第20話 『料理チート』




「2人の相性は抜群の様ですから」



 そうは言ったものの、正確に言うと少し違う。


 前世の職場仲間としての5年間、今世では兄弟としての13年近くを一緒に過ごしたから分かるが、長谷川辰雄二曹は娘を見る目をしている。

 前世では彼はアラフォーだったから、嫁さんも子供も居た。

 確かこっちの世界に来た時には長女がちょうど11歳だった筈だ。

 長男の弟と一緒に写っているスマフォの待ち受け画面を見た事が有るが、大人しそうな可愛らしい子だった気がする。


 自分の娘と同じ年頃の女の子を見る目が優しくなるのは当然か。

 いや、よく考えるとアダリズ嬢の中身が11歳という保証は無い。俺たちと同じ年代と云う事も十分にあり得る。


 もっとも、婚約までは良いが、実際に結婚と云う段になると心境は複雑になるだろうな。



 なんにしろ、今更だが2人の会話をこれ以上聞かせるのは危険だ。

 うん、2人には違う場所で話し合ってもらった方が良いだろう。



「ここは1つ、若い2人にはじっくりとお互いを知り合える時間を設けた方が良いでしょう。アダリズ嬢、ヴァルに庭を案内してもらっても良いですか?」


 俺がそう声を掛けると、アダリズ嬢が目をパチクリとした後で、ニッコリと笑った。

 笑うと、儚さが消えて印象が変わる子だな。


「そうですね。お父様、お母様、お庭を案内して来ても構いませんか?」

「あ、ああ」

「そうね、今ならブロアルの花が見頃だから、お見せして上げたら?」

「はい、そうします。それでは失礼致します」



 どうでも良いが、山中次郎士長が俺の隣で笑いを堪え切れずに震えていた。


 まあ、12歳の子供が言うセリフでは無いな、若い2人同士でどうのこうのなんて。



 アダリズ嬢が長谷川二曹の前に立って、客間から出て行くのを眺めた後で、ちょい悪オヤジがこっちを見た。

 真剣な顔だ。真面目な顔だけでなく真剣な顔も出来るのだな。


「アディは小さい頃は泣き虫でな、しょっちゅう泣いていた。その時に意味の分からない言葉をよくしゃべっていた。最近ではそういう事も無くなって、笑顔を見せてくれる様になった」


 ここで、一旦、ヘアナンド・ダン・カシバリは言葉を切った。


「だが、先ほど、久し振りにその時の言葉を使った。秘密にしたいだろうが、アディに関わる事だ。教えてくれんか? お前さんたちは何者だ?」



 その表情は真剣と心配をブレンドしたものだった。


 歳を取ってから生まれた、目に入れても痛くない一人娘。その子が苦しんだであろう秘密が分かるかも知れないのだ。真剣にも心配にもなるか。



「当然理解頂けると思いますが、全てを教える事はしませんよ。ですが、少なくとも我々は『恩恵の神・サーラ』から最大限の恩恵を受けた存在、とだけは言っておきましょう」

「アディは『恩恵の神・サーラ』から、初めて聞いたような恩恵を授かった。『料理百科事典』と本人は言っていた。本人は喜んでいたが、関係が有るのか?」

「関係は分かりません。ですが、これだけは言えるでしょう。あなたたちの娘さんも類い稀な恩恵を授かった事は確実です」



 この世界の料理は、食材はそれなりに有るのだが余り美味しくない。

 地球と違って調味料や香辛料が圧倒的に少ないのだ。


 例えば、日本の台所にある調味料や香辛料を思い出して欲しい。


 塩、砂糖、醤油、酢、味醂みりん、料理酒、胡椒、豆板醤、甜麺醤、ラー油、旨み調味料、鰹節、干し昆布、ローレルなどのハーブ類、生姜、山葵わさび、山椒、唐辛子、コリアンダー、ターメリック、クミン、焼きそばソースに代表される各種料理に最適化されたソース類、お手軽お鍋料理のもと、などなど・・・


 まさに世界中が原産というモノが簡単に手に入るという恵まれた環境が日本だ。

 しかも和・洋・中に加えて、その他のマイナーな料理も平気で取り入れて来たせいで、庶民が口にできるバリエーションは世界一と言って良いだろう。

 そんな恵まれた環境に慣れた俺たちにとって、この世界の料理は余りにも貧弱だった。

 どれだけ醤油が恋しかったか…

 チューブに入ったお手軽な調味料が実はとんでもない宝モノだと嫌でも気付かされた。


 『料理百科事典』は、そんな状況を改善出来る可能性が有るのだ。

 


