第31話 『5郡会議』
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と或る29歳の男性の独白
「フェリィ、ハビキドル郡はどうする積りなんだ? 俺んところは様子見に徹するらしいぞ」
ラスが会議の間へ歩いている最中に唐突に探りを入れて来た。
彼のところは父親の現領主の力が強くて、ラスには実権が余り無い。
いや、むしろ、2つ年下の弟と競争させられているのが実情だ。
しかも最近では弟を担ぐ勢力の方が勢いが有る。
弟の方が人当たりも良く、何でもそこそこ
対してラスは、つっけんどんで、言動に直線的な性格が色濃く出てしまう。
それに加えて弟と違って領主争いに有利なゴムル遣いなのに、領主の座に関心が薄い。
傍観者としての立場だから分かるが、はっきり言うと、次期領主になるよりも父親に認められる事に力を入れている。その辺も関係して担いでも梯子を外されそうなラスへの支持は少ない。
他家の事とはいえ、後継ぎ問題ばかりは難しい問題だ。
「うちのところはカシワール郡を含めた4郡同盟を提案する積りだよ。ナニワント国とヤオル郡の合同軍をなんとか追い返したと言っても、サカイリョウ国の兵力は大きく落ち込んでいるからね。今までの様にはいかない。新しい『ナニか』が必要だ。カシワールの兵力と言うか金銀4騎は是非とも味方に欲しい」
あの『アサカノの衝撃』と『マツバルの衝撃』から4日が過ぎた。
ナニワント国はマツバル郡に向かわせた部隊が大損害を受けた事で、攻防が続いていた首府ミクニドの街の包囲を解いて、新たに占領したヤマタイト川沿いのアサカノの村周辺まで後退した。
俺の父親が主導した、捕虜にしたゴムル遣いの返還交渉の成果は大きかった。
放っていても、カシワールの金銀4騎の異常な強さを伝え流だろう。再侵攻しようとした場合の抑止力になる。
ちなみにサカイリョウ国の使者からは、捉えた捕虜は報復の為に全て殺せ、と言われたそうだ。
現にサカイリョウ国が捕えた捕虜は全て殺してミクニドの街の郊外で晒し首にしたらしい。
捕虜を殺さなかった理由は、ディアーク・ダ・カシワール殿の意向だ。
『神々がそれを望まない』
サカイリョウ国からの使者に直接そう言ったと後から聞いた時には、思わずその場に居なかった事を悔やんだ。
ディアーク殿が使者に言い放った場面を見たかったな。
もう一度、使者が来ないかな? なんとしてでも同席するんだが。
最終的に判明した各勢力の損害は深刻なものだった。
これだけの戦死者が出た
合戦に参加したゴムル遣いの状況は、判明している数字を見ただけで背筋が凍る思いだ。
サカイリョウ国 参戦約4000人
戦死者2013人、生き残った消失者236人、健在1800人弱
ハビキドル郡 参戦522人
戦死者102人、生き残った消失者298人、健在122人
フジイデル郡 参戦111人
戦死者20人、生き残った消失者70人、健在21人
マツバル郡 参戦429人
戦死者80人、生き残った消失者180人、健在169人
ナニワント国 参戦約4000人
戦死者400人弱、生き残った消失者1400人強、健在2200人弱
ヤオル郡 約100人
戦死者40人、生き残った消失者60人強
実に2600人を超すゴムル遣いが1日で命を落とした。
サカイリョウ国側ですぐに動けるゴムル遣いは合計すると2100人強だ。マツバル郡は戦場になったと云う事も有り、成人前と退役したゴムル遣いまで総動員しての数字だ。
しかも、サカイリョウ国陣営だった南部連合の離脱も痛い。
対するナニワント国側は2200人弱のゴムル遣いを今も動員出来る。
だが、問題は消失者が復帰する16日後以降だ。互角だった数字に差が付く。大体2900人対3600人だ。
地の利が有るから有利は有利なんだが、主導権はナニワント国が握る事になる。
もう一度ミクニドの街を襲うと見せ掛けて、今度は東の3郡に全力で襲い掛かって来たら、680人対3600人となってしまう。1日ももたずに蹂躙されてしまう。
だから金銀4騎は絶対に味方に付けなければならない。
今から始まる会議は、文字通り存亡を懸けた決断を下さなければならない。
