞きましたぞ…」

 

 俺は思わず笑顔になりながら、返した。


「自分はゴムルを初めて召喚した時が最初でしたね」


 イーゴン氏が驚いた顔で言った。


「『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』にそんな隠れた話が有ったとは…」  


 


 さて、ナニワントとの戦争はいつ始まってもおかしくないが、これでまた1つ、懸案事項が片付いた。

 



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