第17話 『命名』




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と或る13歳の男の子の独白(前)



 僕たちは今、カシバリ郡との境に在る砦まであと10脈魂クラル(約10分)というところまで帰って来ていた。

 うん、もう少しだ。



 結局、あの後、カシワール郡のお屋形様のあいさつの後はただの宴会になってしまった。



 どっちが酒に強いか? ということで飲み比べが始まったり、どっちが強いか? ということで腕相撲が始まったり、どっちがたくましいか? ということで裸になったり、どっちが男らしいか? ということで早食い競争が始まったり、もうついて行けないノリになっちゃった。 


 でも、そんな大騒ぎの中、あの4兄弟の周りだけは空気が違った。

 僕と変わんないくらいの歳なのに、大人の人を相手に大人みたいに喋っていた。

 どうしても気になるから、チラチラと見ていたら、マーティン班長殿が僕たちを紹介してやるぞって言って、そばまで連れて行かれた。



「失礼します。本日の戦いで一騎打ちに応じて頂いたマーティン・ダン・グド7等騎士です。御礼を述べさせて頂きに来ました」

「ああ、貴官があの勇敢で部下思いのゴムル遣いでしたか」


 そう言って、4兄弟の1人が話し中の相手に断りを入れて、話の輪から抜け出して来てくれた。

 こうしてみると、身長は僕よりも少し高いくらい。身体つきは筋肉質だけどスラリとした感じだ。


 でも、やはり目立つのは顔だ。なんというか、近くで見れば見るほど美男子という言葉はこの方の為に有るという気になるほど整った顔をしていた。

 いつか下の妹のリザに会わせてあげたいな。リザは面食いだから、きっと喜ぶはずだ。


 敬礼のやりとりを終わらせた後、マーティン班長殿が肩をすくめて溜息交じりで言った。



「まあ、あっさりと一刀両断にされて終わりでしたけど。ただ気になったのはカシワールの領軍の剣術とは違う剣術だった気がするのですが?」

「基本は一通り習ったんですが、どうも合わなかった様で、自分たちなりに工夫をした剣術なんですよ。一番違うのは足捌きですかね」

「ああ、なるほど。確かに一瞬で懐に入られてしまいましたが、これまでと同じ間合いの積りでいたから後手に回ったと云う事ですか…」

「それに、忘れて行けないのが自分のゴムルはでかい上に剣も長いから、それも距離感を狂わせたのだと思いますよ。その上で踏み込みが速いので、距離感を掴む前に一瞬で間合いに入られるんですから、初めて対戦する人は大変だと思いますよ」


 気が付いたら、僕たちの周りは2人の話を聞こうと人だかりになっていた。びっくりした。


「いやあ、ほんと、その通りですぜ。若のゴムルと遣り合うなら3騎から4騎で囲まないと無理だわ」

「いや、それも余程息を合わせないと各個撃破されてるぞ。1個中隊で囲む方が確実だ」

「ああ、それ、もうやったわ、俺んところの中隊で。結果は銀3騎に後ろからボコボコにされったって言うね」


 僕とベンヤミンは当然だけど、マーティン班長殿も呆気あっけにとられていた。

 気が付いたら、周り中に勲章(カシワール郡で最近やりだした風習?ってマーティン班長殿にさっき聞いた)を付けた『お偉い人』たちが居たんだから。

 


「自分は第3中隊の隊長をしているデリー・ダン・ドラド4級士と言いますが、貴官のお名前を訊いても宜しいでしょうか?」


 そんな中、マーティン班長殿に声を掛けて来た人が居た。


「第2中隊所属の第23班の班長をしていますマーティン・ダン・グド7等騎士です」


 そう言って、マーティン班長殿が先に敬礼をした。もちろん僕もベンヤミンも一緒に敬礼をした。

 ドラド中隊長様の答礼を受けてから腕を降ろした。


「いやあ、ある意味ではグド7等騎士がうらやましい。若と初めて一騎打ちしたゴムル遣いと云う事で歴史に名が残るかもしれないんですからね」

「なるほど、それは有り得るかもしれませんね。孫の代まで自慢出来そうですね」




 うん、そこまでは良かったんだ。いや、撤退をする間もなくなんか更に両方のお偉いさんが来て、巻き込まれて乱戦模様になって、疲れたけど、そこまでは良かったんだ… 結局、マーティン班長殿に僕たちを紹介してもらい損ねたことなんて、どうでも良いことなんだ…




