第24話 『カシバリ・ショック』




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と或る59歳の男性の独白



 わしが任されているカシバリ郡の隣の管区で発生した『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』の詳しい内容を、教会内の上層でだけ共有される特別会報で読んだ時には、どうせ政治的な目的で大袈裟に騒ぎ立てただけだと一瞬でも思ってしまった事は認める。


 だが、このまなこで見て、魂で感じてしまっては、儂も認めざるを得ん。



 まさに奇跡・・・


 教会内の礼拝所でもないのに、何故、あれだけの神々が3騎のゴムルを取り巻いているのだ?


 有り得ない・・・


 神々が教会の外で姿なり気配を現す事は寡聞にして聞いた事が無い。

 ましてや、楽しそうな気配を感じるなど、絶対に有り得ない。


 『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』で、恩恵の神・サーラ様が伝えられた御言葉みことばの内容は、本人達4人から後に聞き取りをしたおかげで大体の意味を伝えられていた。


 サーラ様が恩恵の儀で初めて『加護』を授けられた出来事も衝撃だったが、最後の一節が最大の衝撃だった。

 何故ならば、『期待する』と明言されていたのだ。


 これまで、サーラ様から『期待』された人間は存在しない。少なくとも教会は掴んでいない。 

 昨日からの出来事はこれから起こる事の序章でしかないのかもしれん。

 


 なんとか会おうとして昨日からカシバリ家とは交渉しているが、今現在色好い返事は貰っていない。

 もし会う事なく終われば、儂の立場は一気にまずくなる。

 なんとしてでも面談の交渉を成功させねば・・・


 


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と或る45歳の男性の独白



 これはまずい・・・


 ここ十数年間、カシバリ家はカシワール郡に執着して来た。


 そのおかげで助かっていたナラル盆地の領主は多い。

 特に盆地中央から西側の領主は、『カシバリの狂犬』と呼ばれた現当主が家督を継いでから毎年の様に、食料や農作物を奪われたり、農民を攫われたり、と散々な目に遭ったからな。


 その後、一転してカシワール郡に矛先を向け出した時には、助かった、と思わなかった領主は居ないだろう。 


 だが、情勢がまたもや変わってしまった。

 

 再び、『カシバリの狂犬』の矛先がナラル盆地に向けられる可能性が高くなったのだ。

 しかも、背中が凍るほどの非常識とも言って良い程の力を持った後ろ盾を得た上でだ。


 我があるじにこの事を早急に伝える事は当然だが、なんとしてでもカシワール家の人間と繋ぎを得る必要が有る。

 他家より一歩でも先んじれるかどうかに、我らが領土の安全が掛かっていると言って良いだろう。



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と或る29歳の男性の独白



 今、見たものを何と言って良いんだ?


 『狂犬』は味方だと言った。

 肩車している偽装の為の義理の息子は凄いゴムルを見れて嬉しいのか、やたらと拍手をしている。

 嫁のヤツも嬉しそうだ。息子を見上げて笑顔で一緒に拍手をしている。

 

 でも、俺は怖い・・・

 

 草として、この地にやって来てから、これ程の恐怖を感じたのは初めてだ。

 いつ俺の本当の身元がバレルかとビクビクするのとは違った恐怖だ。

 

 恐怖が顔に出てたのだろう。

 隠れ蓑に利用している母子がそんな俺を不思議そうな顔で見た。

 

 全ての精神力をかき集めて辛うじて浮かべた俺の笑顔は、2人にはどんな笑顔に映ったのだろう・・・



 懐かしの故郷に今すぐ帰りたい・・・・・



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と或る39歳の男性の独白



 侮った積りは無かったが、まさかこれほどの武とは・・・


 これを見せられれば、たった1度の戦いで我らの郡のゴムル隊の大半を壊滅させたという話も納得せざるを得ん。

 味方になれば心強いなんてものではないが、敵の立場になれば絶望を味わうかもしれんぞ。


 それに伝え聞いていた以上に実際に会ったカシワール家の跡取りは、まつりごとに関する面でも優秀だった。

 領民から慕われていて、まつりごとの能力も高く、武にも飛び抜けてひいでている。


 そんな跡取りが隣領で頭角を現したら、脅威以外の何物でも無い。


 お屋形様の決断は正しい。むしろ褒めるしか出来ん。

 

 そして、これはチャンスだ。

 カシワール家とカシバリ家の結びつきはナラル盆地の再編に波及する。

 しかも、経済分野でも影響が出て来るだろう。

 ここ10年以上紛争が無かった(皮肉にも我らのお屋形様を恐れて協同したからだが)ナラル盆地には、カシワールの魔道具を欲しがっている富裕層が厚みを持って存在する。


 その輸送路は我らのカシバリ郡を横断する。



 これから忙しくなるぞ・・・




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 デモンストレーションはつつがなく終わった。

 カシバリ郡の領民に熱狂的に受け入れられたと考えても良いだろう。 


 最後にカシワール家の名代として挨拶をした後、カシバリ邸に戻ると、面会希望者の列が出来ていた。

 そりゃあ、カシバリ郡をくだしたカシワール家の意向を確認しない事には枕を高くして寝れんだろう。


 ナラル盆地全体の再編も視野に入れた戦略の手直しも必要だな。



 面会希望者とは、午前の会談で使った部屋で順番に会う事にした。

 その際、カシバリ郡の有力者も同席した。有力者の20人全員が同席を希望したしな。

 同席には複数の政治的な意味あいが有る。


 まずはカシバリ郡は一枚岩で纏まっているという対外的なサインだ。切り崩し対策の一環だ。


 次に、有力者を同席させる事で、彼らがカシワール家に対する疑心暗鬼を抱かさせない様にする為だ。付き合いが短過ぎるので、ちょっとしたすれ違いの芽さえも潰すと云う事だ。


 3つ目は、合議制の雛壇を作る為だ。ちょい悪オヤジがワンマンで決めて来たこれまでの様な体制を変換させる伏線だ。




 面会はまずまずの手応えを感じさせたが、1日で終わる訳も無く、結局3日間も費やした。






 カシバリ郡の侵攻から始まる一連の出来事は、後に『カシバリの衝撃』として広く知られる事になる。







=お知らせ=

【第25話『凱旋』は本日2024/10/05(土)の12:00に公開予定です】

【物語もある程度進んだので宜しければ中間評価をして頂ければ幸いです(^o^)/】

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