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会議は冒頭から紛糾した。
いや、まあ、部外者と言って良いカシバリ郡のちょい悪オヤジが会議への参加を希望したからな。
すったもんだで、カシバリ郡の健在なゴムル遣い全てを援軍に出すという条件で何とか参加は可能になったが、それだけで30分は無駄にしてしまった。
そしてやっと始まった本格的な会議で、マツバル郡領主のイーゴン・ダン・マツバル氏が爆弾発言をした。
「儂からの提案なんだが、カシワール郡を盟主とした連合を組んではどうかと思う。此度のナニワントの侵攻を阻止出来たのもカシワールの金銀4騎殿の働きが大きかったからの。ゆくゆくは国として纏まる事も視野に入れておる。反対の者は居るかの?」
『マツバルの衝撃』の日、援軍の御礼をされた後で5人だけで話し合ったが、噂通りにイーゴン氏には俺たちの周りで泳いでいる神々が視えるそうだった。
まあ、俺も視えると言えば視えるのだが、彗星の様に尾を曳く流れる光の塊にしか視えないんだよな。
ちょっと気になって容姿を聞いたが、それを口にする事は教会外の人間にはご法度らしい。
取り敢えず、遠回しに人間離れした美しさとは教えてくれたが、クスクスという笑い声が聞こえたので、神罰は下らないだろう。
その時に『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』に於ける『恩恵の神・サーラ』の言葉について訊かれたので、この人なら問題が無いだろうと16
特に感心していたのは平和な世を作って欲しいと云う部分だった。
取り様によっては、ゴビ大陸の統一を期待されているのでは? と云う指摘には虚を突かれた気分だった。
平和な日本生まれと云う理由でその様な言葉になったのかと思っていたが、言われればその通りと云う気がして来るから不思議だ。
その様な経緯が有ったので、イーゴン氏の発言はこの場の思い付きでは無いと思う。
「分かっているじゃねえか。ナラル盆地もそこに入るぞ。これはナラル盆地の総意だ。どっちにしろ4年後にはカシワールの一部になる様なもんだからな」
またしてもちょい悪オヤジが乱入して来た。
ナラル盆地と云う、今後はムギル収穫高の増加が期待出来る後背地の支援が受けられるのは大きい。
ナニワント国だけに集中出来る上に、増援も期待出来るからだ。
「それはどう云う意味なんだ?」
そう尋ねたのはハビキドル郡領主のウィリフリード・ダン・ハビキドル氏だ。
「俺の愛娘とカシワールんところの次男坊が結婚するのが4年後だ。その時にナラル盆地はそのまま婿殿の名で統一される。これは決定事項だ」
表情を見る限り、知らなかったのはフジイデル郡の領主シュタイン・ダン・フジイデル氏とその嫡男のラスバブ・ダ・フジイデル氏の2人だけの様だ。
フェリックス・ダ・ハビキドル氏は真剣な表情で考えている。だが彼が発言する前にシュタイン氏が発言した。
「だが、それでも4郡が連合したらナニワント国から敵視され易くなるのではないか? ここは交渉の場を作る為にも、そういう動きは封印した方が賢明だと思うが?」
「交渉も何も、ナニワント国はこれまで征服した郡の臣従を認めていない。全て取り込んで来ている。ハビキドルは連合に賛成だ。国として纏まるかは今後の話し合い次第だがな」
ここで、それまで沈黙を守っていた親父が爆弾発言をした。
「どっちにしろ、カシワールは近々タイシール郡と連合を組む。具体的な話し合いに入っている」
この情報は全員の虚を突いた様だ。
みんなの表情が驚きに染まっている。
「まあ、俺の嫁さんたちの故郷だからな。そんなに不思議な話では無いだろう?」
その通りでは有るのだが、驚いた原因に重要な資源に関する問題が有った。
タイシール郡はこの大陸有数の銅と鉄の産地だったのだ。
俺たちの長剣も、両郡の繋がりが有って初めて生産に成功したと言って良い。
カシワール郡がナラル盆地に続いて、大きな力を手に入れると表明した瞬間だった。
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