第34話 『東西同盟』

  



 当然と言えば当然だが、フジイデル領主館を遠巻きに封鎖する処置が取られた。

 ラスバブ・ダ・フジイデル氏の要請と言う名目で、密かに投入されたゴムル遣いはハビキドル郡の健在だった中隊だった。

 結局、シュタイン・ダン・フジイデル氏と次男は3人の客と一緒に北に向かったそうだ。

 立てこもると云う選択をした場合の対処も同時に進んでいたので、賢明な選択だったのだろう。



 その逃亡劇の間も5郡会議は続いた。

 政治的な議題は、最近タイシール郡領主を継いだゲアハード・ダン・タイシール氏も交えた会議を開催する事にして、議題は軍事的な項目に絞った。

 2時間ほどで合意した内容は以下の5項目だった。


①フジイデル郡・ハビキドル郡・マツバル郡・カシワール郡の4郡は軍事同盟を組む

②カシバリ郡はカシワール郡と軍事同盟を組む

③カシバリ郡のゴムル遣いのカシワール郡への親善訪問を可能な限り早期に実施

④4郡軍事同盟及び2郡軍事同盟の総司令はディアーク・ダ・カシワールが務める

⑤マツバル郡の西の要衝3カ所に応急の砦を建造する


 本当を言えばカシバリ郡を加えた5郡同盟にしたかったが、ちょい悪オヤジ本人の悪名が大き過ぎる事を配慮しての決定だ。


 まあ、名分?名目?はさておき、実質的には5郡同盟と言って良い。


 なんだかんだで、ちょい悪オヤジはアクの強さも含めて会議に参加した人間に受け入れられたのだ。

 将来的に問題は解消されるのは確実だ。それを後押しするかの様に、ちょい悪オヤジが後詰ごづめ、現代風に言うと戦略予備戦力としてカシバリ郡のゴムル遣い半数をカシワールに待機させる事を約束した。


 更に、合意内容には入れなかったが、ちょい悪オヤジがナラル盆地の各郡・各豪族に声を掛けてくれる事も決まった。

 その内容は、カシワール郡との軍事同盟を取り敢えず先に組まないか? と云うものだ。

 軍事同盟を組む数が多ければ、4郡同盟の後ろ盾として強力な抑止力を発揮する事は確実だ。

 


「そう言えば、名前をどうするんだ? 4郡軍事同盟とか5郡軍事同盟とかよりも、何か旗印が有る方が分かり易くて良くないか?」 


 会議の終盤にそう提案したのはウィリフリード・ダン・ハビキドル氏だった。


「カシワール同盟でいいんじゃないか? 一番分かり易い」


 そう答えたのはちょい悪オヤジだ。


「西カシワール軍事同盟と東カシワール軍事同盟にして、最終的には統合カシワール軍事同盟にするのはどうでしょう?」


 更にフェリックス・ダ・ハビキドル氏が提案したが、何故か全ての案にカシワールの名前が入っている。


「いや、どれもカシワール郡が盟主の様に思われるから、ヤマタイト同盟で良くないか?」


 親父が反論したが、結局、西カシワール軍事同盟と東カシワール軍事同盟に決まった。 




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 木材をカシワール郡が供出して、4郡合同でゴムル遣いが築造に取り掛かった為に、会議から4日後にはマツバル郡の西の要衝3カ所に3つの砦が取り敢えず完成した。


 参考にしたのは10世紀頃にヨーロッパで造られたモット・アンド・ベーリーという小型の城塞だ。

 小さな丘の上に建てられていた民家を増改築して兵舎として(それまで住んでいた数家族の住人から家を買い取った上で引っ越し先の用意と引っ越しの手伝いもした)、その側に丘の麓を掘って出た土を盛り土に使って更に高くして、その上に木造の監視塔を建てた。

 元が自然の小さな丘なので多少の差は有るが、3つの砦の直径は150㍍から200㍍ほどだ。

 本格的な軍事拠点としては規模は小さいが、それでも下手な日本の小中学校よりも面積は広い。

 井戸が最初から有る事も立てこもる時に役に立つ。

 なんにしろ、簡単な砦が3つ在るだけで、進軍する方にとっては選択肢が難しくなる。


 3つの砦が完成する頃には、カシワール郡を中心とした軍事同盟が成立した事が周辺に伝わった様だ。


 現代日本の様にネットや電話や新聞という高速の情報伝達手段が無い中ではかなり早いと言える。

 まあ、わざと人為的に情報を流したのが速い情報伝播の理由なんだが。


 更には、東カシワール軍事同盟に参加すると表明したナラル盆地の郡の数が10を超えた。一部を除き、豪族もほぼ参加表明をした。

 後に『カシワール・ショック』と呼ばれる、カシワール郡を中心とする連合体の姿が徐々に明らかになって来た。



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「おお、しばらく見ない内にみんな大きくなったなぁ。風の便りで大活躍をしていると聞いておったが、立派になったな。うん、立派じゃ」

「おじいちゃんも御壮健そうで何よりです」

「そうじゃろ? 家督を息子に譲ったのは早かったと後悔している最中じゃ」

「何言ってんですか。アダルフォの為に研究に没頭したいからって俺に家督を譲ったのは誰ですか?」

「そうじゃったかの? 歳を取ると記憶が曖昧になってのぉ」



 政治的な取り決めを決める為に、タイシール郡からゴダード・ドン・タイシールおじいちゃんとゲアハード・ダン・タイシールおじさんがやって来た。

 今はカシワールの領主館前で御出迎え中だ。

 

 おじいちゃんに頼んでいるのは新しいタイプの竜車の開発だ。

 俺たちのゴムルに装備する鋼鉄製の長剣を輸送する過程で、カシワール郡とタイシール郡を結ぶ道の状態が良くないせいで、大きなサイズの竜車では木製の車軸に負担が掛かって壊れ易くなる問題が表面化した。


 ちなみに、車輪は近代まで馬車で使われていた様な青銅で補強されたスポークホイールが採用されていたので、補強を鉄製に変える事と車軸の材料と構造の見直しが最優先事項だ。

 車体も、軽量化と剛性向上(故障原因を減らす要因になる)を目指している。


 あと、乗り心地の改善にもつながるサスペンションの開発も同時に進行中だ。

 操縦手と云う事も有って車輛の構造に詳しい大橋義也三曹アダルフォが全体的な技術的アドバイスをしている。


 あと、意外と山中次郎士長アンウォルフが実用的な知識を持っていて、補佐役を務めている。何故知識が有るのかと言えば『転生モノでは馬車の乗り心地が悪いのは定番なので調べていました』と云う、なんとも判断に困る理由だった。


 開発されれば、すぐには無理でも長期的には売れるだろう。

 原材料と技術を抑えたタイシール郡の新たな戦略的な特産品になる筈だ。

 カシワール郡で魔道具技術を応用した動力を作れれば、こちらでは飛び抜けた車産業の出来上がりだ。


 まあ、どこまで神々が許容してくれるか? という問題が残るのだがな。


 さすがに無理だろうなぁ・・・


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