第27話 『遠征』
「取り敢えず、各自2日分の非常食と飲料水、及び着替えの下着と野宿用のテントなどは用意しました」
「ありがとうございます」
そう答えながら、俺はドラド中隊長が差し出して来た大きめの背嚢を受け取った。
急遽決まった遠征の準備は、会談の間に第3中隊のデリー・ダン・ドラド4級士が主導して終えてくれていた。
今回の遠征に持って行く背嚢は陸自の戦闘背嚢一般用(1形)を参考にしたタイプだ。
素材はこちらの世界で手に入る物しか使っていなので、多少は重くなって強度もロックの簡単さも落ちてしまった。
まあ、プラスチックやナイロン素材が無いから仕方ないんだが、それでも今まで使っていたズタ袋に比べれば実用性は雲泥の差だ。状況次第では身体に負担が少ない形で背負える点と、外側に取り付けた複数のポケットを合わせれば30㍑を超える大容量が好評の一品だ。
凱旋から数日でまたもや出陣と云う慌ただしさだが、領主館前の広場は今日も満員だ。
ちょい悪オヤジの侵攻は毎年の事なのである意味ではマンネリ気味だったが、今回はこれまでにない危機だ。一歩間違うどころか数センチでもバランスがずれただけでも谷底に落ちる様な綱渡りを強いられる。
それでも恐慌に陥らずに見送りに来てくれるのは、俺たち金銀4騎に対する期待の裏返しだろう。
10年以上も続いたカシバリ郡の侵攻を1日で叩き潰した実績を基にした期待だ。
それだけに見送りも熱が入るのだろう。
受け取った背嚢を愛騎のララ竜の鞍の後部に有る金具に固定する。
「さすが、『カシワールの金銀4騎』ですね。これだけ期待と誇りと熱気のこもった見送りは初めて見ます」
愛騎に跨った時に声を掛けられた。
フェリックス・ダ・ハビキドル氏とラスバブ・ダ・フジイデル氏が、カシワール郡が提供したララ竜に跨って近寄って来た。彼らがここまで乗って来たララ竜は無理が祟ってグロッキーなのでお休みだ。
2人には、前線の後方に設けられている筈の防衛本部まで連れて行ってもらう事になっている。
まあ、無いとは思うが、敵と間違えられない為の付き添いだ。
「それに応えたいものです。準備はよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です。それと、この子を貸して頂き、ありがとうございます」
「なーに、困った時はお互い様ですよ。それに『情けは人の為ならず』と云う言葉を何かで読んだ事が有るのですが、他人にした善行は回りまわって自分に還って来る、という意味らしいです。今回の戦いに御利益が有るかもしれませんしね」
「『カシワールの金銀4騎』は武勇だけでなく、
「カシワール家の厚情に感謝を」
フェリックス氏とラスバブ氏と会話をしている間に、俺が指揮する臨時連隊の準備が完了した様だ。
18人の部下が騎乗して、整列を済ませていた。36個の瞳が俺を見ている。
右手を上げて、号令を出した。
「連隊、前へ!」
集まった観衆からの歓声が広場を埋めた。
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と或る29歳の男性の独白
統治する人間には雰囲気が必要だ、とハビキドル郡領主の父親から小さい頃から繰り返し言われて来た。
きっと、分家の嫡男だったのに、本家の嫡男と次男を同じ
だが、本物の統治者と云う実像を見た事で理解出来ているという考えは間違っていたと思い知らされた。
俺の半分も生きていない、成人にもなっていない13歳の子供なのに、見た瞬間に器の違いを思い知らされた。
昨日の夕方に届いた、信じられない報告も、彼を見た後なら有り得るだろうと思う。
どんな人間なら、たった数日でナラル盆地統一の道筋を付けられる?
どうすれば、サカイリョウ平野にも名が知られていた『カシバリの狂犬』の牙を、たった1日で抜く事が出来る?
俺には無理だ。一緒に来ていたラスも同じ意見だ。
第一、ラスは『カシワールの金銀4騎』絡みの逸話全てを大袈裟なプロパガンダだと決めつけていた。
その証拠に、領民の前には姿を頻繁に現すが、外交の場には姿を現さない、と云うのがヤツの主張の根拠だった。
だが、今なら、これまで外交の場に姿を現さなかった理由が分かる。
警戒されるのを嫌ったのだ。
もし近隣に傑出した領主が現れた場合、警戒するのは当然だ。
戦乱の世だ。侵略を戦略の柱に据える可能性は否定出来ない。
初陣で挙げた成果を考えれば、危険視されていただろう。
だから力が弱い内に叩くのも有り得る。それだけの戦力差がハビキドル郡とカシワール郡の間には横たわっていた。いや、そう思っていた。
もっとも、今となっては、彼が居てくれて助かった、と云う気持ちが湧く事を止められない。
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ララ竜で、踏み固められた道を進む。抑え気味に行う時の長距離の行進速度は時速15㌔ほどだ。
それを3時間は継続出来る。30分の休憩を挟んでまた同じ3時間走って野営するのが1日の旅程だと聞いている。
もっと速く走れるが、そうすると疲れが抜けなくて、長距離の行進には向かない。
そして、現在は時速25㌔は出している。この速度では1時間ももたないが、戦場となっているマツバル郡の戦場まではもつ。
初めて訪れたカシワール郡の西隣のフジイデル郡の景色は田園風景と云う印象
だ。
こじんまりとした領土だが、ほぼ平坦でヤマタイト川から引いた水路が収穫量を押し上げている。領民は7,000人ほどで、ムギルの収穫量は1
我がカシワール郡の10倍の収穫量は魅力だが、鉱山も材木の資源も工業基盤も無いので、面白味が無いと云う気もする。
フジイデル郡を通り過ぎれば、ハビキドル郡の北部に入る。
両郡の領主の嫡男が揃っているのであっさりと通されたが、フジイデル郡とハビキドル郡の郡境には関が有った。
関と言っても木造なので、ゴムルに掛かれば、あっという間に突破される程度でしかない。
ハビキドル郡は南北に長く、形的には北東部にフジイデル郡が埋め込まれた感じの領土だ。
領民は3万人ほどで、ムギルの収穫量は3万5
ハビキドル郡も田園風景が広がっていた。
気になったのは、避難民が居ない事だ。
敗報が伝わっていないのだろう。それとも、農民にとっては誰が支配しても同じだと割り切っているのか?
ハビキドル郡とマツバル郡の関は一転して、避難民が押し寄せていた。
着の身着のままで荷物を持っていないから、きっと戦場になってしまった地域の農民たちだろう。
関に詰めている双方の兵士(装備は槍だけで防具も着ていない)が、俺たちを通す為に農民を遠ざけてくれた。農民も大人しく言う事を聞いて混乱が起きなかったのが幸いだった。
さあて、もうここは戦場だ。
ちょっとした空間も出来たので、さっさと済ませてしまおう。
「フェリックス殿、ラスバブ殿、念の為にここでゴムル召喚をします。よろしいですか?」
他領で武装したゴムルを召喚するのだ。
乞われて来たとは言え、念の為に承諾を得る必要は有るだろう。
「ええ、分かりました。フェリックス・ダ・ハビキドルとラスバブ・ダ・フジイデルの名の下で、ゴムル召喚を承諾致します」
俺は目礼をした後、後ろを振り返って、号令を掛けた。
「連隊、召喚始め!」
どよめきが起こった。
すぐ近くからは、息を飲む音が2つした。
ああ、どうでも良いが、どよめきに交じって悲鳴が聞こえたが、何故なんだ?
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