第35話 『蝋燭の灯』




 あの『アサカノの衝撃』と『マツバルの衝撃』から25日が過ぎた。


 あの日の戦闘で消失させられたゴムル遣いが戦線への復帰が可能となって5日が過ぎたと云う事だ。


 ナニワントの再侵攻がいつ起こってもおかしくない。


 当然ながら5日前から高度な警戒態勢に入っている。アメリカ軍で言うところのデフコン3と言ったところか?


 地球でなら通信量の変化、暗号キーの切り替え、軍人の休暇の変動、部隊の移動準備、訓練内容の変化、弾薬・燃料の備蓄変動や補給部隊の動向、取材規制など、ありとあらゆる情報を集める段階だが、この世界では情報を集める手段がヒューミント《Human intelligence》しかなく、その伝達も動物の移動速度を超えられない為に初動が遅れ勝ちだ。


 もちろん、敢えて前線に貼り付いて待ち構えるのも1つの手なんだが、その動きを逆手に取られる可能性が有る為に下手に動けない状態が続いている。


 おかげで俺はハビキドル郡の駐屯地に缶詰の上で書類の決裁に追われている。

 軍隊も所詮は役所仕事と云うのは自衛隊時代に散々味わったが、世界が変わっても一緒だな。

 あと10枚の書類を片付けたら、皆のところに遊び、じゃなくて鍛錬に行こうか?


 第一、何故俺が総司令なんてやらされているんだ?

 こういうのは、13歳の子供ではなくて、もっと貫禄の有る、渋くて司令官ぽい顔の中年の仕事じゃないのか?


 あ、ココ、スペル間違ってやがる。

 訂正の上に、サインと…


 ナラル盆地は結局、14郡と豪族が抑えている11地域全ての領主が東カシワール軍事同盟に加入した。

 ある意味、最後の踏み絵だったのだろう。

 ここで踏み損なうと周り中が敵になるかもしれないと云う恐怖に駆られたとも言えるか?


 動員数や装備がバラバラの村や町相当の、豪族が領主をしている11地域を除いた14郡からは、総計1000人を超えるゴムル遣いの派遣準備が完了済みと云う連絡が入っている。


 この数字はナラル盆地全体の全ゴムル遣いの1/3に近い。

 ついでに言うと西カシワール軍事同盟の現役ゴムル遣いの総数を上回っている。

 これだけの後詰が控えていると云う事実は、現状を考えると心強い。


 なんせ、サカイリョウ国にとって痛手となるタイミングで南部連合がサカイリョウ国からの離反を表明したのだ。

 しかも敵対表明までしたそうだ。

 どうやらあの特使殿がまたもや、やらかしたらしい。あれでは、味方しようと思っていても裏切りたくもなるというものだ。 


 何故、あんな無能が使者と云う重要な役目を任されているのかが分からない。

 まあ、どうやらサカイリョウ国の重鎮の血縁だから、と云う話だから、サカイリョウ国も先が短いのかもしれん。


 王様を筆頭に王族は善人が多いらしいが、まつりごとの実務を仕切っている上流階級のやからたちが、戦争中にも拘らず寄ってたかって私腹を肥やしているらしい。

 領民も重税にあえいでいる。

 軍も、ゴムル遣いは未だ職務に忠実だが、上層部に腐った上流階級の縁故の非ゴムル遣いを据えられて、半分機能不全に陥っている。


 『アサカノの衝撃』はヤオル郡の裏切りだけでなく、非ゴムル遣いの上層部が出した軍事的に目を覆いたくなる様な命令で引き起こされたと云うのが真相だった。



 よし、ノルマを達成したから、鍛錬に出掛けるとするか。

 みんな、今日はどの郡のゴムル部隊と模擬戦をしているのかな?


 ゴムルの操作と肉体の能力は厳密にはイコールでは無い。

 でなければ、寝たきりになった退役ゴムル遣いが軽作業とはいえ仕事を請け負えない。


 ただし、極限までゴムルの能力を上げる為には自身の肉体の鍛錬は必須だ。もちろん、剣術なり槍術なりの鍛錬も含めてだ。 


 理由は、そうしなければゴムルが持つ能力と、操られた際の挙動の乖離(かいり)が大きくなるからだ。

 一般的なゴムルはどうやら自動的に補正が入っている様に見える。

 だから、ヒヨコのゴムル遣いも一見すると無難に操っている様に見える。


 でも、実際のところはゴムルの能力を下方に修正しているのと同じだ。

 その差を無くして本来のゴムルの能力を引き出す為には、自身の肉体の挙動を研ぎ澄ます必要が有る。


 ちなみに、金銀4騎のゴムルは他のゴムルよりも、よりダイレクトで、よりピーキーな反応を示す。他のゴムルに比べて反射速度がずば抜けて速くて力強いのだ。

 例えて言うと、F1のレース用の車と街中で乗るファミリーカーとの差くらいは違う気がする。


 ごく普通のドライバーがF1カーに乗ればどうなるのか?

