第19話 『カノン』




 屋敷に案内されてお邪魔したが、この乱世の時代にしてはかなり立派な2階建ての屋敷だ。

 様式などはさっぱり分からないが、一部でレンガを使った木造の洋館と云う佇まいだ。


 一目見た印象としては古い映画の『風と共に去りぬ』にでも出て来そうな感じだ。

 俺たちの屋敷よりも立派で新しいが、少し古びた感じもするので、築30年くらいは経っていそうな気がする。

 


「なかなか良い家だろ? 親父が晩年に建てたが、かなり金が掛かったんだぜ。まあ、最近は痛んで来たんで修繕の手間が増えて来たがな」

「ええ、確かに当家の屋敷よりも立派な屋敷ですね」

「亡くなった親父がお前んところより立派な屋敷を建てる為に無理したからな」


 変なところでライバル心を燃やされていた。

 知ったからと言って、何の御利益も無い無駄な知識だな。


 

「おう、この部屋が客間だ。まあ、何も無い殺風景な部屋だがな」


 通された部屋は12畳ほどの広さが在った。

 暖炉が目立つ。カシバリ郡は盆地と言えば盆地なので冬は寒くなるのかもしれない。

 かなり立派なソファが向かい合わせに置いてある。


 そして、壁には立派なガラムバゼルの首から上の剥製が飾られていた。地球では写真でしか見た事の無い装飾だ。

 詳しくは知らないが、地球だったら環境保護団体が抗議しそうな気がするがどうなんだろう?

 ま、今さら気にしても仕方ない事だな。


 ちなみにガラムバゼルとは、地球で言うヘラジカの様な位置づけの山に住む草食動物だ。

 体高が大人の身長並みで、体長は3㍍近い。

 もし俺が日本語で名を付けるとしたら『兜大鹿』にするだろう。

 角が兜の様に見えるからだ。


 メスはそれほどでも無いが、オスは縄張りとつがいに関してはかなり攻撃的らしい。

 その自慢の兜で、オス同士がメスを懸けて数時間にも亘って頭突き合戦を繰り広げるらしい。

 その間、争いのもととなったメスのガラムバゼルは草を食べたり、寝そべったりと自由気ままに過ごすと云うから、勇壮な兜角も少々哀しく見えるから不思議だ。



「立派なガラムバゼルですね」

「そうだろ? 俺が生身で狩ったんだ。婿殿が来たら狩りに連れて行ってやるぞ」

「それは楽しみですね」


 長谷川辰雄二曹が誘いに応じた。

 

「さて、ソファに腰を落ち着けてくれ。積もる話も有るからな」


 

 全員が腰を降ろしたのを見計らって、ちょい悪オヤジがゴホンと空咳をした。


「どこから説明したもんか… 取り敢えず、今回の遠征は完全にボロ負けした。俺の本隊はなす術もなく完全に叩かれたからな。8割以上のゴムルが消失して、俺まで捕虜になったくらいだ」


 クラーラ夫人もアダリズ嬢も驚いた表情を見せた。


「まあ… それで誰か大怪我とかしなかったのですか?」

「かすり傷くらいは居ただろうが、大きな怪我をしたヤツは居ないな」

「そうですか、それは良かったですわ」


 夫人の質問に真面目な顔でちょい悪オヤジが答えた。ちゃんと真面目な顔も出来るじゃないか。


「でだな、俺なりに考えたんだが、これからも対立するより、噂の金銀4騎をいっその事取り込んだ方が得じゃね? と思った訳だ。こいつらが敵のままなら、どうしようも無いからな。正直、次に戦っても勝てる気が全くせん」

「あら、貴方あなたにしては潔い事で」

「いや、ほんと、アレに勝つのは無理だな。なんせ、身長が6ヤド(約4.2㍍)も有るんだぞ? その癖、動きが速いし、装備もやたら金を掛けてやがるし。信じられるか、6ヤドもの長さの鋼の剣を用意してたんだぞ。兄弟4人ともだ。そんなの相手に勝つ算段を考えるのは時間の無駄ってもんだ」


