第28話 『不可能だ』
ゴムル召喚と同時に前方で戦闘中のゴムル群が見えた。
街道を中心として左右の畑にも戦場が広がっている。距離は5㌔先くらいだ。
乱戦になっているのか、戦場はごちゃごちゃとした感じで両軍のそれぞれの数も、総数も不明だ。
まあ、500から600騎というところだろう。
成人男性の視線から見通せる距離は地球では4.64㌔くらいだ。16
ついでに言うと俺のゴムルの視点から見通せる距離は7㌔強だ。
だから、ざっと360度のスキャンを掛けた後、視線の高さの違いから状況が分からないフェリックス氏とラスバブ氏に教えて上げた。
「5㌔先で戦闘中ですね。どうやら防衛線はそこまで下がっていると見て良いでしょう」
と同時に、指揮下の臨時連隊に命令を下していた。
いますぐの遭遇戦は無さそうだ。
『連隊、兵装固定』
金銀4騎の異形と云うか偉容と云うか、とにかくその姿に目を奪われていたフェリックス氏とラスバブ氏が驚いた顔をして俺を見た。
あ、俺たち兄弟は当たり前の様にしているが、普通は本人とゴムルで同時に2つの事をするのは結構難しい。
カシワール郡のゴムル遣いは俺たちの指導により、戦闘は無理でもゴムルを駆け足で行進させながら、それと同時に自身のララ竜騎乗くらいならこなせる。
ゴムルの視界を再度丁寧にスキャンした結果、右手2時の方角にフリーのゴムル約50騎が見えた。
あの装備はナニワント国のゴムルだな。着ている鎧兜が古代中国の
あの部隊は迂回して後方に出ようとしていると見ていいだろう。
さて、このまま街道上を進んで主戦場に向かうか、それとも2時の方向の5個中隊規模のゴムル部隊を抑えるのか、結構難しい選択肢だ。
ここは前進速度重視で行く事にする。街道を進もう。
俺自身のゴムルを操作して、鞘に収まったままの長剣を背中のラックに固定する。
俺たち兄弟のゴムルは4㍍もの長剣を持っているから、背中のラックに固定するのが大変なんだ。
まず、右手に持ち替えて、剣を立ててから、胴丸鎧の大袖と頭形兜(ずなりかぶと)の間を通す様に右肩の後方に突き出ている専用固定具に填め込む。
そのまま後方に滑り込ませて、最後は剣を垂直に立てると鞘が背中の逆板に付けられた固定具に押し付けられて、ガチャっと音がすれば固定の完了だ。
360度の視野を持つ金銀4騎でなければ不可能な操作だ。
実はこんなややこしい固定の仕方をせずに、腰に
後方の視界で、連隊全員が前進の為に兵装が固定出来ているかを確認し終わった事を確認。
しかし今更だが、頭形兜越しに後方の映像が見える原理が謎だ。
『視力が高くて視野が広い金銀4騎を先行させる。残りはその100㍍後方を本隊を守りながら前進。まずは2㌔前進する。連隊、街道を駆け足で前進用意!』
ゴムル遣いにとって、乱戦は鬼門だ。
特に戦場がふらふらと彷徨う場合は危険となる。
自分自身がゴムル同士の戦いに巻き込まれる可能性が高いからだ。
だから、正規軍同士の会戦の場合、双方の総指揮官は混乱しない様に指揮を取ろうとする。
まあ、この戦場は完全に指揮官のコントロール下を外れて、中隊規模で動いていると見て良いだろう。いや、小隊規模か下手すれば1騎単位で動いているかもしれん。
「フェリックス殿、ラスバブ殿、我々も前進しますがどうされますか? ゴムル同士の戦いに巻き込まれる可能性が高いですが?」
「いや、一緒に行動します。助けに来てくれた友軍を攻撃してしまう事を防ぎます」
「ご配慮に感謝を」
金銀4騎が100㍍前進した段階で本隊及び15騎のゴムルが前進を開始する。
2㌔前進したが、主戦場の様子が分かって来た。
簡単に言うと押されている。
3郡連合は成人前のゴムル遣いも投入して数の優位を確保しようとした様だが、残念ながら有効に働いていない。
