第32話 『目白』
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と或る49歳の男性の独白
昔から息子に言って来た『統治する人間には雰囲気が必要だ』という言葉の意味が分かったと、息子に最近言われた。どういう心境の変化かと思ったが、カシワールの跡取りに会って初めて理解したと続いた。
分家からハビキドル家に養子で入ったワシは、周囲から侮られた為に苦労をした。
何かと分家出身
領主になってから10年も経ってからやっと気付いたが、そう言われるのはそう言われるだけの弱さがワシに有ったからなのだ。
実績が無いのは当然だが、実績が無くてもコイツになら任せられると云う雰囲気を作れなかったワシが未熟だったという事だ。
実はカシワールの跡取りに関しては、小さい頃の情報はかなり掴んでいた。
教会が騒いだ後から本格的に情報を集めたが、集まって来る情報はかなりの量だった。
曰く、領民に慕われている
曰く、病気で死ぬ子供が減ったのは4兄弟のおかげだ
曰く、お風呂最高
曰く、昔はよく見掛けた
曰く、女性が勝手に寄って来るほどの美形だ
曰く、年齢関係なく女性の好感度が高い
曰く、男性の受けも良い
曰く、他領との交易が盛んになったのは兄弟が手を回したからだ
曰く、最近は士官学校に行っているので寂しい
曰く、最近開発された魔道具に関わっているらしい
曰く、領民全ての名前を憶えているかも
曰く、ゴムルが凄かった
曰く、教会にも認められる凄い兄弟だ
曰く、魔道具産業に携わる人間に人気が高い
曰く、次代のカシワール郡も安泰だ
本格的な情報収集を始めて、最初に上がって来た報告書を読んだ時に嫉妬を覚えた事は忘れられない。
成人前から実績が山盛りなのだ。
今では、正に領主になる為に生まれて来たのだろう、という感想しか出て来ない。
きっと、領主就任時は、ワシの時と違って領民上げて盛大に祝われるのだろう。
ゴムルの能力に関しては、食堂で拾った情報が1つだけ入っていた。
会話の内容から、訓練でズタボロにされた中隊の愚痴に出て来た様だが、『1騎で1個中隊並みの戦力』という、信じ難いものだった。
カシワール郡のゴムル遣いのレベルは高い、と云うのが近隣の評価だ。
なんせ、あの『カシバリの狂犬』を数で劣りながらも毎年撃退しているのだから、練度が低い筈が無かった。
そのゴムル遣いたちが手の打ち様がない、と愚痴を言うのだから、最大限の注意が必要だった。
だが、カシワールの金銀4騎は、ワシの想像を軽く超えていた。
体格、膂力、装備、反射速度、剣術、指揮能力、威圧感、ありとあらゆるものが想像を超えていた。
『4兄弟が通った跡に敵のゴムル無し』とか、『4兄弟の行方を知りたければ敵が居ない道を進め』とか、シャレにならん冗談が流行ったくらいだ。
半信半疑だった『カシバリの狂犬』を瞬殺した挙句に、あっという間にナラル盆地の統一を主導した、という報告も今では信じられる。
なんせ、その『カシバリの狂犬』本人が会議に混ぜろと駄々を捏ねているのだからな。
さて、問題はシュタインのバカだ。
ワシが掴んでいる情報では、ヤツの下にもナニワントの手が伸びている。
いや、正確にはヤツの次男がガッチリと掴まれている。
今さら、ナニワントに尻尾を振って、無事に済む訳が無かろうに。
自領のゴムル遣いにも犠牲者が出ていると云うのに、何を考えているのやら…
いっその事、フジイデル家を潰してしまった方が良いかも知れんな。
いつ裏切るか分からんヤツを身内に抱える余裕など無い。
とはいえ、最後の助け舟くらいは出してやらないと寝覚めが悪いな。
「分かっているじゃねえか。ナラル盆地もそこに入るぞ。これはナラル盆地の総意だ。どっちにしろ4年後にはカシワールの一部になる様なもんだからな」
最後の手向けだ。これで思い留まらない様なら、後の事は知らん。
情勢が分かっていないのなら、分からせてやると思って口を開こうとしたら、『カシバリの狂犬』が先に嬉しそうに言った。
「それはどう云う意味なんだ?」
「俺の愛娘とカシワールんところの次男坊が結婚するのが4年後だ。その時にナラル盆地はそのまま婿殿の名で統一される。これは決定事項だ」
「だが、それでも4郡が連合したらナニワント国から敵視され易くなるのではないか? ここは交渉の場を作る為にも、そういう動きは封印した方が賢明だと思うが?」
フジイデル家が潰される事が決まった瞬間だった。
後はどういう手を使うかだけの問題だ。
「交渉も何も、ナニワント国はこれまで臣従を認めていない。全て取り込んで来ている。ハビキドルは連合に賛成だ。国として纏まるかは今後の話し合い次第だがな」
シュタインのバカがこっちを見た。
ワシの真意を確認する為だが、僅かに怒りが混じっている。
ワシは平然と見返した。
だが、その直後に思いもよらない発言が飛び出した。
「どっちにしろ、カシワールは近々タイシール郡と連合を組む。具体的な話し合いに入っている。まあ、俺の嫁さんたちの故郷だからな。そんなに不思議な話では無いだろう?」
神恵鉱石と銅と鉄を一手に握る?