「トビアス君、あの丘の上に見える岩には名前が有るのかい?」


 そう言って、ルル竜の上から僕を振り返った顔は、いやになるくらい整っていた。



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 昨日まで敵だったカシバリ郡に向かっているが、この辺りの地形はまだ険しいな。


 兄弟の内、大橋義也三曹を除いた3人で来ている。

 大橋三曹を残したのは、万が一の事態を考慮に入れたからだ。

 戦国時代にはその手の話がゴロゴロ転がっているからな。



 召喚した16式機動戦闘車キドセンを使った深夜の測量でも、見通せないところまでは測量出来なかったから、いい機会だ。


 まあ、目視だけの測量と記憶だけになるから地図の精度は諦めるが…


 地図の精度で思い出したが、元々こちらに住んでいる人間が書く地図と、俺たち4人が書く地図は全く別物と云うくらい違っていた。数少ないサンプルだから絶対では無いだろうがな。


 多分だが、その違いは文系と理系の違いなんだろう。


 どう云う事かと言えば、地球育ちの俺たちにとって、地図とは距離と方位が絶対と云う感覚が有る。

 なんせ、高精度な測量を経て作られた地図を見慣れている。

 だから、地図を見れば行った所でなくても、或る地点から見た目的地への大体の位置を推測出来る。


 それに対して、こっちの人間は『道に沿って30分歩いたら小さな村が在って、その村の名前は何々村だ』という感覚で書くのだろう。

 だから、恩恵の儀の後で、領主館に秘蔵されている(現代人には思いもしないだろうが地図は軍事機密だ。これは地球の歴史でも同じだ)地図を見た時に、思わず言った言葉が『江戸時代かよ』だった。


 小さな子供の頃から領内を視察しまくった俺たちから見て、有り得ない程に適当に書かれたとしか思えない地図(子供に書かせた後で大人が清書したと言われても納得するレベル)を前に、それ以外の言葉が出なかったんだ。


 まあ、今では領内の地図に関しては文官に基準紐(昔の凧揚げに使っていた様な巻尺状に巻ける100ヤド(約70㍍)級)を使った測量をさせて、まだまともなレベルのヤツが出来上がりつつある。


 その過程で、ミルの単位(1000ヤド(約700㍍)の距離で1ヤド(約0.7㍍)のモノが作る角度を1ミルとした)とミル公式(距離=幅/ミル×1000)、指を使ったミルの出し方も教えたので今後は正確な地図が軍事行動では普通になるだろう。


 あ、余談だが、江戸時代レベルの地図は今も軍事機密のままだ。

 だが、その内に解禁しようと思う。

 自分の村以外の領内の事を知る事で商売や物流に変化が生まれる筈だからだ。



「特に名前は無かったと思います」


 振り返ってトビアス君に訊いたが、特に名前は付いて無かったみたいだ。

 うーん、日本ならきっと形に合わせた名前が付くんだろうが、こちらの世界ではそう云う発想が無いのだろう。


 それにしても、あれはどう見ても俺に顔を向けた時の俺の愛竜にそっくりだ。

 ここまで来た記念に名前を付けてしまおう。


「じゃあ、ルル竜岩りゅういわにしよう」


 俺が言おうとしていたセリフを山中士長に言われてしまった。

 思わずポカーンとしてしまった。

 その顔が珍しかったのだろう。

 俺の横でルル竜に揺られていたちょい悪オヤジが思いっ切り笑いやがった…



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と或る13歳の男の子の独白(後)



「ガハハハハハハ! お主も、そんな顔をするんだな! 中々愉快なモノを見せて貰ったぞ!」



 お屋形様が大笑いした。

 うん、今日も元気そうだ。

 いや、そうじゃなくて、どうして僕たちの班の近くに、『お偉い人』がゴロゴロ居るの?

 だからかしらないけど、マーティン班長殿がさっきから胃の辺りをさすってる。

 さっきの休憩の時にもお腹が痛いと言っていたけど大丈夫かな?



 僕がお腹をさすったら、お腹が空かなくなるのかな?

 帰ったら、一度試してみようっと。



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