 本人達を目の前にして、あけすけに言い放った。


「そういう訳で、完全に降伏する条件と引き換えに、次男坊を貰う事にしたんだ。お前に相談も無く決めたのは悪かったと思ってる。だが、あのタイミングで決めんと後から言っても更に譲歩するしかなくなるからな」


 夫人は目を瞑ったかと思うとすぐに視線をアダリズ嬢に向けた。


「どうやら、嫌も応も無い様です。こんな世の中ですから、相手に依っては一族郎党討死の上でこのカシバリ郡を明け渡すしか無い事態も有り得ました。それを婿を取るだけで済ませると言うのは温情以外の何物でも無いでしょう」


 両親の決断は終わった。

 だが、俺たちとしても元日本人として、アダリズ嬢に無理強いはしたくないと云う心情も有る。

 その本人は少しだけ俯いた後で、了承した。


「分かりました。お父様とお母様の判断に従います」


 うーん、やはり、急に言われても心から納得は無理だろうな。

 なんせ、まだ11歳だからな。日本でなら中学生の1年生くらいでしかないのに、自分の結婚相手が決まるのは嫌だろう。



「まあ、急に言われても、はい、そうですか、とはならんだろう。何回か会って、徐々に距離を詰めて行けば良いんだよ、アディ」

「はい」


 ちょい悪オヤジの癖に、夫人に対する時と違って糖分盛り盛りの甘い声だ。

 その声を聞くだけで、どれだけ一人娘を溺愛しているかが分かる。


「そうそう、アディに渡す物が有るんだ。カシワールが造った、もの凄く珍しいモノだそうだ」


 そう言って、懐から木の箱を取り出した。カシワール家の紋章の他にも花の模様を模った装飾も施されていて、宝箱の様にも見える。

 箱を開けると、アダリズ嬢の表情が一変した。

 小さく、『え、まさか…』と呟いた。

 ちょい悪オヤジがゼンマイを回して手を放すと、パッヘルベルのカノンの旋律が客間に流れ出した。

 アダリズ嬢の反応が気になって見ていると、両目から大粒の涙がこぼれた。


「え、あ、どうした? お腹が痛いのか?」


 まるで予想もしていなかった反応に、ちょい悪オヤジが狼狽えて訳の分からない事を言いだした。

 夫人も思い当たる節が無いのか、アダリズ嬢の背中をさする事しか出来ない。

 

「Kanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo…」


 アダリズ嬢が涙で震える声で、この世界の言葉以外の言葉で呟いた。

 最初の言葉はカノンと言った気がするが、自信が無い。

 その場に居た他の4人は聞き取れなかったのか、誰も言葉を発しなかった。

 


「ええ、パッヘルベルのカノンです。この曲が分かると云う事は、貴女あなたも『Earth』からの?」


 いや、長谷川辰雄二曹が反応した。

 その表情はこれまで俺が見た事の無い程に優しいものだった。


「Oh my God…  Oh my God!」


 さすがに今度は聞き取れたし、意味も分かった。アダリズ嬢が英語を使った事も…

 アダリズ嬢の視線は長谷川二曹に向けられていた。そこには歓喜の色が溢れていた。


「我々4人は『Japan』から来ました」

「私は『State of California』です。ああ、奇跡は起こるのですね」

「いえ、奇跡では無いと思いますよ。奇跡と思える事が2回も起こると、それは必然と言えるのでは?」

「もしくは運命?」

「その方がこの場合は合いそうですね」



 どうでも良いが、2人が生み出した世界に俺たち4人は置いてけぼりを食らっているのだが?

 特に、アダリズ嬢の両親はついて行けずに目が点になっているぞ?


 何となく既視感を覚えたが、ああ、あれだ。

 昨日も見た、ハトが豆鉄砲を食らった様な顔と云うヤツだ。

 仕方ない、現実に戻してやるとしよう。


「どうやら、この婚約に反対する者は誰も居なくなった様ですね」


  

 ギギギという動作音がしそうな程にぎこちなく両親がこちらを見た。



「2人の相性は抜群の様ですから」



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