そんな事になったら、敵対するだけでジリ貧になるではないか?
誰だ、そんな絵図を描いたのは?
ワシの視界の隅で口の端を上げたヤツが居た。
13歳かそこらの子供の筈なのに、その中身に対する恐れで震えが止まらなくなりそうだ。
ああ、息子よ。お前が入信したディアーク教とやらには今からでも入れるのか?
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『ディアークや、もっとこっちに来れんもんかの?』
『うーん、来たいけど、これでも僕たちは忙しいからね。でも、何とかしてみるよ』
『おお、それは楽しみじゃ』
まだ8歳の頃だから、もう5年も前の会話だ。
5年前、サラーシャ母さんとクローネ母さんの里帰りに、4兄弟とミーシャがくっついて初めてタイシール郡に遊びに行った。
まあ、俺たちには下心が有ったんだが、それでもサラーシャ母さんの両親、すなわち俺たちの祖父母は大歓迎をしてくれた。
10日間の滞在だったが、半分くらいはおじいちゃんと一緒に鍛冶工房に入り浸った。
この世界の技術は
理由は恩恵の儀で『恩恵の神・サーラ』から授かる恩恵と云う名の技能補正と、『技の神・セーラ』から
俺たちの予想では、人類の科学と技術が発展し過ぎない様にする為の
俺たちが神恵鉱石の黒ビーズの特性の1つを暴いても神罰が下らなかったので、古い技術史に詳しい大橋義也三曹の発案で更に新しい技術を試したくなったのだ。
そう、この世界ではまだ狙って作られていなかった鋼鉄だ。偶然に作られる事は有った様だが、意図しての製錬はされていなかった。
いくつかの方法が有るらしいのだが、事前に産出される鉄鉱石の性質が分からなかったので一通り試して脈が有りそうな方法を伝える事にした。
5日間で大体の当たりが付いたので、後は本職の人たちに研究を任せて帰った。
その時に得られた鋼鉄は直径2㌢以下の小粒な塊だった。
その後、それが廻りまわって俺たちのゴムル用の特製長剣に結び付いたのだから、不思議な運命を感じる。
そして、その長剣を開発する過程で出たのがカシワール郡とタイシール郡の合併だ。
おじいちゃん的には大橋三曹に来て貰って、更なる技術の発展を図りたい思惑が有った。
成人まで結論は待つという状態だったが、ちょい悪オヤジのせいで一気に話が加速してしまった。
まあ、なんだ。よく考えたら、ちょい悪オヤジの愛娘への溺愛から始まった婿取りのせいで、色々な事が加速度的に進行しているな。
張本人を見たら目が合った。
ニヤリと笑ったので、こちらもニヤリと笑い返してやったら、いきなり爆笑しやがった。
「ガハハハハ。増々気に入った。これでカシワールに有り金全てを賭けんヤツは領主など辞めてしまえ!」
後に『カシワールの衝撃』と呼ばれるカシワール連合の基礎が固まった瞬間だった。
【ちょっと追記】
おはようございます、mrtkです。
この作品は4~5年前に『小説家になろう』様で書いた作品をあちらこちらを手直ししながら投稿しています。
自分で書いた筈なのにかなり内容を忘れていて、『おぉ、こんな言い回しを使ったんだなぁ』とか、『あれ、こんな設定だったんだぁ』とか、『おや、この後どうなったんだっけ?』とか、とにかく先が読めなくて意外と楽しく改稿しています。
そして、今話のタイトルが何故『目白』なのか? が分かりません(´・ω・)
どうして『目白』なんでしょうねぇ?
本編は71話で終わらせたので、残り40話を切りました。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。
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