第18話 『マイナスイオン』



 地球風に言えば午後3時くらいにカシバリ郡の中心地と言えるカシバフォンの町までやって来た。


 カシバリ郡の領軍は町の東側に在る駐屯地に戻ったので、今はちょい悪オヤジことヘアナンド・ダン・カシバリとその供回りの2人、それと俺たち兄弟3人の6人だけだ。



 ここに来るまでに通過した村の様子は、飢えてはいないが栄えてもいない、発展出来る余地は残されている、という印象だ。


 具体的には、手付かずで放置されている開墾出来る土地が在ったり、開拓した土地を活用しきれていなかったり、道路に代表されるインフラが整備されていなかったり、庶民の暮らしがカシワール郡より劣る様に見える事、などが目に付いた。


 まあ、この乱世では、領民を飢えさせないと云う時点で、まだ善政を敷いている方だと言える。

 多くの商人から各地の情報を収集しているが、丸ごと焼け落ちてしまって再建もされずに放棄された町や村の話をよく聞くので、そういう意味では戦乱の影響を受けていないだけで立派と言えば立派なのだろう。

 それに、戦乱で焼け出される以外にも、領主の圧政で食べて行けないから流民になる人間も後を絶たない。

 それが更に乱世に拍車を掛けるという悪循環だ。


 カシバリ郡が荒れていないと云う事で、カシワール郡に流民が来ない分だけ助かっているのも事実だ。

 


 そうそう、ちょい悪オヤジはあいさつに来る通り道の村長に、『カシワール郡に完全降伏したが一人娘の婿を獲得したのでいくさに敗れて、勝負に勝った』と言いふらしていた。


 負け惜しみでは無く本気で言っているせいもあり、衝撃的な事実な筈なのだが、聞かされた村長たちは意外と平静に受け止めていた。


 まあ、今回のカシバリ郡行きに俺を含めて兄弟3人しか同行していない事も混乱を起こさない要因だろう。普通は勝った方の占領部隊が乗り込んで来るのが当たり前だが、今回は成人前の子供が3人しかやって来ていないのだから、混乱のしようが無いのだろう。



「どうだ、なかなかに立派な町だろう?」


 町の大通りを進みながら、ちょい悪オヤジが自慢げに言った。

 

 平屋の木造建築が多いので江戸時代の街並みに見える(もちろん実際に見た事は無いのだが)。

 素直な感想で言えば、カシワール郡の中心地のカシワフォンの町の方が発展している。

 なんせ、カシワール郡は狭い土地に3000人もの領民が住んでいるのだ。どうしても人口密度が高くなる。そんな中、カシワフォンの町はここ10年間は人口が継続して増加傾向にあるので土地活用の観点から2階建ての建物が増えた。


 それに、魔道具を求めて行商人がやって来るので人の往来が多い。

 だからどうしても比較すると劣って見えるのは仕方が無い。

 

「そうですね、戦乱の影響を受けていないだけでも立派な事だと思います」

「そうだろう」



 意外だと思ったのが、領主が還って来たにも係わらず、町民の反応が薄い点だ。

 6人ともララ竜に乗っているせいで目立つが、俺たちを見た後で軽く頭を下げられるだけだ。

 もっと、こう、ちょい悪オヤジのキャラだと、時代劇の様にハハァ、って感じで平伏されるかと思っていた。



「それと意外と町民の反応が薄いですね」

「ん、何か不思議か?」

「カシワール郡ではもっと敬われた感じでお辞儀されますから」

「ああ、それはお前んとこがおかしいんだよ。お前んとこは領民の忠誠度が異常に高いからな。ま、他のとこでは領民に平伏させている領主も居るみたいだが、そういうところ程、内情は良くねえ」

「なるほど」


 ちょい悪オヤジの癖に意外と冷めている気もするが、何気に他の土地の情報も知っている辺りは侮れないな。

 

「ほれ、俺んちが見えて来た」


 

