第23話 『サスケハナ』




 午後の1時過ぎには準備も整った様で、カシバリ郡の領主ヘアナンド・ダン・カシバリを先頭にカシバリ邸を出発した。


 櫓門を出る前から多数の気配がしていたが、沿道は凄い人波だった。

 通常の式典などでは姿を見せる為にオープン形式の馬車を使うそうだが、今日は群衆で余りにも道が狭くなっているから危険だと云う事で徒歩で練り歩くことになっている。


 ひょっとして、滅多に姿を現さない深窓の令嬢のアダリズ嬢目当てか?



「ヅーダ爺、元気にしていたか! クレナ婆さんの持病はマシか?」

「おお、デッグか! あの店には今も行ってるのか? ほお、まだまだ若いな!」


 ちょい悪オヤジは、時々立ち止っては、おじいちゃんに話し掛けた。

 農作業からも退いて隠居しているゴムル遣いなのかもしれんな。

 割と平気で人垣に近付くのだが、領民との距離が近い証拠だろう。

 その人心掌握の術も、なんだかんだでこの乱世を生き延びて来ただけ有ると云う事なのだろう。


 もっとも、奴隷の扱いに関しては冷酷と言えるが、こればかりは日本で育った俺たちがこちらの世界では異端なのかもしれん。



 ちょい悪オヤジの後ろにクラーラ・ナ・カシバリとアダリズ・ヌ・カシバリの母娘が続いている。


 アダリズ嬢はこう云う場に慣れていないのが丸わかりだ。緊張のせいで笑顔がちょっと硬い。群衆に振る手もぎこちない。16式機動戦闘車キドセンで使っていた潤滑剤を差して上げたくなるレベルだ。


 数分に1度の頻度で、後ろを歩く長谷川二曹を振り返っている。

 長谷川二曹の後ろに居るから分かるが、数秒間見たら強張った笑顔が柔らかくなっている。

 きっと長谷川二曹が微笑み返しているのだろう。

 2人の間に漂う甘い空気から糖分だけを抽出できる魔道具の開発に成功すれば大儲け間違い無しだな。

 


「ディアーク様、先ほどお願いした件、よろしく願いますぞ」

「ええ、父には要望を伝えておきましょう」

 

 昼食を一緒に摂った事で、少しは親しくなった有力者の1人が改めてお願いをして来た。


 カシワール郡名産の魔道具は、これまでカシバリ郡に直接販売する事は無かった。

 親父が禁止しなくとも紛争中の相手に売り込みを掛ける様なお抱えの商人は居ない。

 下手に売って、不興を買えば譲渡されたとはいえ大事な商売道具のオルゴールを取り上げられるかもしれないからだ。


 まあ、実際は迂回販路で購入する事は可能だろうが、販路を誤魔化す為に仲介人が何人か中に入る事で価格は大幅に上昇していた筈だ。

 その様な仲介人無しで購入出来る様にと、親父から直接商人に言って貰えれば、大手を振って購入出来る様になる。お互いに損は無い(仲介人にとっては由々しき問題だろうが)。


 

 カシバリ郡の中心地と言えるカシバフォン町の中央広場は、沿道よりも更に立錐の余地が無い程に混んでいた。

 昨日来た時には開いていた露店は全て片付けられている。


 カシワール郡のカシワフォン町の領主館玄関前広場と同じく、何か有ればここで集会などが開かれているのだろう。

 また昨日との違いとして、高さ1㍍程の貴人用のステージが設置されている。

 椅子が26脚置いてあるところを見ると、会談に参加した有力者の分も用意されているのだろう。


 席について数分後に式典は始まった。


 まずはちょい悪オヤジの演説だ。

 拡声の機能を持つ魔道具が設置されている。デザイン的にはタワースピーカーとマイクを1体型にしている据え置きタイプだ。

 あの形式は10年以上前に他の生産地で作られたタイプだな。

 カシワール郡ではもっと小型でもっと出力が大きくて、ノイズの少ない高音質の拡声魔道具が製造されている。


『今日は急遽集まって貰って済まんな。もう、知っているもんも居るだろうが、この度の遠征で我がカシバリ郡は完敗した』


 ここでちょい悪オヤジは溜めを作った。


『信じられるか? あっという間に本隊の8割をやられたんだぞ? 俺自身が信じられんかったぞ。そこで、俺はひらめいた訳だ。押してダメなら引いてみよ、とな』


 その言葉は、昼食会の時に俺が使った言葉だ。

 意外と、ちょい悪オヤジは新しい言い回しに食いつく。

 第一印象ではもっと脳筋のイメージが強かったんだがな。


『だから、俺は言ってやったんだ。降伏するから婿をくれ、とな!』


 何故か爆笑が起きた。

 いや、そこ笑うところか?

 もしかして、カシバリ郡の住民は全員が脳筋なのか?

 カシワール郡でも大概脳筋だったのに、ここは脳筋の巣窟なのか?


