第36話 『亡国の姫』




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と或る49歳の男性の独白



 まさか本当にサカイリョウ国が倒れるとはな…

 

 ワシが生まれた時から冬の風を遮ってくれる様に聳え立っていた大木が、あっという間に切り倒された気分だ。

 見晴らしが良くなったと云うよりも、冬の風から無防備になった気分だ。

 

 いや、正確に言うと少し違うな。

 無防備では無い。

 冬の風が吹き荒れるのは確実だが、冬を越す準備は終わっている、と云うのが正解に近い。

 


 ディアーク殿から初めて『浅緋あさあけ計画』を聞かされた時の事を思い出すと、今でもゾッとする。

 いくら長い年月を重ねて来た大木でも、幹が害虫に喰われまくってしまえば、倒れても仕方が無い事、とあっさりと言われた。 


 続けて、意外とナニワントに統治して貰った方が、害虫どもが課している重税に喘いでいる大多数の国民にとっては有り難いかも知れない、などと言われた時には開いた口が塞がらなかった。


 とどめに、だから国民の事も考えてサカイリョウ国と云う大木が倒れる事を防ぐ事はしない、と言い切った。


 いや、その気になれば、サカイリョウ国の滅亡を阻止出来ると云う自信の裏返しだと、その夜に床に就いてから気付いた時が一番驚いた。



 本当に13歳になったばかりなのだろうか?

 ワシも情勢を見る目には自信が有ったが、見ている風景がまるで違う事を思い知らされた。


 ナニワントが、占領した旧サカイリョウ国領の統治に専念しているせいで意外と平穏な日が続いている。


 だからという訳でも無いが、領主館の執務室で柄にもなく感慨に耽っていると、マツバル郡の神官領主ことイーゴン殿の下から顔見知りの急使がやって来た。

 マツバル郡で1番ララ竜を速く走らせる事が出来て、しかも信頼の出来る武人だ。

 


「それはまことか? 間違い無いのだな?」

「はッ! 我があるじも確認致しました。ご本人に間違いが無いとの事です」

「分かった。至急、総司令殿に伝えよう。足労であった。しばし休め」

「ご配慮、かたじけなく。されど、このままカズン・ダン・カシワール様の所まで向かう様に命令されております」

「そうか、分かった。それでは替えの騎竜はこちらで用意する」

「助かりまする」

「それと、言伝こてづてを頼む。ワシの意見は保護すべき、だと」

「はッ! その様にお伝え致します。では、御前をご免」


 

 まさかの事態だ。確かに可能性は有った。現にあの莫迦が2日前に保護を求めてやって来たくらいだ。

 けんもほろろに追い返したが…

 いや、こうしている場合では無い。誰かをディアーク殿を遣わさねば…

 ああ、自分で伺った方が早いな。


「誰か、ララ竜の用意を! 大至急だ!」



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 俺は愛竜のララ竜を走らせながら、今後の事を考えていた。


