第25話 『凱旋』




 カシバリ郡から帰って来たら、えらい事になっていた。


 カシワフォン町の外に、帰って来る俺たちを一目見ようと近隣の住民が待ち構えていた。

 もしかしてずっと俺たちの帰還を待っていたのか?

 もちろん、町の大通りも人で一杯だ。辛うじて幅2㍍の道が確保されていて、ララ竜に乗った高い視点から見ると、割れた海の様に屋敷前の広場まで続いている。


 愛騎のララ竜が振り返って俺を見た。心なしか身体が沈んでいる。

 そして心細そうにクゥゥと鳴くので、安心させる為に首筋をさすってやる。


 まあ、ララ竜の習性からすると、こんなに沢山の人間が居る場所は苦手だろう。人ごみの中を歩く訓練などした事も無いしな。

 しばらくさすっていると、最後には気持ち良さそうに目を閉じてから前を向いた。

 沈んでいた身体もいつもの高さに戻った。


 この騒ぎが落ち着いたら、大好きなアッポの実をたくさん食べさせてやるからな。

 


 俺の柄では無いが、ゆっくりと進み出したララ竜の上で左右の群衆に向かって手を振る。俺が手を振る度に歓声が上がる。


 日本に居た頃にテレビで視た、どっかのプロ野球チームの優勝パレードを思い出した。ついでに優勝した力士のパレードも思い出した。


 そこに映っていた選手なり力士なりは優勝した喜びを実感するかの様な笑顔だったが、残念ながら俺はそんな気になれない。


 前世はしがない一介の自衛官だったからな。

 まあ、こっちで生まれて13年近く領主の息子をして来たからそれなりの笑顔は浮かべられるのは確かだが、家族が見たら無理しているとばれる程度の演技力だ。


 なんとなく後ろを振り返ったら、俺と同じ様に微妙な笑顔を浮かべている長谷川二曹の姿が目に入った。

 同類だ。うん、彼は俺の同類だ。なんだかホッとした。


 だが、その後ろを進む山中士長は満面の笑顔を浮かべて手を振っていた。

 凄いな… 

 ある意味、彼は俺たちが真似出来ないくらいの大物だな。



 屋敷前の広場に設置されている高台ステージ上に家族全員が居た。

 みんな椅子から立ち上がって、こちらを見て、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


 ララ竜から降りて、首をもう一度撫でて上げてから階段を昇って行く。歓声がまた大きくなった。

 昇りきれば、親父が待っていた。政治家が浮かべる笑顔ではなく、意外な程、素直な嬉しそうな笑顔だ。

 


「3人ともご苦労だった」

「有難う御座います。まあ、なんとか、原型はまとまりました」

「でかしたぞ。これで後背の心配はかなり解消されたな」

「ええ。それでもまだまだ足りませんけどね」



 ナラル盆地はほぼまとまったと言って良い。


 追加した3日間の大部分は、今後のナラル盆地の行方についての話し合いに潰された。


 大小様々な領地から面会の為に来たから、場所をカシバフォン町の中央広場に変えて、一般にも公開して話し合いをしてやった。


 まあ、俺たちの感覚的には国会みたいなものだったが、ナラル盆地の領主たちの受け取り方は違った。

 ここで情勢を見誤ったり、出遅れたりすると、立場が無くなると云う恐怖を持った様だ。

 一番遠い位置に在るナラル盆地の東の端の領主など、1昼夜を掛けて急行して来たくらいだ。

 

 もともとナラル盆地は、フソウフルム王朝全盛期には20万大樽まんコクを軽く超える収穫を上げる土地だった。

 正確な数字は不明だが、現在はそれを下回る収穫量になっている。


 原因は『カシバリの狂犬』による狼藉と、北方と南方から狙われ続けて来たからだ。


 特に痛かったのが、30年前に受けた北方からの侵略だ。

 その時にかなりの数の農民が連れ去られた様で、当時は盆地の半分の地域で荒れ果てた農地が放置されたらしい。


 その紛争で活躍したのが若かりし頃のちょい悪オヤジで、侵攻して来た軍を何度も追い返す原動力になったらしい。

 そのままだったらナラル盆地を救った英雄だったのだが、何故か戦闘狂になってしまって、暴れまくって復興の足かせに・・・

 まあ、ここ十数年はその矛先がカシワール郡に向かったせいで、盆地全体がかなり復調して来たが、それでも完全復活とは行かなかった。


 最終的に、取り敢えず決まった青写真は、『カシバリの狂犬』と恐れられていたちょい悪オヤジに代わって4年後に長谷川二曹がカシバリ家を継ぐ事。


 その時点をもって、ナラル盆地の盟主に長谷川二曹が就く事。


 細かな決め事はそれまでに話し合いで決める事。


 面白かったのが、或る領主が言った『狂犬を瞬殺した、まだ話の分かる竜に頭になって貰うのが一番良い』と云う言葉だった。

 ちょい悪オヤジが一番笑っていたのが、何とも言えんかったが・・・


 あの時のちょい悪オヤジを見るみんなの顔が忘れられん。

 まさしく、ハトが豆鉄砲を喰らった、という顔をしていたからな。

 追い打ちを掛ける様にちょい悪オヤジが『分かっているじゃないか。婿殿は竜そのものだ。羨ましいか?』と言ったものだから、何とも言えん空気が漂ったな。



 サラーシャ母さんとクローネ母さんからは、言葉も無く抱擁された。

 まあ、いわば敵地に護衛も連れずに乗り込んだのだから、本当に心配だったのだろう。

 思わず『ごめん』と言ったが、顔を上げた時には涙の跡は有ったが、なんとか笑顔に戻ってくれていた。


 居残りになった大橋三曹からは、左肩に右手の先を当てるこちらの敬礼をされたので、返礼をして終わりだ。


 最後になった異母妹のミーシャは、『ディ兄様、ヴァル兄様、ウォル兄様、お帰りなさいまし!』と言って、俺たちに抱き着いて来た。


 

 こうして、『オレンジプラン』で想定していた以上の成果を上げた初陣だったが、数日後には更なる混沌を呼び寄せる凶報が届いた。


 サカイリョウ国の主力が、アサカノと云う土地でナニワント国との決戦で撃破されたのだ。



 後に『カシバリの衝撃』を含めて『トリプル・ショック』と呼ばれる『アサカノの衝撃』だった。




 情勢が急な坂道を転がり始めた・・・






=お知らせ=

【第26話『アサカノの衝撃』、第27話『遠征』を明日更新するかどうかはお天道様次第・・・・・っス】

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