「そうか…。『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』程ではないが、やはりアディも『恩恵の神・サーラ』に愛されているんだな」


 その恥ずかしい名称は出来れば使って欲しくないな。

 山中士長も苦笑を浮かべている。



 その後、2人が戻ってくるまでの1時間くらいを、オルゴール開発の話で潰した。

 フソウフルム王朝時代は楽器に関しては結構充実しており、それなりに盛んだった様だ。

 戦乱の世になってからは、それどころではなかった様だが、それでも根付いた音楽は残されているし、西の大国サカイリョウ国や隣国のヤオル郡は今も音楽が盛んだ。


 そんなところに、出現したオルゴールは驚きを持って迎え入れられた。


 実はオルゴールを造りたいと言い出したのは長谷川二曹だ。

 新しい魔道具のアイデアを、4人で思いつくままに挙げていた時に長谷川二曹が出したのが最初だ。

 結局その時は無難にドライヤーもどきを選んだが、それと並行して違う工房にオルゴールの試作を委託した。長谷川二曹曰く、実家に有った古いオルゴールを子供の頃に何回も分解して組み立てた事が有って、構造を知っているから苦労せずに済みそうだ、と言っていた。

 パッヘルベルのカノンは、そのオルゴールに刻まれていた曲だったらしい。

 まあ、実際に試作に取り掛かってからは苦労の連続だったが。

 それでも、1年で形になったのだから無線機モドキに比べれば圧倒的に早い方だと思う。



 前世の事は出さずに、開発苦労話と販売した先の話題だけで1時間は潰せた。

 


 夕食は、この世界に来てから食べた中では、一番美味しかった。


 カシバリ郡の標高の高い山中でしか採れない胡椒モドキが加わるだけで、お肉があれほど旨くなるなんて衝撃だった。

 大昔、胡椒が金や銀と同価値で扱われたという話を聞いた時は大袈裟だな、と思っていたが、この衝撃を味わうと不思議ではないな。


 それと、マヨネーズモドキにも驚いた。

 地球では食用油、卵、酢で造られていたが、こちらではドムと言う木のアボガドの様な形をした実を熟成させた後にいくつかの加工を施すらしい。

 マヨラーでない俺でさえ、美味しさのあまりサラダを今世で一番食べたのだ。マヨラーの山中士長が涙を流しながら食べたのも仕方が無い事だろう。


 食事の間、料理の説明をしてくれたアダリズ嬢は終始笑顔だった。

 家族に振る舞ってもお世辞混じりだと思っていたのかもしれない。


 だが、山中士長が泣きながら食べたり、俺と長谷川二曹が素直に賛辞を送った事で自信を深めたのは確実だろう。



 夕食後はゆったりとお茶を楽しんだ。

 これも今までに出逢わなかった味だった。

 紅茶の味に近いが、ほんの少しの酸味と甘みが有って、さっぱりとした味わいだった。

 強いて言うとレモンティ微糖風味と云う感じになるのだろうか?

 これもアダリズ嬢の恩恵『料理百科事典』から得られた新たな産物らしい。


 お茶の時間も終わって、入浴の時間になったが、こちらはカシワール産の魔道具が使われていた。

 直接販売した記憶が無いので、迂回経路で購入したのだろう。

 意外なところにお得意さんが居たが、もし故障したらどうするのだろう?

 ちなみに、これはアダリズ嬢がどうしても欲しいと言って買ってもらったらしい。

 シャワータイプだったのは元アメリカ人なら当然か。



 さて、就寝時間になったが、部屋は3人部屋を希望した。

 今日1日で集まった情報を3人で擦り合わせて、今後の検討を話し合う必要が有るからだ。


 いや、決して長谷川二曹を問い詰める為では無い。

 あくまでも、カシワール郡とカシバリ郡の将来を見据えた大事な大事なディスカッションだ。



「で、長谷川二曹、アディちゃんの中の人は何歳だったんですか?」


 

 真っ先に質問した山中士長だが、きっとカシワール郡とカシバリ郡の将来を見据えた大事な質問の筈だ。


「12歳だったらしいぞ」

「ぎるてぃ!」



 カシワール郡とカシバリ郡の将来を見据えた大事なディスカッションだよな?



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