やはり連携と技量が正規のゴムル遣いに劣るからな。
ましてや初めての実戦で混戦に巻き込まれている。小隊単位で自分自身の身を守るくらいしか出来んだろう。
まあ、それでも戦線の崩壊の前兆は見えないので、善戦している方だろう。
2時の方向に見えていた5個中隊相当は、こちらを目標に定めた様だ。
数だけなら20騎に満たないから手頃なカモに見えるのだろう。
だが、こちらからするとシャクトリムシ前進をしている段階で、敵の練度が分かってしまう。
実際に剣を交えないと確定は出来ないが、多分カシワール郡のゴムル遣いの方が練度が高い。
まあ、金銀4騎相手に訓練してればそうなるか…
相手がゴムルの前進を一番進めたところで動く事にした。
金銀4騎だけ、わざと長剣を抜いた状態で膝を着けた姿勢だったが立ち上げて、念の為に360度のスキャンをした後で、命令を下す。
『第3中隊は本隊の警護。第7中隊は500㍍先の敵5個中隊に突撃。突撃、前へ!』
まあ、本当ならばコンパウンドボウモドキで先制の攻撃をしたいところだが、ここは隙を突く事で一気に勝負を懸ける事にした。
案の定、敵は弓を使うのか、それとも槍と剣で迎え撃つのかの判断に時間を取られている。
迷う理由は先頭を進むのが、金銀4騎だからだ。
大き過ぎて距離感がおかしくなっているのだ。置いて行かれつつある通常サイズの5騎との比較でかなり接近されたと勘違いした事で混乱しているのだ。遠近法、怖いな…
一番槍?は大橋三曹だった。
最後の50㍍でスルリと先頭に出たと思ったら、突き出された槍を掻い潜り、勢いを殺す事無く左端のゴムルを長剣で撫で斬りに薙いだ。
青銅製の鎧さえ一刀両断出来るのに、強化されているとは言え革で出来た鎧では圧倒的な膂力が乗った遠心力に加え、高度な技術によって的確な角度で振り抜かれた鋼鉄製の剣を受け止める事は不可能だ。
更に左足の踏ん張りを使って、勢いを殺す事無く右に前進の方向を変えると、2列目の左端を同じ様に撫で斬りにして一旦戦線から離脱する。
思わず、大橋三曹の動きに注意を向けてしまった敵部隊の隙を突く様に、残りの3人が集団に襲い掛かった。
勢いを殺さずに長剣を水平に寝かせて注意が逸れたゴムルの心臓の位置に刺し込む。一瞬後、姿勢を低くしたゴムル本体が左肩から衝突すると、運動エネルギーの差で相手のゴムルが文字通り吹っ飛んだ。
その際、刺し込んだ経路と剣身が重なる様にグリップを調整すると、長剣があっさりと抜ける。
吹き飛ばされたゴムルは2列目のゴムルに激突してから白いエフェクトを撒き散らして霧散した。
解せんのは心臓と首の2か所から白いエフェクトが出ていた事だ。
慌てて俺を袈裟切りにしようと剣を抜いた隣のゴムルだが、その剣をわざと前に出ながら肩の大袖で受け止めると、距離を殺されて力が伝わらない剣はあっさりと止まった。
前進する勢いを使って膝蹴りを腹に叩き込んで突き放す。またもや後のゴムルを巻き込んで倒れたゴムルを無視して、ほんの少しの隙間を利用して、唐竹割りにしようと剣を振り上げている右側のゴムルの胴を薙ぐと胴の部分から断ち切れた。
立ち上がろうともがいているゴムルの首を刎ねると、敵部隊の前列が恐慌状態に陥った。
ああ、それを待っていた。
恐怖に駆られたゴムル遣いは、自分が死ぬ訳でもないのに、自分自身の筋肉を固くしてしまう。
そうすると、操っているゴムルの動きまで固くなる。
そうなってしまうと、いくら日頃鍛えていたとしても、キレのある剣術などゴムルで再現する事は不可能だ。
気が付くと、50騎居た敵の部隊は、金銀4騎に喰い散らかされていた。
念の為に言っておくが、残りの第7中隊のみんなもそれぞれ1騎から2騎は喰っていた。
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