第30話 『マツバル・ショック』




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と或る52歳の男性の独白



「こっちにも3人居たぞ。未だ2人生きてる! 誰か来てくれ!」 


「今行く!」


「くそ… こっちは全滅だ」


「早く掘り起こしてやろうぜ…」


「誰か、ブーリンを知りませんか? 途中ではぐれてしまって… 歳は14歳で、髪の毛の色は茶色で、僕くらいの身長なんです」


「ここにも担架を持って来てくれ… せめて家族の下に帰してやろうぜ」


「おい! ソイツは未だ生きてるんじゃないのか?」


「コイツはヤオル郡のヤツだぞ! コイツらのせいでダニーのヤツが死んだんだぞ」


「それでも助けてやるんだよ! 明日は我が身かもしれんのだぞ!?」


「ああ、夜の神・ムーラよ… ドルフのバカたれの魂を頼みますぞ…」


「ダメだ、左足が見当たらん…」


「いいか、1、2、3! よし、そおーっと運ぶぞ!」


「おい、誰か予備の鎮痛剤と包帯を持ってないか? 無ければ死んでるヤツのでも構わん!」


「エアネストのヤツがこっちに来たところまでは見たんだが、どこに行ったんだ?」



 これほどひどい戦場は初めてだな…

 見渡す限り負傷者や死体が散乱している。

 戦線が崩れた後にとんでもない乱戦になったからだ。


 1年に100回以上は後悔するが、父上の説得を無視して、あのまま神官の道を歩んでおけば良かった。そうすれば、こんなひどい戦場とは無縁の平穏な世界に生きていられたのに…


 大神官様も小さい頃から俺の素質に期待を掛けてくれていた。

 家庭の事情でどうしても実家に戻らなくてはいけなくなった時に、『その目を持つ逸材を俗世に帰すのは教会全体の損失だ』と言ってくれた。



 くそ、そんな不本意な領主生活の中でも、今日は特にひどい1日だった。


 誰もが心配しながらも、誰もがそれでも否定していたヤオル郡の裏切り…


 いや、本当に裏切られたら惨事になるから心に蓋をして否定したかっただけだ。

 ちゃんと目を見開いていたら裏切られる前に手を打てた筈だ。

 希望的推測に逃げた結果が、この戦場だ。


 そろそろ引退して、息子のバカに領主の座を譲るか?

 だが、ヤツではどっちの陣営についても呑み込まれて磨り潰されてしまうか…



「………様! お屋形様! お客人です」


 ララ竜に乗ったまま、現実逃避気味に将来の事を考え始めたところで、家宰のグリゴアに呼ばれていた。

 同い年で俺と同じくゴムル遣いのグリゴアも頭に白いモノが目立つ様になって来た。


 本当に潮時なのかもしれんな。


「イーゴン様! ご無事でしたか! まずは戦勝、おめでとうございます! マツバル郡領主のイーゴン様の采配が有ればこその勝利でしょうぞ!」


 そう言いながら近付いて来たのは、ハビキドル郡領軍のゴムル部隊の大隊長をしているハーマン・ダン・オカロだった。

 采配も何も、戦術的な采配は何も出来なんだ。ただ、目に見える範囲内でしか命令を出せなかったんだからな。



「いや、この勝利はフジイデル郡とハビキドル郡の多大な協力が有ればこそ。その様にハビキドル殿にお伝え下さい」

「ええ、承りましたぞ。それと若様が探していましたぞ。おお、噂をすれば何とやらですな。ちょうどこちらを見付けた様です」


 オカロの視線を辿ったところで、信じられない光景が視えた。


 ララ竜に乗った集団がやって来るのは良いのだが、その集団の周囲に見える筈の無い存在が楽しげに泳いでいた。

 特に1人の少年の周りに集まっている。


 目が離せない。


 気が付くと、身体が動いていた。

 周りでいきなりの俺の行動に息を飲む気配がしたが、些細な事だ。


おそれ多くも、この様な場で、この様な姿で御目に掛かる失礼を御許し下さいませ」


 その言葉に、一斉に俺に視線を向けられた現世うつしよならざる気配に、自然と身体と精神が委縮した。



 信仰があつい神官ならば、自然と見えてしまう程に数多あまたの神々が驚く程に強く顕現なされている。


 これまでに拝見した事の無い神々もられた。

 



 そうか、これが『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』の本当の姿なのか。


 


◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆ 



 会った事は無かったが、マツバル郡の領主、イーゴン・ダン・マツバル氏は神官領主として名が知られている。


 嫡男でありながら、成人後に神官になる為に出奔。

 神官見習いから神官になったばかりの6年後に、マツバル家を継ぐ筈だった次男が三男に謀殺された事で内紛の危機に陥ったマツバル家を纏める為に還俗。


 その経歴故に教会に近く、領内の教会に手厚い保護を施している。

 政治の手腕は並みだが、積み重ねた経験と信仰心から来る道徳的な志向によって齎される領民寄りの統治は、かなりの善政と言える。


 そんなマツバル郡の領主がいきなりララ竜から降りて、俺に向かってひざまついた。

 


「畏れ多くも、この様な場で、この様な姿で御目に掛かる失礼を御許し下さいませ」


 うん、これは絵柄が良くない…

 これでは俺にひざまついている様に見えてしまう。


 慌ててララ竜から降りて、その真向かいで同じようにひざまついた。


「どうぞ、お顔をお上げ下さい」


 まずは周囲に聞こえるくらいの声の大きさで話し掛けた。

 そしてイーゴン氏にだけ聞こえる声で続けた。


「詳しくは後で話しましょう。それまでは政治的な態度をお願いします」


「は!」


 そう言って、イーゴン氏は俺の周りを取り巻いている神々に一礼し、急に大きな声を出した。


「さすが、カシワール郡が誇る金銀4騎の筆頭! この様なたわむれにも即座に反応されるとは、誠にあっぱれ! そして、此度の救援での活躍の凄さたるや、まさに神々に愛されているとしか思えないほどの働き! 儂もさることながら、配下のゴムル遣い、領民の分も合わせて感謝を申し上げますぞ!」


 さすがに熟練の領主だけあって、切り替えが見事だった。


 まあ、少々強引な口上だが、それでもこれで先ほどまで有った戸惑った空気は霧散した。



「過分なお言葉を賜り、恐縮の限りです。人手が要りそうなご様子。宜しければ少数ながらも喜んでお手伝いさせて頂きますが?」

「いえ、それには及びません。むしろ、救援の感謝を示す為にも、我が屋敷にお招きしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます」



 政治的な寸劇を終えて、俺たちはイーゴン氏の先導でマツバル郡の根拠地のマツバフォン町に引き上げる事になった。

 その道中、チラチラとこちらを見て来るのは、イーゴン氏が持っている特技故だろう。

 異例の出世スピードで神官になった理由が、幼い頃から神々を視る事が出来たからと噂されていたが、どうやら本当の様だ。



 ララ竜を進める道中、俺たちに気付いたゴムル遣いたちが、作業を中断してまでも最敬礼をしてくるのがこそばゆかった。かなりの確率で俺たち金銀4騎の戦う姿を見ていた筈だ。


 劣勢を跳ね返す為には仕方なかったとは言え、さすがにやり過ぎたかもしれん。

 まあ、もう一度、同じ状況になっても、同じ様に戦うだろうが…




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