第26話 『アサカノの衝撃』
「誰か来たみたいだな」
「赤・方形旗ですね。演習を中止しますか?」
「そうだな… よし、中止しよう。各小隊、演習中止。繰り返す、演習中止。その場で待機せよ」
カシワール郡南部の開墾に向いていない丘陵地帯に在るコクガヤ演習場で、カシバリ戦役で得られた戦訓を取り入れた演習を行っていた俺たちだったが、何か緊急の事態が起こったのか、赤い長方形の旗を掲げた伝令がやって来た。
赤く染められている旗は至急の連絡有、という意味がある。特に方形旗は重要度が高い事を示している。
伝令は1つ下の士官学校生だった。農村出身で純朴な男の子だ。初めて会った時に、俺たち金銀4騎と一緒に士官学校で学べるのが嬉しいと面と向かって言われた時は思わず照れて苦笑いをしたもんだ。
彼はララ竜から降りて敬礼後、やや早口で伝達事項を口にした。
「学校長から、至急、お戻り下さいとの事です」
「了解した」
俺は返事をした後で、確認した。
「何か聞いてる?」
「いえ! ですが、どうやら深刻な問題が発生した様で、非番の第3中隊のみなさんが呼び出されて、慌ただしく遠征の下準備をしていました」
第3中隊と云う事はカシバリ戦役の時に一緒に行動したデリー・ダン・ドラド4級士が中隊長をしている部隊だ。
遠征の準備と云う事は、カシワール郡に攻め込まれた訳では無いと云う事か?
ならばナラル盆地方面か?
意味も無くヤマタイト川の北側に兵力を置き始めたヤオル郡が動いたのか?
うん、情報が無さ過ぎて、推測のしようも無い。
「状況終了。可及的速やかに帰投する」
士官学校に戻ったら、俺たち兄弟だけすぐに領主館に行く様に指示された。
余程急ぎの用件なのだろう。学校長がわざわざ正門まで出迎えに来ていた程だ。
二言三言、言葉を交わしたが、どうやらサカイリョウ国とナニワント国の戦争で大きく戦局が動いたそうだった。
自宅の領主館に帰ると、すぐに応接間に通された。
そこには、カシワール郡の西側に在るハビキドル郡とフジイデル郡の人間が居た。
「すまんな、演習の最中に呼び出して。厄介な事態になった。まずは紹介しよう。ハビキドル郡領主の嫡男のフェリックス・ダ・ハビキドル殿とフジイデル郡領主嫡男のラスバブ・ダ・フジイデル殿だ」
親父の性急な紹介に合わせて立ち上がった2人から目礼をされた。
フェリックス氏は20歳台後半のヤリ手のインテリっぽい人物だった。ラスバブ氏は20歳くらいでやや軽そうな印象だ。
「自分はカシワール郡が領主、カズン・ダン・カシワールの第1子、ディアーク・ダ・カシワール、こちらが第2子、ヴァーレット・ダ・カシワール、第3子、アダルフォ・ダ・カシワール、そして第4子のアンウォルフ・ダ・カシワールです」
「ご丁寧に有難う御座います。噂は色々聞いておりますが、お会いして確信を持てました」
フェリックス氏の意味深な発言だが、何も新しい情報が無いので、相変わらず推測のしようが無い。
挨拶も終わったので、改めてソファに向かい合わせに座った。
同席している主席文官のグスターベ・ダン・ファルク副相が自ら動いて、俺たちの分の香草茶を淹れ終るのを待つ。
そして、親父がカップに残っていた香草茶を一気に飲み干してから話し始めた。
「現在、判明している状況を説明するぞ。今日の午前、サカイリョウ国の北部のアサカノと言う村の近くの丘陵地帯で大規模な戦闘が起こった。ナニワント国4,000、サカイリョウ国は自国の4,000と周辺の郡から掻き集めた1,000を合わせた合計5,000のゴムル遣いの対峙から始まった戦いは、裏切りを切っ掛けに一気に形勢が傾いて、サカイリョウ国のボロ負けで決着が付いた。その過程で、サカイリョウ国のゴムル遣いの半数が殺された」
なるほど…
そりゃあ、俺たちを大至急呼ぶ筈だ。
一歩間違えると、戦争の決着が悪い方で付いてしまう。
第一、貴重なゴムル遣いを2,000人も殺すなど、異常と言って良い。誓約で縛れば良いだけだし、どっちにしろゴムルを消失させられてしまったなら20日間は召喚出来ないので、その間は戦力外に出来る。
それなのに殺したと云う事は、よほどの覚悟が固まっているのか、別の理由が有るのか?