 大通りの真正面の突き当りに門が見えた。

 割と立派な門だ。門の上にやぐらが有る櫓門だ。

 塀は石を組んでいるので、印象としては城の一部に見える。

 人間相手なら十分な備えなんだが、ゴムルを相手にするには心もとないがな。



「おい、ドキドキして来たぞ。アディがお土産を気に入ってくれると思うか?」

「保証はしませんよ」


 このお土産と云う言葉には2つの意味が込められている。


 まず1つ目は、カシワールの特産品の魔道具製造の技術を応用して製造したオルゴールだ。


 原型は地球のシリンダー・オルゴールで、地球同様にゼンマイを動力としている。

 まあ、ぶっちゃけ、魔道具の部品を加工する技術を流用しただけで魔道具では無いのだが、カシワール郡の技術力の高さをアピールする為に30個だけ造った貴重な品だ。

 希望する商人を選別してカシワール家の家紋を入れて、10人に無料で譲渡した。


 効果は絶大だった。


 ただでさえ魔道具製造の技術力には定評が有るのに、新しい技術も産み出せると云う宣伝グッズとしてかなり有効だった。


 しかも、譲渡された商人にとっては、いかに自分はカシワール郡と太いパイプを持っているかと云うアピールにもなる。無くしても再譲渡はしないと明言しているので、横流しの防止にもなるし希少性という価値も高くなっている。


 完璧な忠誠心は望めないが、それでも他の地域よりは優遇された取引が行えるようになった。

 それにある意味本命の目的なんだが、譲渡の交換条件に他地域の情報収集を入れておいたので、集まる情報が飛躍的に伸びた。


 ちょい悪オヤジは、オルゴールを商人に見せて貰った事が無かった様で、一人娘のアダリズ・ヌ・カシバリへのお土産候補として初めて見せた時に大喜びだった。

 

 2つ目のお土産は、長谷川辰雄二曹だ。


 二曹がカシバリ家に婿入りする事は、昨夜行われた緊急の家族会議の結果、目出度く決定した。


 決め手はちょい悪オヤジにも対抗出来そうな性格と云う点だ。


 大橋義也三曹にしろ、山中次郎士長にしろ、当主としてのヘアナンド・ダン・カシバリに対抗するには心許なかったからだ。

 誓約で縛っていようが、領主として長い年月に亘ってまつりごとをして来た百戦錬磨のちょい悪オヤジに上手く言いくるめられる可能が否定出来ない。

 その点、長谷川二曹はしっかりしているので安心だ。


 日本の戦国時代にも他家を支配下に置こうとして養子縁組は行われたが、うろ覚えだがあまり上手く行く事は少なかった様に思う。ぱっと思い出せる成功例は毛利の両川りょうせんくらいか?



 婿入りしたは良いが、ちょい悪オヤジに上手く操られてしまってはダメージが大き過ぎる。

 

 

 櫓門は2人の門番が守っていたが、領主が還って来た事は早馬で知らされていた様で、姿が見えた瞬間には開門を始めていた。

 

「うむ、ご苦労」


 さすがに片膝を付いて出迎えた2人の門番にちょい悪オヤジが労いの言葉を掛けたが、言葉を付け足した。


「この3人はワシの客じゃ」

「ハッ!」


 櫓門を潜ると、7人ほどの人影が屋形前に並んで立っているのが見えた。

 騎乗したまま移動して、その手前でララ竜から降りた。


「還ったぞ。負けたが勝ったぞ。紹介しよう…」


 そう言いながら、こちらを見たが、まだ俺たち兄弟の見分けが付いていないので、ちょっと口ごもった。

 どうするのかと思ったら、


「まあ、見ての通りカシワールの金銀4騎の内の3人だ。しばらく滞在する事になる」


 おい、途中で面倒になったな。


「ご紹介に預かりましたディアーク・ダ・カシワールです」

「ヴァーレット・ダ・カシワールです」

「アンウォルフ・ダ・カシワールです。以後お見知りおきを」


 俺たちが自己紹介をすると、中央に居た上品なご婦人が発言した。

 

「遠いところ、わざわざ足をお運び頂き、誠に恐縮です。わたくしがヘアナンドの妻、クラーラ・ナ・カシバリで、この子が娘のアダリズ・ヌ・カシバリです。心より歓迎致します」


 そう言って、それはそれは優雅に頭を下げた。

 

「ようこそいらっしゃいました」


 夫人の横に居た女の子も同じ様に優雅にお辞儀をした。



 うん、こりゃあ、ちょい悪オヤジが目に入れても痛くなくなるはずだ。

 妖精を人間の大きさにしたらこんな子になるんだろうな、と云うくらいに整った顔立ちをしている。


 清楚で儚げな雰囲気のせいか、思わず変な連想をした。


 人間空気清浄器・・・ 

 普通にそんな人間は居ないのだが、周りの空気を綺麗にしていても驚かないな。

 もしかしたらマイナスイオンくらいは出しているかもしれんな。



 出してないよな?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る