 性能を引き出すどころか、まともに走れないかもしれない。ちょっとアクセルを踏んだだけでとんでもない加速をされて、ちょっとブレーキを踏めば大きなGが掛かる急減速をするのだからな。スピードが乗った後のハンドル操作など、ミリ単位の精密さだ。


 当然の様にコースアウト間違い無しだ。

 


「あ、総司令、ちょうど良い所でお会いしました。総司令に大至急来て欲しいと『中円卓』から要請が来ています」


 司令部の建物を出た所で、慌ただしく敬礼をした駐屯地勤務の伝令に声を掛けられた。

 カシワール式の敬礼を返した後で答えた。



「了解した。要請には付帯事項は?」

「いえ、有りません」

「資料室に副官が居る筈なので、伝達する様に。自分はこのまま領主館に向かう」

「は! 失礼します」



 このタイミングで『中円卓』から来て欲しいと言って来たのなら、サカイリョウ国からの使者の可能性が一番高い。

 まさか、またアイツが来たって事は無いだろうな。




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



 そのまさかだった。


「散々待たされた上に、その返事と云う事は、サカイリョウ国に敵対すると云う事で宜しいのでしょうな? これまで散々世話になっておきながら、恩を仇で返すとは全くもって許し難い所業ですぞ」


 カシワール郡は、お前の国に戦費に回すからと要請されて、これまで結構な額の献上金ヤゼニと神恵鉱石を払って来たんだがな。


 フジイデル郡・ハビキドル郡・マツバル郡なんか、虎の子のゴムル遣いを派兵している。


 有能な特使なら、まずはそこを褒めてこれまでの友誼を高らかに謳ってから交渉を始めるだろう。

 そうすれば、自然な流れで前動継続の機運も出るし、交渉に移るにしても足掛かりが確保出来る。

 それもせずにいきなり、全てのゴムル遣いを派遣しろ、と『命令』するのは愚か者のする事だ。


 第一、前回の防衛戦から以降、政治的にも軍事的にも情勢は大きく変動している。

 その認識も無いのだろう。



「先の合戦で、我が同盟はナニワントの侵攻を直接受けました。辛うじて撃退したとはいえ、また侵攻を受ける可能性は否定出来ません。その事を考えれば、今回の派兵要請を受ける事は出来かねます」


 俺の言葉に血が昇ったのか、ぶくぶくと太った顔が真っ赤に染まった。


 第一、お前さんの顔が信用出来ないんだ。


 こすっからい顔、と言われて想像するとお前さんの顔になる。

 無能なのに出身だけで自分は偉いと傲慢な態度を取る様なヤツ、と言われて想像するとお前さんの顔になる。

 

「宜しい。陛下にはしかる後に懲らしめて貰う様に進言しよう。その時になって、後悔しても遅いぞ。本当に田舎者は恩知らずなやから揃いで困るな」

「貴国の御武運をお祈りします。お客様がお帰りだ。ご案内しろ」



 特使の顔は、俺の言葉を聞いた途端に青ざめた。

 どうやら、交渉が決裂すると思っていなかった様だ。

 頭の中は脳の代わりにお花畑が広がっているのだろうか?

 


 しかし、まさか、俺が『お客様がお帰りだ。ご案内しろ』と云うセリフを吐くとはな…

 『田舎者には忠義が分からないのか!』『高貴な身分の俺に触るな!』という喚き声が遠ざかって行く。



「父上もお人が悪い。わざわざ自分に断らせなくても、宜しかったのでは?」

「いやいや。あの御仁を相手にスッパリと断れるのはお前しか居ないからな。ワシではとても無理だ」


 そう言うオヤジの顔は笑顔だった。

 いや、ここに居る全員がそうだ。黒い笑顔が沢山だ。


「まあ、特使がアレじゃぁ、歴史ある大国のサカイリョウ国も終わりだな。で、どうするんだい?」


 シレっと『中円卓』のメンバーに混じっているちょい悪オヤジの言葉に、苦笑いを浮かべた後で答えた。


赤銅色しゃくどういろ計画を基本に、状況により浅緋あさあけ計画への移行も考慮に入れておきましょう」



 赤銅色計画は防衛に専念する計画だ。

 その為の要衝3カ所の砦建設だったし、東軍事同盟によって得られた後詰も考えると前回レベルの侵攻ならば、緒戦さえ乗り切れれば、深刻な被害も無しに撃退出来る可能性がかなり高い。



 浅緋あさあけ計画?

 赤銅色計画を更に進めてサカイリョウ国の崩壊を視野に入れた計画だ。


 俺はサカイリョウ国の崩壊は確定事項と見做していた。


 



 5日後、サカイリョウ国は消滅した。






【追伸】

 この辺りってほとんど記憶に残っていない為に、新鮮な気持ちで手直しが出来ました。

 で・・・ この後どんな展開になるんですか?

 

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