「ここまでで、何か質問は有るか?」
「確認ですが、裏切ったのはヤオル郡ですね?」
「ああ、その通りだ」
軍備増強だけでなく、最近の兵の配置など、ヤオル郡絡みの情報はきな臭いものが含まれていたから、正解はすぐに思い浮かんだ。むしろ、ヤオル郡以外が裏切ったら驚くだろう。
ここまで明確な行動に出たと云う事は、情報収集を頼んでいる商人たちもヤオル郡での活動に支障が出る可能性がある。下手すれば拘束される恐れも考えないといけなくなった。
喫緊の問題はナニワント国が何を目指すかだが…
「それで、ナニワント国の動きは?」
「2手に分かれた。2,500をサカイリョウ国の本拠地ミクニドの街に向かわせて、1,000弱とヤオル郡のゴムル遣いをマツバル郡に向かわせた。残りの500は消失した分だ」
サカイリョウ国の出方によってはあわよくば一気に片を付ける気で、最低でも東側を支配する気だ。
ミクニドの街に向かわせた2,500は抑えにもなるしな。
サカイリョウ国の南方に位置する郡や地域は不明だが、昨日までの各勢力のゴムル遣いは
サカイリョウ国
:全体 約9000人、成人前約2000人、現役約5000人、退役約2000人
カシワール郡
:全体 100人、成人前15人、現役59人、退役26人
ハビキドル郡
:全体 約900人、成人前約180人、現役約520人、退役約200人
フジイデル郡
:全体 約200人、成人前約40人、現役約110人、退役約50人
マツバル郡
:全体 約430人、成人前約90人、現役約250人、退役約90人
ナニワント国
:全体 約9600人、成人前約1000人、現役約7600人、退役約1000人
ヤオル郡
:全体 約400人、成人前約100人、現役約220人、退役約80人、 だった。
こうやって数字を並べると、我がカシワール郡が如何に弱小かを思い知らされるな…
「そこで、ハビキドル郡、フジイデル郡、そしてマツバル郡の3郡の総意として、是非とも貴郡からの助力が欲しくて、罷り越した次第です」
フェリックス氏が苦悩を滲ませた声で俺を見ながら言葉を発した。
こうやって真正面から見れば、追い詰められた色が目に浮かんでいる。
「幸いにして、3郡のゴムル遣いに人的被害は出ませんでしたが、会戦での消失率は6割を超えています。地の利が有る事と予備兵力を投入しているとは言え、碌な防御施設が無い為に、明日には防衛ラインを突破されるでしょう。そうなれば、一気に蹂躙されます。その前に何とかしなければ、貴郡も存亡の危機に陥る事はご理解頂けると思います。なにとぞ、ご助力をお願い致します」
そう言うと、フェリックス氏とラスバブ氏はソファから立ち上がって前に一歩動いた。そして、床に片膝をついて
念の為に一瞬だけ親父に目をやると、『任せる』と目でこっちに放り投げて来た。
「どうか頭をお上げ下さい。ここは4郡で協力して侵略者と裏切り者を跳ね返すのが最善でしょう。ただし、ヤマタイト川の対岸に居るヤオル郡の予備兵力の抑えにも戦力を残さないといけないので動かせるのは2個中隊だけになります。我々兄弟の中隊ともう1個中隊だけですが、戦力としてはそれなりの自負が有りますのでそれで御容赦下さい」
俺の言葉を理解した瞬間、2人とも顔を上げた。
「微力ながら、力を尽くさせて頂きます」
フェリックス氏が呟く様に言葉を紡いだ。
「有り難い… これで救われる…」
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