『さて、いつまでも俺が喋っていては紹介出来んな。婚約した2人を紹介しよう。俺が最も愛する1人娘のアディと許嫁のヴァーレット・ダ・カシワールだ』


 

 なんとも形容のしようが無いどよめきが起きた。

 ほとんどの住民が見た事の無い領主の娘と、噂の金銀4騎の内の1人を見れるのだからな。

 さりげなく長谷川二曹がエスコートする形で、2人は拡声の魔道具の方に向かった。

 


わたくし、アダリズ・ヌ・カシバリは、ヴァーレット・ダ・カシワール様と婚約を致しました』


 緊張で蚊が鳴く様な声だが、なんとかアダリズ嬢は噛む事無く言い切った。

 後ろから見ても、ふぅぅぅという感じで力が抜けて行くのが分かる。


 それをさりげなく労わる様に長谷川二曹が手を伸ばすが、途中で方向を変えた。

 後ろから見ていたから分かるが、あれは頭を撫でようとして途中で気付いて肩に手を置いたな。

 

『自分、ヴァーレット・ダ・カシワールもアダリズ・ヌ・カシバリ嬢と婚約し、守る事を誓おう』


 何気にお父さんモードが滲み出ている気がするのは俺の気のせいだろうか?

 2人の誓いの言葉に、群衆の熱気は最高潮だ。

 拍手と歓声が鳴り止まない。

 しばらくしてから、ちょい悪オヤジが拍手をしながら拡声魔道具に近付いた。


『さあて、これからはカシワール郡は敵では無く、味方になる。そこで、皆に見て貰いたいものがある。見れば、俺が全面降伏した時の気持ちが分かる筈だ』



 どうやら俺と山中士長の出番だ。

 アダリズ嬢が1度長谷川二曹の顔を見上げて、貴賓席の方に戻って来た。

 そう言えば、この場に居る人間で俺たちのゴムルを見たのは、ちょい悪オヤジだけだな。

 みんなはどんなリアクションを見せてくれるのだろう。



『いいか、念の為に言っておくが、これから召喚されるゴムルは味方だぞ。味方になった事を感謝するがいい。では、頼む』


 最後の一言は俺たちに向けて発せられた。

 俺たちは頷いて、長谷川二曹を挟むようにして並んで立った。

 2人に聞こえる程度の小声で号令を掛けた。


召喚しょうかーん、前!」


 息を合わせて召喚したゴムルの姿が光の円柱から現れた瞬間、群衆が思わず身を引いたのが分かった。

 実際にウッッと云う声が津波の様に群衆から漏れた。

 俺たち自身では分からないが、どうも俺たちのゴムルには威圧を放つ機能が有るかもしれない。まあ、味方には効果を及ぼさない様なので実害はないので良いのだが。


 わざわざちょい悪オヤジが事前に味方だと言った理由だ。

 それと、俺たちの噂を聞いていたとしても、その噂には全長が4㍍を軽く超えている、という情報は含まれていないだろう。大々的に公開したのは恩恵の儀の時だけだからな。出陣の時にも披露したが、最近過ぎて噂が届いていない筈だ。



 今、俺たち3人のゴムルは青銅製の鞘に納めた鋼鉄製の長剣を左手に持っている状態だ。

 コンパウンドボウモドキは、矢の収納ケースと共に追加装備した背中のラックに固定されている。

 

ささげー、剣!」


 ゴムルの右手で長剣のグリップを握り、左手の親指で青銅製の鞘に在るボタンを押し込む。

 その途端に仕込まれたバネが解放されて、鞘がパカリと開く。


「構えー、剣!」


 左手の親指を更に押し込んで長剣固定用のラッチを完全に開放する。と同時に、右手を少し下げてから円を描く様に長剣で前をぐ。

 長剣が完全に前を向いたら手首を立てて動きを止めた。

 この状態を維持する事は、並みのゴムルでは不可能だ。

 なんせ4㍍もの長さの鋼鉄製の剣の重みが手首に集中的に掛かっているのだ。


「立てー、剣!」


 長剣を起こしながら、手首を起こす。

 そして、長剣を右肩にそっと置く。日本刀と違って長剣は諸刃の為に、力加減を間違うと鎧下の鎧直垂よろいひたたれを斬ってしまう。まあ、すぐに復元されるんだが、意識の問題だ。陸自の隊員なら拘りが分かってくれると思う。

 どうでも良いが、イラクのサマワに派遣されたヤツが言っていたが、外国の軍隊の車輛と自衛隊の車輛は簡単に見分ける事が出来たそうだ。

 冗談交じりだったが、『まっすぐに揃って駐車しているのが自衛隊の車輛で、それ以外は全て外国の軍隊の車輛だ』と言っていた。


 まあ、形から入って形を極めようとするのが日本人の悪い癖かもしれんな。



 3騎の一連の動作が余りにも綺麗に揃っていたので、息を詰めて見惚れていた群衆が少ししてから呼吸をする事を思い出したかの様に息を吸った。


 一瞬後に爆発的な歓声が起こった。







=お知らせ=

【第24話『カシバリ・ショック』、第25話『凱旋』は明日2024/10/05(土)の08:00と12:00に公開予定です】

【物語もある程度進んだので宜しければ中間評価をして頂ければ幸いです(^o^)/】



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