 まさか、ナニワントがサカイリョウ国の王族を根こそぎ捕える事に失敗するとは思っていなかった。


 1人でも逃せば旗印になりうる存在だ。

 今後の統治の為に王族を全員殺すにしても飼い殺すにしても、1人でも捉え損ねれば効果が薄い。


 ある意味、俺はナニワントの能力を買いかぶり過ぎていたのかも知れないな。

 さて、保護して箝口令を敷いたとしても、いつまでも隠しきれるものでは無い。

 いつかはばれる。

 いつかはナニワントとぶつかるだろうが、こちらの準備が整う前にぶつかるのは得策ではない。

 命の保証をしっかりと確約した上で引き渡すのが最良の策なんだが、同盟内の反応と世間の目が問題だ。


 弱腰とそしられるくらいなら良いのだが、西軍事同盟の領主たちがどうも同情的なんだよな。

 一緒に急行しているウィリフリード・ダン・ハビキドル氏なんか、開口一番に保護すべきです、と言ったくらいだ。

 リスクを考えられない人物では無いだけに、それを上回るくらいに王族に対する忠誠心が篤いのだろう。



∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



 ハネローレ・ヌ・ミクニオ。サカイリョウ国第3王女で今年恩恵の儀を済ませたばかりの10歳の少女だ。

 マツバル郡の領主館の応接間でテーブル越しに向かい合わせで座っているが、第一印象としてはチンマイな、というものだった。

 異母妹のミーシャと同い年の筈だが、1歳か2歳は下の様に見える。


 どちらかと言えば顔は可愛い系と言って良いのだろうか? ちょっと垂れた目が保護欲を呼び起こす。

 瞳の色は濃い青だ。

 肩下まで伸ばした髪の色は根元から髪先5センチまでは金色で、髪先5センチが銀色と云う何とも表現に困る髪色だ。髪質はサラサラ?

 身に着けているのは、豪奢ではないが品の良い質の高い白いドレスだ。


 まあ、身分や容姿がどうであれ、かなり似合っている。


 

「やはり御迷惑だったでしょうか? もし、追い出されるにしても決して恨みません。ですが、せめて護衛してくれた騎士と一緒に来てくれた侍女たちに一時いっときの安らぎをお願い致します」



 そう言うと深々と頭を下げた。

 俺の後ろと彼女の後ろから何とも言えない空気が吹き出した。

 特に彼女の後ろで並んでいる侍女とゴムル遣いからは感動の波動が凄まじい。

 下手すれば侍女なんか泣き出していないか?


「お顔をお上げ下さい。イーゴン殿、その様に手配を」

かしこまりました」



 困ったな。

 善い子過ぎる。

 情報としてはサカイリョウ国の王族は善人揃いと云う事は知っていたが、ここまで善人だとは思っていなかった。


 善人過ぎて下が腐敗したと云う事だろう。

 まあ、それはこの際はどうでも良い。

 問題は、放り出せない理由が面会の直前に判明した事だ。


「結論はしばらくお待ち下さい。ですが、悪い様にはしないと約束します」


 何故、この部屋に居る全員からホッとした空気が吹き出す?

 もしかして、俺はかなり冷酷な人間と思われているのだろうか?

 そもそも、何故、領主が2人も居るのに俺がこちら側の代表になっているんだ?

 ま、それは置いといて、どうしても確かめなければならない事が有る。



「王女様と1対1で話しをしたいので、5脈魂クラル(約5分)ほど席を外して頂いても良いですか?」


 俺の発言に反対は起こらなかった。

 少なくとも反対しても何の役にも立たないし、俺の機嫌を損ねる方がデメリットが大きいと判断されたのだろう。


 全員の退出を確認して、部屋の中を監視する為の覗き穴らしきモノが無いかの確認と聞き耳を立てている者の気配が無い事を確認した後に、俺はおもむろに立ち上がって、姿勢を正してから、この世界に来てから初めて陸自式の敬礼をした。 


「自分は陸上自衛隊第4偵察戦闘大隊所属、井上俊弥一曹であります。現時刻をもって自衛隊法に基づき、日本国民保護任務に入ります」



 ハネローレ王女はポカンとした顔をした後、俺が発した日本語の意味を理解したのか、両手を口元に当てて涙をこぼして、震える声で一言呟いた。



「じえーたいさん?」

「ええ、その通り、自衛隊さんですよ」


 彼女が、いや、かおりさん漢字は不明がたどたどしい日本語で訊いて来たので安心させる様に笑みを浮かべながら答えた。


 きっとこっちに来た時は小さな子供だったのだろう。


 『かおりちゃん』は油が切れた様な動作で、こちら側に来ると、俺に抱き着いて来て大きな声で泣き出した。


「保護が遅くなり、申し訳有りません」




 彼女が面会前に自分に言い聞かせる様に小さく呟いた声が聞こえたのは偶然なのか、必然なのか、奇跡なのだろうか? 神様の気まぐれかもしれんな。



『がんばれかおり』




 確かに彼女はそう呟いたのだ。



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